第10話 王の帰還

 2日後。

 俺とクーデリカの2人はロートリアの城下町にやってきた。

 以前から泥臭え町だったが、今はそれにも増して血生臭え。

 それに石畳の道のあちらこちらに死体やら破壊された兵器やらが打ち捨てられている。

 その殆どはロートリアのもんだ。

 どうやら国が滅んだってのは本当らしい。


「ここにお前の復讐相手がいるのだな」


 クーデリカが言った。


「そうだな。間違ってぶっ殺されてねえといいが」


 そんな話をしながら、俺らは町の広場までやってきた。

 以前は毎日のように市場が開かれていたが、今日は同じ場所で捕虜となった兵士たちの処刑が行われている。

 だが処刑している奴らがおかしかった。

 見る限りアレックスターの連中が居ないのだ。


「あれは……同じロートリアの兵士ではないか。なんでロートリアの兵士が同じロートリアの兵士を処刑しているのだ……!?」


 処刑台の上に立つ男たちを遠巻きに見て、クーデリカが言った。


「国が負けると知って、早めに裏切ったんだろ。

 たぶんアレックスターの連中に媚び諂って部下にさせてもらったんだな。

 敵国の兵士なんざ生かしとく価値もねえが、統治する時には役に立つからな。

 何しろ、どんな奴を処刑しても怒りがあいつらの方に向くからな。

 あいつらもあいつらで命拾いした挙句弱い者いじめができるってんだから、これがウィンウィンの関係ってやつだな」


 俺が説明してやると、クーデリカの顔色がどんどん蒼褪めていった。


「こ……この世に正義はないのか……!?」


 その整った眉目を歪めて呟く。


 なんだこいつ。

 どんなお花畑な国からやってきたんだ。


 なんて俺が思っていると、


「「「殺せ!!! 弱者は殺せ!!!!」」」


 突如として、物騒な男たちの声が響き渡った。

 振り返り見れば、広場に続く広い路地の真ん中で兵士達が騒いでいた。

 誰も彼もが拳を振り上げて、死刑囚にでもするような「殺せ」の大合唱を続けている。


 その大合唱の先に居るのは女子供を中心とした民衆たち。

 下は5歳の女の子から上は年寄りまで、一か所に集められていた。

 全員どこかで見た顔をしている。

 そう。

 そいつらは以前、俺が【デバフキング】のスキルを手に入れた時に、俺を散々無能だと罵って石を投げた連中だった。

 そいつらが今や全く逆の立場で石やレンガを投げられている。


「わ、私達が何をしたって言うんですかあああああ!!?」

「ちゃんと税金納めましたのにいいいい!!!」


 民衆たちのうち、数少ない男が叫んだ。


「税金? そんなものは払って当然だぜ!!」

「おめえらはよ! 誰一人戦の役に立たなかっただろ!?」

「おかげで俺ら負けちまった!!!」

「よって、全員死刑に処する!!!」


 それに兵士達が答えた。

 責任転嫁と呼ぶのもバカバカしくなるくらい、理不尽な言い草だった。


「そ、そんなのって!?」

「わ、私たちのせいにしないでよぉ!!!」

「アンタらがクソザコだったからだろぉ!?」


 民衆たちもやり返す。

 すると、一瞬兵士たちは真顔に戻ってシーンとし、それから、


「「「しゃしゃしゃしゃしゃ!!!」」」


 一際下品な笑い声で笑った。


「ま、そんなこたぁどうでもいいんだけどよ!!」

「とりあえず俺らのウサ晴らしに死にやがれ!!」


 言いながら、兵士が石の代わりに酒瓶を投げる。

 酒瓶は鍛冶屋らしき親方の頭に直撃して昏倒させた。


「そそっ、そんなあああ!?!?」

「ひどいいいいいい!!!?」

「うっせえ!!!!」


 民衆たちが喚き散らしているうちに、また無数の石が投げつけられた。

 投石を遮るものは何もない。

 顔面や手足に石の直撃を喰らった民衆たちが、血を流しながらバタバタと倒れていく。

 その一つが、民衆たちの端っこに居た女の子に向かっていった。

 咄嗟にその身を庇ったのは、女の子の母親。

 母親はグタリ、横になったまま動かなくなった。


「ま……! ママアアアアアアッ!!!?」


 女の子が泣き叫ぶ。


「うへうへ!!」

「おいお嬢ちゃん! 生き残りたかったら、俺らに媚びな!! 特別に奴隷にしてやるからよぉ!!!」

「おう! そっちのお母さんもいいぜぇ!! 俺は年増もガキもイケる口だからよぉ!」

「アレがデカすぎて結局殺しちまうがな!!! ガハハ!!!!」


 クソみてえなツラした兵士どもが、クソみてえなバカ騒ぎしてやがる。


「バルク」


 クーデリカが俺の名を呼んだ。

 どう見ても助けたそうな顔をしている。


 一方の俺だが、別段可哀そうとは思っていなかった。

 あの時俺に石を投げた連中が、同じように投げられている。

 その様は正直嬉しい。

 俺を苦しめた連中が、俺と同じような理不尽に曝されて苦しめられている様を見ると、胸がスッとする。


 だがもうこの辺でいいだろう。

 ちょうど俺も準備運動してえと思っていたところだ。

 こいつらで済ますか。


 そう思って俺は兵士たちの方に歩み寄った。

 後からクーデリカもついてくる。


「お?」

「なんだこいつ!?」

「おう、お国がこんな大変な時にデートってかぁ? おい!」

「なめてんじゃねえぞ!!」


 すると、向こうが気付いてさっそく俺に絡んでくる。

 面倒がなくていい。


「にしても男がダセえな!?」

「おいねーちゃん! せっかく綺麗なんだからよ、そんな弱そうな奴じゃなくて俺らと付き合えよ!」

「なんならここでおっぱじめようぜ!!」

「エロい体しやがってよぉ!!!」

「股間にクるイイ臭いしてやがるぜえ!!!」

「おら!! スカート捲ってケツ振って見せろ!!!」

「「「「ギャハハハハ!!!」」」


「……なんなのだ、こいつら……!!!」


 兵士たちの言動が、余りに下品すぎたからだろう。

 クーデリカの眉間に皺が寄っており、剣の柄にも手が掛かっていた。

 何かあればすぐにでも抜きそうだ。


「ロートリアの民度とかこんなもんだ。つええ奴は何をしても許される」


 俺はそう言うと、クーデリカの手を押さえ剣が抜けないようにした。

 一歩前に出る。


「お、やんのかニーチャン」

「カッコイイねえ!」

「ひゅーひゅー!」


 無能どもが俺を嘲ってくる。


「ん? つうかこいつどっかで見た事ね?」

「バルク王子にそっくりじゃん」


 兵士の一人が言った。


「え? でも事故で死んだって聞いたぜ?」

「いや、もしかしたら死んだってウソついて城に幽閉でもしてたんじゃね?」

「ありうるなギャハハ!!!」

「じゃ、俺らで処刑しちまうか!!!」


 そう言うと、兵士は俺をぶん殴った。

 同時に数人がクーデリカを囲む。


「おい無能王子。残念だったなあ? せっかく生き残って、カワイ子ちゃんと一緒に歩けてたのになあ? これからお前は殺されて、カワイ子ちゃんは俺らとお楽しみだ」


 言いながら、一人が俺の頬にペチペチとナイフの刃を当てだした。

 更に別の一人が俺の肩を掴んで腹にパンチを決めてきた。

 もう一人が俺の脛をガスガス蹴り飛ばす。


「おう、今どんな気持ちだ? 言ってみろよ!」

「おまえここで死ぬんだぜ?」

「命乞いしたら助けてやるよ! 俺らは優しいからなあ!!!」

「オラ! 女みてえな悲鳴あげて泣き喚け!!」

「ションベン漏らすんじゃねえぞ!!!」


 それにしても、どいつもこいつもクソ下品な笑い声で笑いやがる。

 その笑い声を聞いていると、うちの家族が思い浮かんだ。

 ……。

 いや、あいつらはもっと酷かったな。

 ぶっ殺す!


「おら無能王子! 町の連中が見てるんだ! ちったあカッコイイ所見せてみろ!!」

「じゃあ遠慮なく」

「あ……!?」


 男が言葉を喋れたのはそれまでだった。

 次の瞬間には、そいつはそのまま処刑台の方まで吹っ飛んでいった。

 俺のデコピンが鼻先に炸裂したからだ。


「な……!?」

「何が起こった!?」


 兵士達が一斉に後ろを振り向く。


「う……ウソだろ!?」

「あいつ、5歳の女の子に負けてたやつだぞ!?」

「【デバフキング】とやらの効果で身体能力10分の1になってるんじゃなかったのか!?」


 兵士達が口を全開にして、愕然としてやがる。


 バーカ。

 10分の1でこれなんだよ。

 正確にはこいつらにも分かるようにわざと遅く動いているから、それよりも遥かに遅えんだがなあ。


 思いながら、続けざまにもう1人デコピンで吹っ飛ばした。

 女を襲っていた奴も一緒に吹き飛ばす。


「……!?」


 すると、ビリビリに服を破かれた半裸の女が、吃驚した顔で俺を見上げた。


「う……ウソ……! これが本当に、あの無能王子なの……!?」


 自分が助かった事よりも、俺が無能じゃない事の方が驚きらしい。


「お兄ちゃん、カッコいい……!!」


 その後ろでは、以前俺を地面に倒した5歳児がクリクリの目を輝かせていた。


 ったく、どいつもこいつも俺を舐めやがって。


「貴様ら! 何をやっている!!」


 俺が内心で女にキレていると、処刑台の方に居た兵士達もこっちにやってきた。

 きちんとした正規兵らしく、剣に盾に兜を付け、更に胸のプレートアーマーに『ロートリア近衛騎士団』のロゴが刻まれている。

 そいつが盗品じゃなければ、今ぶっとばしたチンピラ兵士よりも10倍以上は強い相手だ。

 王子だったころは、母親に処罰という名目でしょっちゅう部屋に監禁されていたから、王城内の連中とは殆ど面識がないのだが、見覚えがなくもない。

 俺とクーデリカは、あっという間に20人くらいの近衛騎士団に取り囲まれる。


「おい! なんだこいつら!?」

「なにしやがった、キサマ!!!」


 次々に剣を抜き、俺に斬りかかってくる。


 チンピラ兵士よりは幾分マシだが、単調な動きだ。

 これならハエと戦った方が苦戦しそうだぜ。


 俺は剣を躱すと同時に進行方向に足を出す。

 すると俺の足に躓いて、奴らは突進してきた勢いでそのまま路地のゴミの山に突っ込んでいった。

 ゴミを頭から被って無様に転がっている。


 弱い者いじめおもしれえ。


「く……! バカな! 我らはロートリア最強の近衛騎士団だぞ!!? トロルだって1人で狩れるんだ!!」

「殺せ!! 1対1で勝てなければ数で潰すんだ!!!」


 隊長らしき兵士が叫んだ。

 そいつが首から下げた角笛を吹くと、その音を聞いた兵士が更に30人程集まってくる。


 いいねえ。

 もっと呼んでくれよ。

 じゃねえと面白くねえからよ。


「掛かれ!!!」


 隊長が号令を下すと、俺を囲っていた兵士6人ほどが一斉に斬りかかってきた。

 同時に斬りかかって来たのは、動きの速い俺を潰すための飽和攻撃のつもりだろう。

 互いに斬りつけ合うリスクも覚悟の本気の作戦のようだった。

 更に背後に居る兵士が、炎や氷や雷で作った矢を連続で俺に放つ。


 だがあっという間に全員ブチノメしてやった。

 近衛騎士ってこんなに弱かったんだな。


「ヒデイン!!!」


 すると、隊長が名前か何か叫んだ。

 同時にヴァッサヴァッサと物凄い羽音と、瓦礫もまとめて吹き飛ばす程の突風が巻き起こる。


「ギュラオオオオオオオオオオオウ!!!!!」


 民家を数件ぶち壊し、天から現れたのは獅子の体に鷲の頭を持つ伝説魔獣【グリフィン】だった。

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