第27話 敵は最強、味方は最弱

 3日後。

 俺は城に最低限の守備兵のみを残し、残る兵力を結集させてロートリア城を発った。

 アレックスターが大軍を率いてこちらに向かっているとの情報が入ったからだ。

 今はアレックスターとの国境付近に広がる平野の手前、山裾に陣を敷いている。

 対するアレックスター軍は平野全域に広がるように陣を敷いていた。


 次の瞬間には戦闘が始まるかもしれない。

 そんな緊張高まる中、俺はロートリア布陣内に設けられた司令本部内にて緊急の作戦会議を行っていた。


 戦力差が余りにもあり過ぎるのだ。


「バルク。我が軍の状況だが、軍団長の私から報告させて貰う」


 クーデリカが沈鬱そうに言った。

 深刻な人材不足のため、クーデリカは現在聖バルク騎士団騎士団長の他、第七連隊隊長と第一軍団の軍団長を兼任している。

 階級は将軍。

 これは空位の元帥に次いで2番目の地位にある。


 クーデリカは懐から両手の幅くらいの大きさの羊皮紙を取り出す。

 最新の戦況をまとめた地図だ。

 それを長机の上に広げる。


「アレックスター軍の数、およそ3万5000。

 うち8000は『本隊』と呼ばれる王直属の精鋭部隊で、地の利があり数の上でも勝っていたエルフ軍を1日で壊滅させたと聞く。


 対するロートリア軍の編成は次の通り。


 第一軍団


 聖バルク騎士団(元近衛騎士団)100名

 ロートリア人で編成される王国騎士団600名

 外国人・亜人を中心とする三頭騎兵団900名


 第4歩兵連隊 1000名

 第13歩兵連隊 1000名

 第9歩兵連隊 1000名


 民兵連隊 2400余名


 総数 7000名


 以上」


 クーデリカが一旦言葉を切る。


 歩兵連隊は、その名の通り以前俺がぶちのめした3000人のごろつきどもで構成されている。

 元々やりたい放題やっていた連中なだけに腕っぷしはそれなりにあるが、統率にはやや欠ける。

 また軍としての経験が浅いことから、機動力もやや劣る。

 民兵連隊は言わずもがな、素人の集まりだ。

 そんな連中が殆どだから複雑な作戦機動などもちろん望めないだろう。

 せいぜい突撃させるぐらいが関の山だ。

 それだって死に直面すれば即座に瓦解する。


 俺がそんな事を考えていると、


「……残念ながら……ロートリアの兵は現状これだけだ」


 クーデリカが溜息と共に言った。

 傍にお付きとして立っている第七連隊のナンバー3も非常に辛そうにしている。


「まともに戦えるのは3つの騎士団1400名だけ。

 その騎士団も大半が先日入隊したばかりの新人。

 将軍らの手前こう言ってしまうのは何だが、実質戦えるのは私の旗下である聖バルク騎士団だけとなる」

「「「……!!」」


 その場に居た将軍たちが一斉に溜息を吐いた。


「どういうことなのだ!!? なぜこんな事になった!!!?」


 歴戦の老将軍が握った拳を机に叩きつけて叫んだ。

 余りの力の入れように、もう少しで机が吹っ飛ぶところだった。

 本人は眉間に皺を寄せ、ハアハアと息を吐きながら怒っている。


「まあ、アレックスターからしてみれば、時間を空ける意味などないからな。

 エルフたちを殺した足でまたロートリアを攻めてきてもおかしくなかった。

 一旦本国に戻ってくれたおかげで稼げた一か月だ。

 むしろ僥倖と思わなけれればならない」


 クーデリカが答えた。


「しかし勝てなければ僥倖も何もないであろう!!!??」


 それに老将軍が噛みつく。


「その通りだが」


 その激烈な言葉にクーデリカは何も言えず黙り込んでしまった。

 まったく僥倖ではないことは、他ならぬクーデリカ自身がよく分かっているのだ。

 それを見かねたのか、ナンバー3が一歩前に出る。


「軍団長の作戦補佐を行っておりますナンバー3です。ボクから報告を続けさせて頂きます」

「私がやる」


 クーデリカがナンバー3の言葉を遮り言った。

 ナンバー3が心配そうな目でクーデリカを見ている。


「まとめると、つまりこの戦は『ロートリア軍100VSアレックスター軍3万5000』の戦いとなる。

 我々が生き残るためには、この戦力差で勝つしかない。

 更に気になっている事がある。

 アレックスターの本隊についてだ。

 戦争以前のロートリアは1万8000人の常備兵に加え、1万人の傭兵を雇えるだけの財力があったことは、バルク国王陛下をはじめ将軍各位も重々承知しておられだろう。

 加えて我が軍には【剣聖】と【聖女】がおり、戦術級グリフィンを3体保有していた。

 それが僅か数日で撃滅されるとは、ただごとではない。

 アレックスターの本隊には我々が知らぬ秘密兵器の類、もしくは桁違いに強い兵がいるだろう」


 クーデリカが、押し殺すような声で言った。


「「「……」」」


 皆黙ってしまった。


『数の上でも勝てないのに、質でも劣る。それでは勝ち目などないではないか』


 とでも言いたげだ。


「……以上が……我が軍の現状だ……!

 バルク……我々は、どうすればよい……?」


 重苦しい雰囲気の中、クーデリカが総指揮官である俺に尋ねた。

 よほど窮地に追い込まれているらしい。

 俺に対する敬語が抜け、救いを求めるような目をしている。


「どうするって……! こんなもの、降伏するしかないだろう!?」

「そうです陛下! 今からでも遅くありません! アレックスターに使いを!! 金銀財宝を差し出せば命ぐらいは助けられましょう!!!」


 将軍たちが次々に降伏の願いを出す。


「いや……アレックスターは外道の集まりだ。例え降伏しても男は殺され女は奴隷にされるだろう」


 それに答えたのは、俺ではなくクーデリカだった。

 ロートリア城を占拠していた連中のことでも考えているのだろう。

 あいつら完全に捕虜で遊んでいたからな。

 次に負けたら辱めなんてレベルじゃ済まねえ。

 老人から赤ん坊まで、全ての住民がとことん虐め抜かれて殺されるだろう。

 ロートリアがあった痕跡すら残らねえ可能性もある。


「軍団長!! ではどうしろというのか!!!?」

「せめて誇り高き死を選ぼう。全軍で突撃するのだ」


 全軍突撃。

 その言葉を聞いた途端、将軍たちがうろたえ出した。


「し、しかし……!」

「それではただの無駄死にでは……!」

「無駄死にではない!

 全軍でアレックスター本陣を強襲し、そのまま王の首を狙うのだ!」


 その狼狽えを吹き飛ばしたのは、クーデリカの気勢だった。


「敵は当然警戒しているだろう!

 だが我々が身命を賭して戦えば、万に一つの確率で勝利することもあるだろう!

 たとえ失敗しても、後の世に誇り高き兵が居たことを伝えられる!」

「そうだ! クーデリカ殿の仰る通り!!! 我ら全軍を持って突撃しよう!! 例え命儚く散ったとしても、尊厳は守られる!!!」


 クーデリカの捨て身の案に、歴戦の老将軍が賛同する。


「で、ですが……ただ死ぬというのは……!」


 ポツリ、将軍の1人が呟く。

 戦慣れしているはずの将軍たちが、皆恐れ戦いていた。

 この天幕内には将軍の他にも彼らの秘書官や参謀総長も同席していたが、彼らも同様である。

 中には泣き出す者まで出る始末だった。

 そいつの涙にやられたのだろう。

 他の将軍やナンバー3の目にも涙が浮かぶ。


「だんちょー……ボク死にたくない……!」

「愚か者が!!! そんな事では騎士とは呼べんぞ!!」

「でもだんちょー……! ボク……死ぬために騎士になったんじゃないよ……!」


 かなり追い詰められている様子だった。

 クーデリカが、そんなナンバー3の襟首を掴み上げる。


「キサマァ!!? それでも誇りある第七連隊の騎士か!!!」


 そして手を上げ、ナンバー3に平手打ちをしかけた。

 俺は即座に立ち上がって、クーデリカの腕を掴む。


「やめろ」

「バルク……!?」


 するとクーデリカは目の前で泣きじゃくるナンバー3を見返し、ギリリと歯ぎしりして項垂れた。


「くそ……っ! 私はなぜこんなにも弱い……っ!!」


 その口から本音が漏れる。


 表面こそいつもの強気を保ってはいるが、内心では将軍たちやナンバー3と変わらないのだろう。

 強大な敵に怯える自分を、なんとか奮い立たせようとしているのだ。


「お前らの言いたいことは分かった。俺がなんとかする」


 俺は言った。

 クーデリカがハッとした顔で俺を見る。


「バルク……! なにか策でもあるのか?」

「策か。

 策はねえわけじゃねえ。

 例えば敗走を装って山に逃げ込むとかな。

 この山はそれなりに深く、切り立った崖も多い。

 道も殆どが獣道だ。

 大軍は身動きが取りにくいだろう。

 山の奥に引き込むことで、まず戦力差を潰す。

 後は敵を引きつけつつ、少数精鋭を集めて迂回し、夜陰に紛れて奇襲攻撃をしかければそれなりの打撃を与えられるはずだ。

 うまくすれば混乱して幾つかの部隊を殲滅できるかもしれねえ」

「おお! それなら!!!」


 老将軍がパンと手で膝を打つ。

 他の将軍たちの顔にも笑みが浮かんだ。

 一発逆転の可能性が見えたのだろう。


「だが、誘い込む手段がねえ。

 奴らは山に逃げ込んだ俺らなんか無視してロートリア城に攻め込めばいいんだ。

 そうしたら俺らは山を捨てざるを得ない。

 平野に出てきたところを一網打尽だ。

 奴らは外道だがバカじゃねえ。

 連中が今すぐに仕掛けてこないのは、十中八九そういう理由だろう。

 まあ何しても動かねえだろうな。

 俺が突撃するのを待ってやがんだ」

「それでは……どうする……?」

「敵の思惑通りに動く。

 いや、思惑以上だ。

 総大将である俺が単騎で敵の戦線を突破する」


 俺がそう言うと、クーデリカはハッとした顔で俺を見返した。


「どっ……どう考えても不可能ですぞ!」

「国王陛下! どうぞご自重を!!」

「死にに行かれるなら、どうぞ私どもを一緒にお連れ下され!!!」


 老将軍以下、二人の将軍が席を立ち、俺の下に歩み寄って言った。

 更にクーデリカもやってくる。


「バルク。私も連れて行って欲しい。死ぬときはお前のために戦って死ぬと決めている」


 クーデリカが真っすぐ俺を見て言った。

 死をも覚悟している、そんな目だ。


「ボ……! ボクも一緒に死にます!! だからバルク様のお傍に!!!」


 更にナンバー3まで腰に抱き着いてくる。

 こっちは死など覚悟できてない。

 俺やみんなが死んで、1人ぼっちになるのが怖いといった様子だった。

 スパッツから伸びた足がガクガクと震えている。

 俺はナンバー3の頭を撫でてやった。


「うわぁぁん!! バルク様ああああ!!!」


 子供のように、俺の腹に顔を擦り付けて泣き出す。


 こいつらどうも勘違いしてやがるな。


「俺は別に死にに行くんじゃねえ。

 俺は勝ちに行くんだ。

 この戦、勝てるとすれば俺の働き次第だからな」

「どういうことだ?」


 クーデリカが俺に尋ねる。

 俺は立ち上がると、机に広げられた地図を指差した。


「雑兵相手に俺が無双する。

 その様子を見れば、敵は俺に構うしかなくなるはずだ。

 配下の兵どもの士気がダダ下がりだからな。

 必ず主力の本隊が動く。

 そうなったら俺が一旦引く。

 この山の中まで。

 そうしたら敵はついてこざるを得ねえ。

 うまく山の中までおびき寄せて、さっき言った通りの戦術を取る。

 敵が混乱したところで、俺は本隊に居る王様を狙う。

 この戦はそれで終わらせる」

「だが……!

 相手はその戦術を分かっているのだろう?

 仮に士気が低下したとしても、本隊が出てこなかったらそれまででは……!」


 クーデリカが意見してきた。


「王様ってのは人気商売だ。

 誰が自分たちを見捨てる王様になんかついていく?」


 俺がはっきりそう答えると、クーデリカがハッとして俺を見返した。


「俺がなんでわざわざお前らを従えてるかって、王様一人じゃ国は運営できねえからだ。

 例え王様が世界最強だろうと、自国産業の興発から手に入れた土地の占領まで、国ってのはとにかく人手がかかる。捕虜を捕まえておくのだって面倒だし、税金だってせしめられねえ」

「なるほど、確かに……!」

「だから奴らは必ず食いつく。

 更にこの作戦には味方にもいい効果がある。

 騎士はもちろん民兵まで、ロートリア全軍の士気が上がるだろう。

 俺が無双する様を見れば、勝てそうだって思うからな。

 雑兵でも士気さえ高ければそれなりには戦える。

 十分敵を引き込んだと思ったら、側面から突撃してくれ。

 お前らが敵軍を混乱させている内に俺がさっさとアレックスター王の首を取る」

「すごい……!」

「これなら勝てる……!」


 ナンバー3とクーデリカが、口を開きっぱなしにして驚いている。

 その一方で、まだ怯えている連中もいた。

 将軍たちだ。


「ですが……!」

「そんなうまくいくものですかね……?」

「もし万が一バルク陛下が敗れれば……!」


 将軍たちが次々に異議を唱える。


 随分臆病な連中だ。

 まあアレックスターの連中には一回コテンパンに負けてるから、分からなくもねえが。

 ここは一回同調しとくか。


「確かにアレックスターの連中が全員俺より弱いって保障はねえ。

 それは、一度敗れたお前らだからこそ思うだろうよ。

 あいつらの強さは誰よりもお前らが分かっている。

 もし万が一俺より強い奴が居たら、そん時は当然死ぬ事になるだろうな」


 俺は平静に語る。


 こういう時は無下に否定せず、ちゃんと考えることは考えてるって伝えておくのがいい。


「現実ってもんは往々にして厳しい。

 その厳しさは、俺が10億年に及ぶ修行で学んだことでもある。

 だから二度とそうならねえために、今日まで一日だって欠かさずトレーニングをしてきたし、国の立て直しはもちろんお前らの面倒まで積極的に見てきた。

 第二王子として城に居た頃は、俺はそういう努力を全くと言っていい程していなかったからな。

 あの頃の俺はいつだって現実から逃げていた」

「……」


 クーデリカが腕を組み、『仰る通りだ』と言わんばかりに頷いている。

 思い当たるフシでもあるんだろう。


「今の俺は昔の俺とは違う。

 今日この戦で勝つために、やれることは全部やってきた。

 勝てるなんて保障はねえが、それでも俺は勝ってみせる。

 それがこの俺の有能さを世に知らしめる唯一絶対の方法だから」


 実際は十中八九勝てる戦だがな。

 こいつらにはこれぐらい熱く語っておいた方がいいだろう。

 その方がやる気が出る。


「「「……!」」」


 そんな俺の話を聞いて、将軍たちも漸く覚悟を決めたらしい。

 皆拳を握ったりコクリと頷いたり、それぞれのやり方で状況を受け入れていく。


「よし将軍、お前らは敵軍が十分に山に入ったと判断したら、一斉に突撃しろ。

 クーデリカ、お前には左側面を固めてもらう。

 遊軍として動き、敵が簡単に味方を包囲殲滅できないようにするんだ。

 頼めるか?」

「ああ! 私と第七連隊があれば充分可能だ!」

「ボクらだって一騎当千のツワモノぞろいだからね! 1000や2000の兵が相手なら負けないよ!」


 俺の言葉に、クーデリカとナンバー3が頷く。


「よし。

 俺が先陣を切る。

 各自、山に籠って敵軍の襲来に備えろ」


 俺がクーデリカを初めとする将軍たちにそう命じていた時だった。


「これはこれは!! バルク!! 少し見ねえうちにずいぶん偉そうになったなァ!?」


 この天幕内で、絶対に聞けるはずのない笑い声が響いた。

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