第15話 クソババアⅡ

「犬の飯は美味かったか?」


 俺は尋ねる。

 クソババアは一瞬ハッとしたような顔をして、それから後ろめたそうに黙り込む。


「……ば、バルク……お願……!」

「黙ってろ」


 俺は何か言おうとするババアの口を、視線で潰した。


「おいなんだてめえは!?」

「アレックスターの兵士じゃねえな!?」


 兵士達が剣を抜いて俺とベルダンディを取り囲んだ。

 だが関係ねえ。

 俺は容赦なく間を詰めていって、拳の一振りでそいつらを全員ぶっ飛ばした。

 大の大人よりも一回りは大きい兵士たちが、カエルみてえな格好で牢屋の壁に叩きつけられる。


「がはっ!?」

「なんだこいつ……! つええ……っ……」


 それだけ言い残すと、兵士は全員床に伸びてしまった。

 後には俺と、クソババアだけが残る。


「バルク……! 必ず助けに来てくれると思っていました……!」


 すると、クソババアが俺に縋りついてきて言った。


「ああ、一体どうしたのでしょう、私のバルク。こんなに逞しくなって……!」


 言いながら柳眉を下げてくるクソババアの顔には、一見慈愛とも取れる笑みが浮かんでいる。

 だがそれは慈愛とは違う。

 このキラッキラな笑顔の裏側にあるのは、圧倒的強者となった俺に対する支配欲。

 こいつは母親という立場を利用して、息子である俺の事をコントロールしようとしているに過ぎない。

 なぜなら、もしもこいつの心にほんの少しでも優しさや愛といった暖かい感情があるのなら、この状況でこんな慈愛に満ちた笑みなど浮かべられる訳がないからだ。

 本当に自分がしてきた事を反省しているのならば、後悔しているような顔をするはず。

 それか、もっと真剣な表情で俺を見るはずなのだ。

 それがこいつには無い。


「お前のような子を持てて、私は誇らしく思っております。さあ、二人でゆっくりお話しましょう。バルク、お前の旅の話を聞かせて……!」

「ふざけんじゃねえ」


 俺は、聞くに堪えねえ言葉を見たくもねえ笑顔浮かべて撒き散らすこのクソ女の頬を張り飛ばしてやった。

 もちろん本気じゃねえ。

 こいつが気絶しねえギリギリの力だ。

 クソババアを拘束していた鎖がジャランジャラン鳴っている。


「な……!? どうしてお母さんに手を上げるの!? バルク!?」

「お前も散々俺に手を上げたじゃねえか。今牢屋でバカにされながら残飯食わされていたのも全部そう。全部、昔お前が俺にしたことだ」


 俺は激怒した。

 クソババアのキツく吊り上がった眉が、ゆるゆると申し訳なさそうに垂れる。


「……そ……そういえば私、昔、貴方に同じことをしてしまいましたね……! 私が今されてたみたいに、お前も散々ユリウスや皆からバカにされて、残飯を食べさせられて……本当に申し訳なかったわ……!」


 まるで、今思い出したとでも言わんばかりだった。

 意図的に俺と視線を合わせ、俺の言葉を繰り返す。

 涙さえ流して見せた。

 そうした仕草の一つ一つが激しく俺を傷つける。


『たった一人の肉親なのに……!

 どうしてウソじゃない言葉で、僕と向き合ってくれないんだ……!

 こいつの言葉は一言も真実じゃない……!』


 きっと昔の俺だったら、そんな風に感じていたに違いない。

 かくいう俺も改めて悲しい。

 自分が愛されていない事を自覚したからだ。


「ご、ごめんなさい。私が悪かったの……! でもあれは教育で、お前に立派な人物になって欲しかったのよ、だから……!」

「じゃ、立派な人物にするために、俺に残飯を食わせたのか?」

「そ、そうよ! それがアナタのためだと思っていたのよ!」

「じゃあ食えよ」


 言って俺は、腐った人間の頭をクソババアに突きつける。


「食え。これがお前の愛情なんだろ?」

「ひいいいいい!? でっ、でも私が間違っておりました! 今は心から反省しております、ぶはああああっ!!」


 クソババアはそう言って、自由の効かない体を一生懸命捻って生首から逃れようとした。

 俺はそんなクソババアの口に半ば溶けた肉を押し込みながら、淡々と話を続ける。


「1億パーセントそれはねえな。

 単に自分の血を引いてるはずの息子が、どうしてこんなに無能なんだってキレてただけだ。

 そのせいで将来の自分の立場まで危うくなってたからな。お前の魂胆なんか全部わかってる」


 言いながら、傷ついてるのはむしろ俺だった。

 ホント、なんだかんだ言って俺もこいつに愛して貰いたかったんだ。

 たった1人の母親だもんな。

 ウケる。


「そんな……! どうして信じてくれないの……!?」


 言って、クソババアはグズグズとまた泣き出してしまった。

 その姿はまるで『私こそ被害者』だとでも訴えているようだ。


 どうでもいいんだが、一国の女王のする態度じゃねえな。


「おい、クソババア。お前を助けてやる。代わりに俺に王位を継がせろ。それがイヤならこのまま牢に繋げておく」

「お、王位……? 王位が欲しかったのね、貴方……!」

「そうだ」


 ロートリアの王位なんざハエのフンみてえなもんだが、あれば色々と便利だ。

 俺がやりてえ事の役に立つ。


 俺がやりてえ事ってのは1つだ。

 それは『自分の有能さを全存在に知らしめる』って事。

 ユリウスやリアーナやクソドラゴンをブチノメすってのも、その中に入っている。

 あいつらに俺の強さを見せつけて、見返してやりてえんだ。


 その一歩として、まずは俺が王に相応しい男だってことをロートリアの全員に示す。


「もちろんですバルク、貴方こそロートリアの王! 皆を集めて戴冠の儀を行いましょう! きっと素晴らしい時代が訪れます!」


 母親が、媚びる以外なんの感情も感じられない笑顔で言った。


 ほんとよく言うぜこいつ。

 昔の俺だったら、間違いなくこの場で殴り殺してるだろう。


 思って、


「ぶげええええ!?」


 俺はもう一発クソババアの顔を張り飛ばしてやった。


 それでもこいつは役に立つ。

 生かして利用しよう。

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