第13話 バルクVS風魔将軍


 将軍が、まるでカマキリに道を塞がれた時みてえな顔で俺を見下す。


「ん……? なんだこの者は。お前ら、侵入者だ。さっさとこいつを殺せ」

「そ、それがそいつめちゃくちゃ強いんで……!」


 将軍の言葉に、アレックスター兵の一人が返事をした。


「ふむ」


 将軍が手に持った剣を振るう。

 するとその一薙ぎで、5メートルは離れていたはずの兵士の首が吹っ飛んだ。

 振りが速すぎて、衝撃波が生まれたのだ。


 衝撃波だけで首を斬りやがった。

 こいつ、魔法だけじゃねえ。

 普通に剣の腕も相当のもんがある。


「役立たずは要らぬな」

「「「ひ……ひいいいいい!!?!?」」」


 将軍がまだ生きている兵士らを見やって言う。

 その視線だけで、兵士たちは腰を抜かしてしまった。

 その内一人の兵士が、入口に向かって走る。


「おたおたおたお助けひゅっ」


 そいつは部屋を出る前に、将軍の剣で首を飛ばされてしまった。

 頭部を失った兵士の体から血が飛び散って、テーブルクロスやカーテンに降りかかる。


「一つ聞きたいんだが、てめえはユリウスに勝ったのか?」


 俺は将軍に尋ねた。


「ユリウス?……ああ、あの【剣聖】の男か。奴は強かったな。倒したのは私ではない」


 どうやらユリウスが負けたのはこいつではないらしい。

 だったらまだ少しは期待できる。


「よかったぜ。もしユリウスがお前と同レベルだったら、イジメる事すらできねえだろうからな」

「……なんだと?」


 俺の言葉の意味が分かったらしい。

 将軍が俺の方を見る。


「遺言はそれで終いか」

「ああ。何しろまだ死なねえからな」


 俺がそう言い終わるよりも先に、奴の剣が動く。

 中々に速い動きだ。

 だいたい雷の6分の1くらいか。

 羽毛一枚分ってのは、誇張じゃねえらしい。

 クーデリカでは到底反応できないだろう。


「ぶごおっ!?」


 だが、先に到達したのは俺の拳の方だった。

 奴の体は反対方向に吹っ飛び、新しく広間の入口に集まってきていた兵士たちの中に突っ込む。


「ぐぬううううう!!!」


 将軍は即座に飛び出してきた。

 その手には兵士らから奪ったと見られる剣。

 一本を俺に向かって投げ、もう一本の剣を振りかぶって突進してくる。

 俺は両方を指先で摘まんで止めた。

 剣先から放たれた衝撃波が俺の顔に軽く吹き付けた。

 その衝撃で、背後の壁がズタズタに斬り崩れる。


「ぐぬううううう!!! 喰らえ我が絶対必滅の奥義いいいいいいいいッ!!!」 


 並みの攻撃では効かないと悟ったらしい。

 将軍は俺から一旦距離を取ると、また両手に剣を構えて魔力を溜め始めた。

 将軍を中心にして、凄まじい風が発生する。

 その風は忽ちの内に旋風となって、辺りのものを無差別に切り刻み始めた。

 壁を粉微塵に砕き、屋根をも切り裂いて、遥か空の彼方にまでも至りそうな巨大な一本の竜巻と化す。


「「「うぎょわあああああっ!?!?」」」


 その余りに凄まじい風に、室内に居たアレックスターの兵士までもが巻き込まれ始めた。

 クーデリカも剣を床に突き刺して、なんとか耐えている。


「バルク気を付けろ!! そいつの剣はただの剣じゃない!! 圧倒的な風の魔力を帯びている! だから私の剣も効かなかったのだ! おそらくこの城の鉄城門を粉微塵に切り裂いたのもこいつだ!!」


 クーデリカが叫んだ。


 知ってる。


「アレックスター流【風魔皇】剣奥義【剣旋大剣嵐(ハリケーンスラッシュ)】!」


 将軍が、その体に蓄えた膨大な風の魔力を開放した。

 文字通り天に昇る竜の如きデカさの竜巻が、空じゅうの雲を根こそぎ巻き込みながら、一気に俺の方に迫ってくる。


 あ。

 ゲップ出そう。


「げっぷ」


 昨日クーデリカに作らせたタマネギとザワークラウトと兎肉の煮込み。

 肉の深い旨味にタマネギの甘味とキャベツの酸味が加わって中々の美味だった。

 その栄養価たっぷりな息が俺の口から飛び出す。

 俺の口から飛び出たゲップは、ドラゴンのブレスにも勝る息吹となって吹き荒れ、将軍が放った竜巻をかき消してしまった。

 更に将軍の体をも切り刻む。

 何十枚も張られていたプレートも全部剥がれ、その下にあった強靭な肉体が血の色に染まった。あの御自慢の銀ヒゲも。


「ぐんにゃあああああああああッ!?!?? そんにゃばかにゃああああああ!?!?」


 全身血みどろになった将軍の悲鳴が部屋中に轟き渡る。


 はあ。

 マジで興ざめするぐらい弱え。

 ユリウスがこいつより強くてホント良かったわ。


「にゃぜだあああああ!? にゃぜわたちの魔法が効かにゃいいいい!?!?」


 ぶっ飛ばされたときに歯でも折れたのか、将軍は上手く喋れなくなっている。


「何故ってお前が弱いからだろ」

「そっ!? そんにゃはずがにゃいにゃああああああ!!!」


 俺がはっきり事実を伝えてやると、将軍はワガママを言うガキみてえにブンブン首を横に振って泣き叫んだ。


「な……! なんなんだ、あの化け物は……!?」

「……人間じゃねえ……!!」


 辛うじて生き残っていたアレックスター兵たちが、俺を見てギャアギャア言っている。


「おぼえていろおおおおおお!!!」


 やがて将軍が泣き叫びながら、崩落した城の屋根を踏み越え、外へと逃げていった。









 数分後。

 俺が残ったアレックスターの兵士連中を縄でふんじばっていると、


「……強い……!」


 クーデリカが、呆然と立ち尽くしたままで言った。

 そして悔しそうな顔で拳を握ると、その場に四つん這いになり、


「さすがはバルク、私が認めた正義……!! それに比べて、私は……!!!」


 血に塗れた拳で、何度も床を叩いている。


 またこいつ、無力感に打ちひしがれてんな。


「どうでもいいけどお前、裸だぞ。なんか着ろ」


 そう言って俺は近くにあったカーテンを一枚破り、クーデリカに掛けてやった。


「す、すまないバルク……!」


 そう言って首を垂れたクーデリカの黒い目に、熱いものが溜まっていた。


 弱い自分が泣くほど嫌なんだな。

 それは俺も分かる。


「泣いてるヒマがあんなら、てめえを鍛えればいいだろ?」


 俺が言ってやると、


「……」


 クーデリカは目を伏せて押し黙ってしまった。


 この際だ。

 はっきり言ってやろう。


「後ろめたそうにするって事は、てめえでも分かっちゃいるんだろう。

 分かってはいても抜け出せねえんだ。

 こういう時にやる事は一つ。クヨクヨしてねえでさっさと動くって事だ。

 それは、俺が1億年かけて漸くできるようになった事だ。

 これができるようになると、どんな奴でも強くなれる。

 俺の強さの秘訣だ」

「……っ……!!!」


 それだけ言って、クーデリカを放っておく。

 放っておくのは余計なプライドを刺激しないためだ。

 クーデリカみたいな器用な奴は、こういう時に優しくされるのが一番辛い。

 如何にも自分ができてないように聞こえるからだ。

 だから言う事だけ言って、放っておく。

 どうしても説教臭くなるから、7割くらいの確率で俺に対して反感を抱くだろう。

 だがいつか気付く。

 人の言葉ってのは、特にそれがその人にとって大事なことであればあるほど心の奥底に刺さってずっとヒリつくもんだ。

 その痛みが人を成長させる。


 速攻で成長しろクーデリカ。

 そして俺の役に立て。


「おいお前。ロートリアの女王と剣聖と聖女を探してるんだが、知らねえか?」


 それから部屋の隅っこで震えている兵士の一人に声を掛けた。

 俺の言葉にハッとした兵士は急にその場に立ち上がって、まるで将軍に対するように俺に深々と一礼すると、


「そっ、その方々なら既に本国に済みですぅ!! 女王だけ牢屋に投獄されています!!」


 言った。


 ユリウスとリアーナはアレックスター本国に居るのか。

 じゃあその内アレックスターにも行かねえとな。クソドラゴンとやるのが増々遅くなりそうだぜ。

 とりあえず今はクソババアにだけ会っとくか。


「そうか。案内しろ」


 まだグズっているクーデリカを一人残し、俺は兵士に牢屋へ案内させた。

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