第26話 修行の成果

 4日後の昼過ぎ。

 政務を終えた俺は、兵営の中にある天然ダンジョンに立ち寄った。

 ダンジョンを管理している兵士らから地響きがするという報告があったからだ。

 天然のダンジョンには時として大量のモンスターが発生することがある。

 その時には軍を派遣してモンスター狩りを行わなければならない。

 更には個体数に比例して、一体で国を亡ぼすような強力な個体が生まれることがある。


 さっそく現地に向かうと、内部があちこち崩れていた。

 まるでドラゴンが暴れたみてえだ。

 それだけではない。

 オークやリザードマン、ローパーといったモンスター達が死体になっている。

 その数100や200ではない。

 1000体近くのモンスターが全員一刀でやられていた。

 ザコだけではなく、例の強力な個体も倒されている。

 間違いなくクーデリカの奴だ。

 あいつダンジョンに籠ってやがったな。


 一目で見当をつけた俺は、ダンジョンを後にした。

 中にはもう居なさそうだったからだ。


 どこへいったものかと思って兵舎の方に向かうと、第七連隊の連中がいた。


「お前ら。クーデリカを見なかったか?」


 さっそく声を掛ける。

 すると、


「だんちょーなら寝てます。ずっと1人でダンジョン潜ってたみたいなんです。四日間ぶっ通しで」


 ナンバー3が歩み出て言った。


「ついさっき帰ってきたんですよ! それですぐ自分の部屋で寝ちゃって!」

「まったく困っちゃいますよね!」

「おかげでサボりたい放題ですよー!」


 騎士たちが笑う。

 だがその言葉が偽りであることは、見れば分かった。


 全員泥まみれ。

 手の豆は何度も潰れ、肌が露わになっている所には無数の打撲痕があった。

 せっかくの美人が台無しだ。


「その割にはお前ら真面目にやっていたようだな。クーデリカがいなくなって、少しはサボるかと思っていたが」


 尋ねる。


「はい……ボクたち、なんだかんだああいう人が大好きなんで」


 すると、まんざらでもない顔でナンバー3が言った。

 周りを見ると、他の騎士たちも似たような顔をしている。


「あんなすっごいの見せられたら、たまらないです!」

「負けられないですわ!」

「血が沸りますー!」


 ふむ。

 クーデリカの奴、ちゃんと信頼されているようだな。

 奴に団を任せて正解だった。







 その夜。

 誰もいなくなった練兵場にて、俺が日課のトレーニング……鉄塊を足の裏に乗せての1時間1回片手逆立ち腕立て……をしているとクーデリカがやってきた。

 隊服に着替え、剣を腰に帯びている辺り、こいつもこれからトレーニングらしい。


「よう」


 声を掛ける。


「バルク……! 相変わらず、凄まじい修行をしているな」


 後ろめたいのだろう。

 俺を慮るような言葉が返ってくる。


「大したことはしてねえよ。それよりお前、わかってんだろうな?」


 俺は少しドスを利かせた声で言った。

 すると、


「ああ……勝手に居なくなってすまない。どんな厳罰でも甘んじて受けるつもりだ」


 クーデリカが首を垂れて言う。

 慌てて俺の下にやってきたのだろう。

 艶やかな黒髪には鮮血の痕がまだこびり付いている。

 あのダンジョンで、かなりの限界まで自分を追い込んだようだ。


「そうじゃねえよ。俺はてめえがどのくらい強くなったのかって聞いてるんだ。結果としてお前が強くなったんならそれでいい」


 クーデリカの血塗れの頭に向かって言った。

 すると、俺の言葉が意外だったらしい。

 クーデリカが驚いて首を上げる。


「……私も、大したことはできていない……! だがやれるだけの事はやった。少なくとも4日前の私とは別人のつもりだ」


 弱気そうな言葉面とは裏腹に、その目には自信が漲っていた。

 生意気な奴。


「見せてみろ」


 クーデリカが剣を抜く。

 前の訓練で反省したのだろう。

 最初の一撃に全力を掛けようとしているのが分かる。


「……」


 凄まじい気迫だった。

 直後、ドンッという音と共に、いや音以上の速さでクーデリカが俺の懐に踏み込む。


 中々のスピードじゃねえか。

 避けるのが大分めんどくせえ。


 そういう訳で、俺は咄嗟に右こぶしを突き出した。

 小指一本で、上段下段中段、あらゆる方向から繰り出されるクーデリカの剣を捌く。


 すげえすげえ。

 どんどんスピード上がっていくぞ。

 最初のも間違いなく全力だったが、今はそれ以上に速くなってやがる。

 こうでなくっちゃ面白くねえ。


「はあああああっ!!!」


 気勢と共にクーデリカが直上に跳んだ。

 満月を背に、俺の体を両断せんと唐竹割を繰り出す。

 間違いなく俺が見てきた中で一番の攻撃だった。

 月すらも両断せんとする凄まじい気迫が込められたその一撃を、俺は小指の背で受け止める。

 クーデリカ髪の毛が逆立つほどに力を入れているが、俺の小指は一ミクロンたりとも動かない。


「くううっ……!! 所詮、この程度か……っ!!」


 やがて諦めたのか、クーデリカがその場に膝を突いて言った。


「バルク、私を処罰してくれ……所詮この程度の女なのだ。この先どれほど努力したとしてもお前の役には立てないだろう」


 何やら言い出す。

 以前も聞いたその文句が、俺には腹立たしくて仕方ねえ。


「あ? てめえ俺を煽ってんのか」


 その舐め腐った態度に俺はブチギレる。

 一方クーデリカは、俺がなぜキレたのか分からなかったらしい。

 さっきまでの苦悩もどこへやら、スカしたマヌケ面で俺のことを見返してきた。


「たったの4日で、俺に小指を出させるまで成長しやがって。

 俺でいったら一千万年修行したくらいの成果だぞ。

 ふざけるんじゃねえ。

 俺にお前の100分の1だけでも才能があったら、今の1000倍は強くなれたぜ。

 まったく」


 本当にムカつく奴だ。

 これだから才能塗れな連中は困る。


「……ほ、本当か……?」

「ああ。

 それと言っとくが、俺は最初からてめえがきちんと後輩指導できるだなんて思ってなかったからな。

 てめえはいつでも自分の事ばっかだから」

「……」


 叱られていると思ったのか、クーデリカが肩を落とす。


「だが、それがいい。

 お前もワガママにやったらいいんだ。

 それが一番伸びる」


 俺みてえに。


 心の中でそっと一言付ける。


「俺はワガママでつええ奴が好きだ。だからてめえを選んでやった」

「……バルク……!!」


 俺がそう言うと、クーデリカの顔がパッと明るくなった。

 少し顔を赤くしているのは、どうやら俺の話の意図がズレて伝わっちまったようだ。

 それならそれで利用できるので放っておく。


「少し話をしようぜ」


 言って、俺はクーデリカを連れ出した。






 俺は練兵場で一番見晴らしのいい所までやってくると、クーデリカを隣に座らせた。

 俺は寝っ転がる。


 ひっそりとした練兵場。

 月明かりを唯一の光源にして、遥か彼方の町を見下ろす。

 反対側の丘には、以前俺が戴冠式を行った大聖堂が見える。

 そこから斜面を経て裾野に至るまで、一面に町の灯火が広がっている。

 大通りにはまだ人の姿が見え、女子供がいつまでも帰らずに遊んでいた。

 広場にはテーブルが出され、男たちが酒盛りをしている。

 明るい町の姿と、そこに生きる人々の息遣い。

 それが俺の目にはまるで宝石のように思えた。

 俺が手に入れた町だ。


「……命が輝いている……っ!!」


 クーデリカの奴が目を輝かせて言った。

 町の光景に感動しているらしい。


「……騎士団の連中はどうだ。うまくやれてるか?」


 たっぷり景色を満喫しながら、俺は尋ねた。

 クーデリカは恍惚とした表情でそれに答える。


「ああ。

 彼女らは優しい。

 私の言うことをよく聞いて意見してくれる。

 ありがたいよ」

「そうか」


 俺は頷いた。

 クーデリカも頷く。

 その視線の先は俺と同じ町にあった。

 だが俺の見ているものとは明らかに違う。

 クーデリカは何か、もっと遠いものを見ているらしい。

 こいつは俺と違って、考えていることが下世話じゃねえんだよな。

 ロートリアの文化じゃ、金とか宝石とか女とか、そういう下世話なものでしか世の中を捉えねえが、こいつの世界はたぶん愛とか正義とかでできている。

 こんな戦乱の時代は、さぞかし悩み深いんだろうな。

 ま、俺には関係ねえことだが。

 こいつが使えさえすればそれでいい。


「バルク。

 私は必ず強くなる。

 強くなって、必ずこの国の皆を護る。

 騎士団あいつらも、あの町も。

 そしてバルク。

 いずれはお前も。

 それが私の、これから為すべき正義だ。

 必ずやこの手で正義を成し遂げてみせる」


 そして俺の顔を見て、誓いを立てる。

 いつになく真剣な顔だった。

 きっと言葉の通り、こいつはやるつもりだろう。

 それこそ命を賭けても。

 いい奴隷に育ったもんだ。


「せいぜい期待してやる」


 クーデリカの言葉に満足した俺は、奴を一晩みっちり鍛えてやった。

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