第14話 クソババア

俺はロートリア城の地下牢へとやってきた。

地面が剥き出しの廊下が一本。

左右に堅牢な石で造られた部屋が幾つも並んでいる。

地下牢は以前にも増してひでえ匂いだった。

血と汗と鉄錆と、肉の腐ったような匂いが入り混じってる。

そんな牢のあちこちで、死体が転がされていた。

殆どが若い女や子供で、全員もれなく素っ裸だった。

顔(特に目や耳)、指先や性器に惨い拷問の痕が見える。

その周りをうろついているのは犬。

恐らく死体処理用に飼っているのだろう。

死んだ奴から順番に、腸を貪り食っていた。

酷えが、見慣れた光景ではある。

殺されなかったってだけで、俺も似たような目に遭ってきたから。


「あ、あちらです……!」


兵士がビクビクしながら廊下の先を示した。

そこには一台の食卓があり、兵士が4人ほどイスに座している。

兵士たちはみんな豪華な宝石やアクセサリーを身に付けており、どうやら王侯貴族から奪ったものらしかった。

食卓の上にはよく焼かれたステーキやパン、新鮮なサラダ、ポタージュスープなどが並んでいた。

その向こうの壁に鎖で縛り付けられているのは、かつてのロートリアの女王ベルダンディ。

王冠もドレスも奪われ、ボロボロの麻の服を着させられたその格好はまるで奴隷だった。

女王は山のように並んだ豪勢な食事と、兵士達を睨んでいる。


『豪華な食事も、宝石も……!

この城の全ては当然私のものなのだ。

だって私は女王なのだから。

それなのにどうしてこんな目に遭う……!?』


如何にもそんな事を考えていそうな、悔しそうな目をしていた。

あの時の俺みてえな目で。


ざまあねえ。


そう思った俺は、少し様子を見ることにする。


「うんめぇ~~~! やっぱクソザコ王族様のアホ面眺めながら食うメシは最高だわ~」


兵士の一人が、ソースのたっぷりかかったステーキ肉にフォークを突き刺しながら言った。


「ほら、食いてえだろ? 女王様」

「丸一日何も食ってねえもんなあ」

「俺らの奴隷になるって誓ったら食わせてやってもいいぜ?」


相変わらず下品な顔と口調でベルダンディを罵る。

もしもクーデリカがこの場に居たら問答無用で斬りかかっているだろう。


「食わせてやるよ!」


更に兵士の一人が、肉の付いたナイフを投げつける。

ナイフはベルダンディの無防備な顔面に向かって飛んで、そのまま頬を引き裂いた。


「痛……っ!?」


ベルダンディは膝を屈する。

すると、犬たちがベルダンディの体に殺到した。

大分弱っているから、死体と勘違いしたんだろう。

次々に体に噛みつく。


「ぎゃあああああああああっ!?!?!」


女王の悲鳴が牢屋中に響き渡った。


「げはは!!」

「いい声で鳴くぜ!!」

「こいつの不幸でメシがうめえなあオイ!!!」


痛みに耐え切れず泣き喚く女王の姿を見て、兵士が笑う。

兵士は席から立ち上がると、そのまま女王の傍までやってきた。

犬を追い払う。


「た……たすけて、ください……! どうか命だけは……!」


ベルダンディが、息も絶え絶えに懇願する。

かつては威張り散らしていたが、囚われの身とあっては威張るも何もないのだろう。

子羊みてえに体を震わせて、ただただ慈悲を乞うことしかできねえ。

以前の俺みてえに。


「俺らの犬になるなら許してやるよ。ほら、食え」


兵士はそんな女王をニヤリと嘲笑って、牢屋の天井から垂れ下がっていた木の実みてえなのを一つ捥ぎった。

いや、それは木の実なんかじゃねえ。

元々は王族や大貴族だった連中。

そいつらがみんな生首だけになり、束にされて天井から吊るされていたのだ。

まるでシャンデリアみてえな飾りつけだった。

木の実ってのはつまり、そいつらの首だ。


「食えよ」


兵士は言って、元はベルダンディの親戚だった中年男の生首を一つ鎖からもぎ取って女王の顔に突きつける。

そのおぞましいデスマスクと臭気に、女王の顔がこれ以上無いほど引き攣った。

だが、


「はふ……はむ……っ」


もはや抵抗する気力もないらしい。

女王が大臣の耳に噛みつく。

時間が経ち腐り始めていた耳朶は、ベルダンディの顎でも容易に噛みちぎれた。


「ははは!! お前ら見なよこいつ! 人間食ったぜ!!」

「犬じゃねえか!」

「こんな王様がいるもんだな!?」


兵士達が口々に言いながら手を叩く。

もう面白おかしくって仕方がない様子だ。


「……どうか……命だけは……お助けくださぃ……!」


女王がやせ細った犬のような顔をして、涙目で訴える。


もう少し骨があるかと思いきや、やっぱり俺の母親だった。

血は争えねえ。


「ギャハハ!! おいこいつ命乞いし始めたぜ!!!」

「女王様のくせに情けねえなあ!?」

「バーカ!! お前はどうせ処刑されるんだよ!!」

「人なんか食っても、なんの意味もないんだぜ!?」

「まあ殺しちまう前にいいもん見れたけどな!!!」

「ぎゃはははははは!!!」


兵士たちはそれに、嘲りきった笑顔で応えた。


「う……うぅ……う……ゆぅ……許して……下さいぃ……!!」


女王が涙目で訴える。


まあ、この辺でいいだろう。

俺がどんな思いでババアからの仕打ちに耐えていたか、これで少しは分かったはずだ。

後の始末は俺がつける。


「どうするこいつ殺しちまうか!?」

「そうだなあ」

「殺して犬に食わせようぜ」


兵士どもがギャハギャハ言ってる傍から、俺は歩いていった。

クソババアの腕を拘束し吊り上げている鎖を引きちぎってやる。


「あ……?……ウソ……そんな、まさか……!!?」


クソババアが俺の顔を見返して、一瞬戸惑った。

以前とは違って、俺の体は大分逞しくなった。

とはいえ面影はある。

親なら一瞬で、俺が誰だか理解するだろう。


「ま……さか……バルク……?」


クソババアが言った。

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