第12話 ロートリア城

 1時間後。

 町の兵士どもをあらかたブチノメした俺は、ロートリア城の門前まで戻ってきていた。

 厚さ1メートルあるロートリア自慢の鉄城門が、ナッツみてえに砕かれている。まるで竜巻でも通った後のようだった。

 他にも城壁や跳ね橋など、ありとあらゆるものがぶっ壊されていた。

 さすがに死体は片付けられているが、血生臭さはまったく抜けてねえ。

 硬い樫の木に鉄の薄板が張られていた城門も完全に破壊されていて入り放題だった。

 とりあえず見張りらしき兵士を4人ブチノメす。

 ついでに奴らの装備一式……三角帽と剣に魔法杖、それに鎖帷子……も頂戴した。

 アレックスター兵士のフリをして中に入るのだ。

 クーデリカも新しい剣を腰に下げる。


 俺は自宅の二階、いわゆる大広間と呼ばれている部屋までやってきた。

 柱の物陰に隠れて、中を伺う。

 以前には美しいスギやマツやヒノキ材の天井や柱や家具調度品や、緑色をした大理石の床や、俺の母親を含む人物画など、様々なものがあった。だがそれらは全てむしり取られ、板塀だけの広間となっている。また人物画の飾られていた場所には、代わりに串刺しの胴体や頭が飾られていた。

 その広間では今、兵士達による宴会が行われている。

 そこではロートリアの元大臣だった連中が、奴隷の格好で兵士の給仕をさせられていた。


「おいデブ!! お前の持ってきた酒なんだよ!! 埃入ってんぞ!!」

「え……そんなはずブギャアア!?」


 元大臣だった奴が1人、兵士に斬り殺された。

 それを見て、若い男の給仕……こいつはさる子爵家の次男だった……が一人卒倒した。

 そいつも問答無用で突き殺される。


「お前らいいご身分のクセに給仕もできねえのかよ! このクソ無能どもが!」

「あんま使えねえとブッ殺すぞ!?」

「もう殺してるけどな!!」

「ギャハハ!!!」


 兵士達が人の死を肴に酒をあおって大はしゃぎしている。


「ふふっひぃいいいいい!!!?」

「ずびばぜぇん!!!!」

「なんでもしますから、命だけはぁ!!!」


 そんな奴らの前で首を垂れているのは、以前俺を散々無能だと嘲笑っていた連中だった。

 今では奴隷の服を着て、必死こいて兵士相手に媚び諂っている。

 ちなみにさっき酒に入っていた埃だが、兵士が自分で入れていた。

 こいつらがきちんと給仕しようとしまいと、どのみち殺すつもりなのだろう。

 ざまあねえ。


「まったく! こいつら使えんのは妻と娘だけかよ!」

「こいつらのメシはクソ以下だけど、女はまあまあ美味しかったな!! 美人だったし、ロートリア女の肉は締まりがいい!!」

「けどもうセックスにも飽きたなー」

「そうだな……そうだお前、自分の嫁と娘殺してハンバーグ作れ」

「お、それ面白え!」


 アレックスターの連中が、大臣らに向かって外道な事を言う。


「は……!? そ、そればかりはご勘弁を!!! 他の物でしたらなんでも差し出しますので!!」

「じゃあお前がミンチ肉になるか」

「こいつでハンバーグ作ってもいいなあ!!」

「ゲヒヒ! ロートリア人ってどんな味がするんだろ!!」

「バカ、犬に食わせんだよ。腹壊しちまう」


 言い様、一人の兵士が席から立ち、大臣に向かって剣先を突きつける。


「ひ……ひいいいいい!?!?!?!」

「おら逃げろ逃げろぉ!!」


 大臣は必死の形相で部屋の中を逃げ回る。

 その後を兵士が追いかけて、壁際へと追い詰める。


「おら、もっと上手く逃げ回らねえとひき肉にしちまうぞぉ!?」

「「「ギャハハ!!!」」」


 兵士たちの笑い声は、階下まで響き渡っていた。


「バルク。彼らを助けよう。これ以上は見ていられない」


 クーデリカが言った。


 ふむ。

 あいつらも散々俺や国内の連中にひでえことしてきたんだけどな。

 それを思えばこれぐらいは当然の報いだ。

 だが、死んだら俺がいかに有能だったかって事を思い知らせてやれねえ。

 それにあんなんでも一応国の労働力だし、大臣だから使えるコネの一つや二つ持ってるだろう。

 命だけは助けてやるか。


「行くぞ」


 俺はそう言うと、颯爽と広間に入っていった。

 後からクーデリカもついて来る。


「ん?」 

「なんだ?」


 俺らに視線が集まる。

 俺は一切気にすることなく、そのまま壁際で大臣を追い詰めていた兵士の所まで歩いていった。


「おいお前、見張りはどうし……っ!?」

「黙っていろ」


 俺に向かって声を掛けてきた兵士の衣服を、クーデリカが一瞬で切り刻む。

 次の瞬間にはジャランジャランと、兵士の身に付けていた鎖帷子やら兜の破片が床に落ちて散らばった。


「な……!?」

「こいつら、仲間じゃねえ!?」

「お前ら出てこい!! 敵襲だ!!!!」


 一人の兵士が叫び、首から提げていた笛を吹く。

 すると階下や階上からドヤドヤと、あっという間に20人ほどの兵士が集まってきた。

 全員剣や槍や杖を手に、二重三重に俺たちを囲む。


「バルク。ここは私に任せて欲しい」


 クーデリカが俺の前に一歩出て言った。

 目の前で残酷な姿を見させられたせいか、クーデリカはかなり怒っているように見える。

 自らの手で悪を断罪したいのだろう。

 任せておくか。


「げひひひひ! ちったあ腕が立つ見てえだがな、美人のねーちゃん。多勢には敵わねえんだぜ?」

「今土下座して降伏するなら、俺たちの性奴隷で許してやるよ!」

「そのデカパイとケツで俺らに奉仕しな!!」

「レイプだレイプ!!」


 クーデリカのずば抜けた美貌に、男たちの下品な視線が突き刺さる。

 そんな視線や言動がよほど腹に据えかねているらしい。

 クーデリカは眼光鋭く兵士らを睨みつけ、


「黙れ! 己の利益だけを欲する強欲な俗物どもが! 我が正義の剣で裁きを下してくれる!!」


 そう叫んだかと思うと、おもむろに腰の剣を鞘ごと抜き、その鞘を天井に向かって投げた。

 そこから先は電光石火の早業だった。

 次々と兵士達の前に踏み込み、右に左に剣を振るう。

 その姿はまるで、地を這う迅雷の如く。

 血飛沫を纏う人身の雷が、広間を駆け抜けた。

 鞘が落ちて来るまでに増援で現れた20名を全員斬り伏せてしまう。


「ロートリアを滅ぼしたと聞くからどれほど強いのかと思えば。大した事ない連中だな」


 クーデリカが落ちてきた鞘を手に掴んで言った。


 へえ。

 やるじゃねえか。

 鞘を抜いてからの一連の動作が雷の9分の1くらいに上がってやがる。


「ぐ、ぬぬ……! アレックスターの本隊さえここに残っていれば、キサマだって……!!」


 兵士の一人が言った。


 本隊?

 そうか、こいつら後詰めの兵に過ぎねえんだな。

 確かにこいつらじゃ、あのグリフィンにも勝てねえ。


「なにごとだ」


 なんて俺が思っていると、大広間の奥にある扉が開かれ、誰か入ってきた。


 かなりの巨漢の男だった。

 身長は2メートル。

 体重はどのくらいあるか分からない。

 筋骨隆々としており、破城槌ほどもある大剣と、盾ほどもある無数のプレートを張り合わせた黒い鎧を身に付けている。

 更には床まで届かんばかりの銀色のヒゲを蓄えていた。

 如何にも大物そうな見た目だ。


 それにしてもあのヒゲ、日常生活大変そうだな。


「ヘ、ヘルダーリン魔風将軍様!!」


 兵士の一人が叫ぶ。

 どうやらこいつがここを支配しているっつう将軍らしい。

 ってことは、こいつを倒せば俺の城が無事戻ってくるってことか。


「キサマがここの親玉か! ただちにこの国を解放して貰おう!」


 クーデリカが抜き身のままの剣を振りかざして叫んだ。

 すると、それを聞いたヘルダーリン将軍がニヤリとほくそ笑む。


「女剣士か。その堂々たる立ち姿、さぞかし名のある者と見た。この私が直々に相手をしてやろう」

「ほざけ俗物! キサマの悪事もこれまでだ!!」


 言いさま、クーデリカが剣を振りかぶって将軍の前に踏み込んだ。


「なっ……!?」


 次の瞬間だった。

 辺り一面に、紙吹雪のように散らされたのはクーデリカが身に付けていた衣服。

 クーデリカは手袋とブーツ以外の全てを切り裂かれ、素っ裸にされてしまっていた。特殊な魔力付与を施されていたはずのロングドレスまでもがみじん切りにされている。


「ふむ、やはり美しい」


 将軍がクーデリカの裸をしみじみ眺めて言った。


 にしてもあのオッサン。

 あのナリであのスピードか。

 意外と強いんだな。


「くっ……!! この私が剣の勝負で敗れた、だと……!?」


 顔を真っ赤にしたクーデリカが、両手で胸と腰を隠して言った。


「悦べ。お前は特別に私の妾にしてやろう。私の子を孕むがよい」

「ふ……ふざけるな!!! キサマのものになるくらいなら、私は……っ!!?」


 叫んで、クーデリカが自分の体に刃を突き立てようとした。

 自害しようとしたのだろう。

 だがそれよりも速く将軍が動いた。

 あっという間に腕を掴まれて、剣を落としてしまう。


「私は【風魔皇】のスキルを授与されている」

「【風魔皇】……? 確か、四大魔法スキルの一つ……!」

「そうだ。スキルの効果により、風魔法を極め尽くした私は鳥の羽一枚ほどの軽さしかない。当然お前はもちろん、この世の何者よりも速い。【剣聖】よりも、【聖女】よりもだ。相手が悪かったな」


 将軍はそう言うと、クーデリカの腕を引っ張り、引きずり出した。


「可愛がってやろう。優秀な私の子種を授かれる事を光栄に思え」

「ふ、ふざけるな!? く……! こいつ速さだけじゃない……! なんという力なのだ……っ!!」


 クーデリカは空いている方の手で何度も将軍のアゴや腕を殴るが、ビクともしない。

 そのままズルズルと広間の奥へと引きずられていく。


「まてよ」


 俺は扉の前に立ちはだかって言った。

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