第11話 王の帰還Ⅱ

「ギュラオオオオオオオオオオオウ!!!!!」


 民家を数件ぶち壊し、天から現れたのはグリフィンだった。

 獅子の体に鷲の頭を持つ黄金色の伝説魔獣だ。

 モンスターとしてはドラゴンに次ぐ強さを誇る。

 それもかなりのデカい奴で、体長は10メートルを軽く越える。

 また体中にありとあらゆる魔法的な施術を施され、一体投入すればどんな劣勢な戦局をも覆せるとされていた。

 こいつらの切り札だろう。

 俺を相手に戦力を小出しにしなかったのは評価できる。


「バルク! こいつは私がやる!」 


 俺が考えている内に、クーデリカがグリフィンの頭上へと跳んだ。


「喰らえ、我が最強奥義!! 剣聖神技【滅尽雷光閃ライジンスラッシュ】!!」


 クーデリカの剣を中心に、雷のような閃光が縦横無尽に迸る。

 雷の魔力を伴った、上段からの唐竹割り。

 速度は雷の半分ほどで、威力は雷程度の奴だ。


 バキィン!!


「なにぃッ!? ぐほぁっ!?」


 だが、全然効かなかった。

 効かないばかりか、剣まで折れてしまう。

 更にグリフィンの前足による反撃を喰らって、反対側の民家の壁に叩きつけられる。


「ば、バカな……! 私の必殺剣が……!!」


 折れた剣を杖のようにして漸く立ち上がったクーデリカが言った。

 その無様な姿に、隊長の口角がこれ以上無いほど吊り上がる。


「こいつの毛は一本一本に至るまで、全て鋼を越える硬さを持ち、更に地肌に1000枚もの防御魔法陣が重ね掛けされているのだ!! 鉄壁の如き防御魔法陣を突破できるものなどこの世に何一つとして無い!!! グヒャアアアア!!!」


 なるほど。

 例え【剣聖】と言えども単独では勝てない相手ってことか。

 面白え。

 こいつなら少しは歯ごたえありそうだ。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ!! 

 ザコ女! お前は後でたっぷり犯してやる!!!

 おいこのクソ汚物!!

 てめえ、よくも俺様の部下をブチノメしてくれやがったなあ!!」


 隊長が小汚え指先で俺を指差して叫んだ。


「ヒデイン! そいつを殺せ!!!」

「グギャオオオオオオオオオッ!!!」


 グリフィンが翼を広げ、地面を抉るように蹴って俺に向かい突進してくる。

 俺はその鼻先目がけ、軽く拳を振るった。

 するとグリフィンの鼻先に、1000枚の防御魔法陣……もはや分厚い鉄の壁のような……が展開したが、そのいずれもパリンパリンと叩き割って、そのまま俺は奴をブン殴った。

 それだけでグリフィンの巨体がズズゥンと、その場に沈む。

 場は一気に静かになった。


 やっべ。

 こいつ弱いじゃねえか。


「は……!?」

「うそ……だろ……?」


 隊長とクーデリカが同じ顔で驚いている。

 1000枚の防御魔法陣程度、100メートルを超える津波や火砕流に比べればなんてことはない。


「もう終わりか?」


 俺は片手を振って隊長を挑発した。

 すると、


「バカめ死ね!!! ヒデイン!!!!」


 隊長が叫んで、またあのグリフィンの名を呼んだ。

 すると、まだ意識があったらしい。

 グリフィンが起き上がった。

 そして、その洞窟の入口ぐらいもあるサイズの口をあけっぴろげ、無防備だった俺に【息吹ブレス】攻撃をしてきたのだ。

 凄まじい熱風と同時に、体中がピリピリしてきやがる。


 なに!?

 しまった、こいつは……っ!?


「バカが!! 油断しおって!!! ヒデインのブレスには各種の状態異常効果が付属されている。人間が罹れば一秒と持たない猛毒、一生治らない麻痺、そして石化の呪いだ!! あらゆる治療魔法を跳ねのけてしまう特注の呪いで、喰らった生き物は例えドラゴンでも死ぬしかない!! ざまあみろ!!! はっはっはっはっは……はっ!!!?!?」


 ブレスの生暖かい風に吹かれ、俺は両腕を天に向かって伸ばし、背伸びをしていた。


「いやー、油断したわ。こいつはちょっと気持ちよかった。肩こりとか腰痛に効きそうだぜ」

「な……なんで生きてんのおおおおおお!?!??!」

「グ……グギャアアアアアア!!?!?!」


 隊長が飛び出るんじゃないかってくらい両目を見開き、俺を指差して叫んだ。

 そのすぐ隣で、俺にブレス攻撃してきたグリフィンも仲良く驚いている。


「一応言っておくが、状態異常はもれなく喰らってるぜ。何しろスキルの効果で必ず掛かる上に、効果も倍増だからな。だから毒と麻痺は現在進行形で治ってねえ。お陰で少しオデコがピリピリしてやがる。石化の方は力づくで治したがな。石化した部分を割って」

「力づくで割って直した!? なにを!? どうやって!?」


 これに関してはもう少し補足がいるか。

 1億年かけて死に続けた結果、俺の体は自然治癒力が向上していた。

 だから普通の人間でいう所の擦り傷が自然と治るように、対外の傷は一瞬で治っちまう。

 今俺の体に傷を付けられるのは、せいぜいあのクソドラゴンぐらいのものだろう。

 早くあいつと戦いてえ!


「さて、おねんねの時間だ」


 俺はそう言うと一瞬でグリフィンの頭の上に飛び乗り、後頭部の毛を掴んで地面に叩きつけてやった。

 グリフィンはゴンっと地面に頭を打ち付け、そのまま犬ころみたいに両手を伸ばして失神する。

 隊長の顔がみるみる蒼褪めていくのが面白え。


「……こっ、こうなれば……!!」


 一人残された隊長が、さっきチンピラ兵士に襲われていた女を人質に取ろうとした。


「それ以上動くな! この女の命が……!」


 だが隊長が言ってるうちに、奴が首筋に突きつけていた細身の剣を弾き、奴の腕から女を引きはがしてやった。

 圧倒的な力の差があれば、卑怯な手も何もない。


「女の命がどうした?」

「ひっ……ふっひいいいいい!?!?!」


 挙句、俺がちょっと睨みつけただけでションベンをジョジョジョ~っと漏らし出した。

 そして俺に向かって両手を合わせ、


「命だけはお助けをおおおおお!!!」


 泣き喚く。


 仮にも近衛隊長のクセにだらしねえ奴。

 ロートリアの兵はこんなんばっかか。


「バルク! 残りのザコは任せろ、全て私が……っ!」


 なんて思ってると、道の真ん中付近でクーデリカが近衛騎士相手にトロトロ剣を振り回していた。

 兵士でも国でトップクラスとなると、瞬殺とまではいかないらしい。

 なので俺は走ってるクーデリカの背中を追い越し、残ってるやつらを片っ端から張り倒してやった。


「は、速い……!」


 クーデリカが呆然と呟く。


「てめえが遅すぎんだ。少しは俺の役に立て」


 俺はイライラして言った。


「す、すまない……!」


 するとクーデリカが意気消沈した様子で言った。

 かと思うと、


「あああああああっ!!!」


 急に叫びながら頭を抱えてうずくまる。


「なぜだ……!! なぜ私はこんなに無能なんだああああ!!! 誰か頼む!! こんな私を罰してくれ!!!」


 クーデリカは叫びながら、額を地面に擦り付け、土下座のような格好で自分の体をバシバシと叩き始めた。


 なんだこいつ。

 急にドMにでも目覚めやがったのか?

 別に無能じゃねえと思うが。

 ま、どうでもいいが。


 絶賛自責中のクーデリカはさておき、俺は周囲を見回す。

 そこいら中に俺がブチノメした兵士たちが転がっている。


 こいつらだが、全員生かしてある。

 ただでさえ敗戦で減った労働力をこれ以上減らしたくねえからな。

 あと、いちおう俺の兵隊だし。


「あの……本当にバルクさまなのですか?」


 クーデリカが俺の名を呼んだのを聞いて、さっき助けた女が俺に言った。


 こいつまだ言うか。

 ふざけんじゃねえ。


「チッ。俺がバルク・ロートリアだよ!」


 半分キレながら名乗る。

 怒っていたからか、声が広場の隅々にまで響き渡っちまった。

 それを聞いて、物陰に隠れていた民衆たちが集まってきた。


「お……おおおお……!」

「あれが無能王子……!」

「ゴキブリ以下と言われた、あの……!!」

「5歳の女の子にすら負けたって伝説の……!?」


 ジジイからババアから俺の腰丈ぐれえのチビまで、全員してクソ生意気なこと言いやがる!


 だから俺は無能じゃねえっつうの!!


「バルク様……!」

「あの方こそロートリアの王……!!!」

「「「バルク!! バルク!!! バルク!!!!」」」


 なんて俺がブチギレていると、民衆たちの大合唱が始まった。

 ほんのちょっと前まで俺のことをバカにしていた民衆どもが、総じて俺を褒めやがる。


『役立たず!』

『今すぐ消えろ!!』

『ロートリアの恥さらし!!!』


 かつての俺を、そんな風に罵っていた連中だ。


『殺せ!!! 弱者は殺せ!!!!』


 誰も彼もが拳を振り上げて、死刑囚にでもするような『殺せ』の大合唱を続けていた。

 そんな連中が今では俺を王として称賛し、受け入れているのである。


 まあ、悪くねえ。


 俺は指の先で鼻頭を軽く擦ると、傍らのクーデリカを見た。

 するとクーデリカも俺を見返してうん、と頷く。


「バルク。どうかこの国の民達も導いてやって欲しい」


 クーデリカが俺の耳元に顔を近づけて言った。


 そうだな。

 全員俺が支配してやろう。

 この国の全ては元々俺のもんだからな。


 民衆たちからの大歓声を受けて、俺はそう思っていた。

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