第8話 女剣聖

「おいねーちゃん、まて」


 俺はその剣先をちょいと摘まんで止めた。


「なっ!?」


 女は力を入れるが、ピクリとも動かない。

 女にしちゃかなりの怪力だったが、ぶっちゃけこの程度の力なら、津波や土石流の方が遥かに上だ。


「一応話ぐらい聞いてやったらどうだ?」


 言いながら、俺は剣先を手放してやった。

 それが間合いなのか、女は5メートル程離れた場所で剣を構える。


「おのれ! キサマも仲間か!!? ならば容赦せんっ!!!」


 言い様、女が斬りかかってきた。

 挨拶がてら、俺は女の額に向かってデコピンをかます。

 当然躱せるものと思った。

 だってこいつは【剣聖】なんだ。

【剣聖】と言えば、この世に何人といないレベルのチートスキル。

 その力は身体能力が10倍、剣術に関する新しいスキルの発現確率が5倍、自身に対する物理・魔法ダメージは半減し、状態異常には掛かりにくく、取得経験値が3倍になる、というもの。

 人身をして巨人族や魔族の身体能力をも遥かに凌駕するとされる。

 ならば当然さっきまでの動きは本気ではないだろう。

 恐らくこいつは雷よりも速く動けるはず。

 それなら俺といい勝負ができる。


「ぐはうっ!?」


 と思っていたのだが、女は特にデコピンを躱すでもなく、その綺麗な顔面に思いっきり喰らって吹っ飛んでいった。

 村の小屋を何棟もぶち壊してやっと止まる。

 女はそのまま瓦礫に埋もれ、ケツだけこっちに向けた無様な格好で伸びていた。


 ……。

 ひょっとしてこいつ、弱い?


「ぐ……くっ……キサマああああああああ!!!」


 なんて俺が呆れていると、女が復活した。

 剣を両手で構えて走ってくる。

 だが、遅え。


「おいおい。マジで雷の10分の1しかスピードしか出てねえぞ。これで本気なのか?」


 女の剣を躱しながら話をする。


 ただ一応言っておくと、この女の技量は大したもんだ。

 俺も王子時代にそれなりに稽古したから分かるが、まず基本のコンビネーションがよくできてやがる。

 上段から脇構え、そして下段、袈裟斬りと、文字通り流れるような太刀筋だ。

 更には雷の10分の1のスピードで右に左に走ったり跳ねたりしているにも関わらず、体の正中線が常に決まり続けているし、振ったり突いたりする剣に芯がしっかり通っていた。

 俺がこいつの領域に踏み込むためには、1000年くらい剣の修行をしなければならないだろう。


 ったく、ウスノロのくせにムカつくぐらいセンスがありやがる。

 これが【剣聖】のスキル効果ってか。

 腹立つ。


「おのれ!!! この私を愚弄するか!!!!」


 愚弄されてるのはこっちなんだが。


 とはいえこの女に欠点が無いわけではねえ。

 ぶっちゃけ言うと、ちょっと相手が煽っただからってこんな風にキレ斬りかかってくるというのはメンタルが弱い証拠だ。

 これまでこいつが無敵だったのは、そこの兵士みたいな格下を相手にしていたからだろう。

 この通り、挑発にも乗ってくる。


 次あたり、本気で来るな。


「ならば! 我が最強奥義で屠ってくれる!!」


 女の剣を中心に、雷のような閃光が縦横無尽に迸る。


「剣聖神技【滅尽雷光閃ライジンスラッシュ】!!」


 雷の魔力を伴った、上段からの唐竹割り。

 速度は雷の半分ほどで、威力は雷程度。

 大したことはない。

 俺はその神技とやらを、瞬き・・一つで止める。

 相手が振り下ろす剣に顔を押し付けて、目蓋で挟むようにして止めたのだ。


 ギィンと鋼鉄同士がぶち当たったような一瞬の手ごたえ。

 その後に、剣から吐き散らされた電撃が僅かに俺の眼球に染みる。

 目覚ましにいい。


「!?!??!!!? 」


 女は何が起こったのか解らない様子で、追撃をするでもなく呆然と突っ立っていた。

 俺も特に何もしない。


「……あ……! ありえねえ……っ!!?」


 俺の背後で、リーダー格の男も驚いている。


「相手はあの【剣聖】クーデリカだぞ……!? たった1人で3万からなるオークの軍勢を皆殺しにしたっていう……! それがまるで赤ん坊じゃねえか……!!」


 3万からなるオークの軍勢?

 こちとら3万じゃ効かねえ数の大災害と戦ってきたんだ。

 そんなのワケねえわな。


「今のが最高の技か? だったらこれ以上やっても意味ねえわ」

「そんなバカな…………っ!!!? わたしの……正義が……っ!?」


 俺がそう言うと、女は剣を落とし、両膝を突いてしまった。

 戦意喪失か?


「私のこれまではなんだったのだ……! こんな男に負けるために私は必死に修行してきたのか……!!」


 なんて俺が思っていると、修行がどうたらこうたら言い出す。


 必死に修行。

 こいつ、自分がどれだけ才能に恵まれているか分かってねえな。


「お前、何歳だよ?」


 内心腹が立って、俺は尋ねた。


「……15だ。キサマは?」

「15と10億歳」

「じゅ、じゅうおく……? キサマ、ふざけてるのか!?」

「ふざけてねえ。異空間に10億年間幽閉されてたのさ。それで言わせてもらうが、お前はたった15でその強さなんだろ? ふざけんじゃねえ。

 俺が15の時にはな、5歳の女の子に力比べで負けたんだ。大勢の連中が見てる前でな。

 そん時はひでえ赤っ恥掻いた。それに比べりゃなんだお前、めちゃくちゃつええじゃねえか。ふざけんなはこっちのセリフだぜ」


 俺がはっきりそう言うと、女は驚いたような顔で俺を見た。

 かと思うとまた肩を落とす。


「そうか……だが、この程度の力などなんの意味もない。目の前の悪を断罪できなければ、5歳児に負けるのとなんら変わらん。いや、それ以下だ」


 5歳児に負ける以下?

 俺の受けた苦しみ分かってんのかこいつ。


「あ? ホントに負けた事ねえ奴が生意気言ってんじゃねえぞ」


 俺は片手で女の頭を掴んで言った。

 すると、ジワリ……と女の目に涙が浮かぶ。

 俺の恫喝にビビッてんのかと思いきや、そうじゃねえ。

 自らの使命に殉じている狂信者が流すような、そんな涙だった。


「……目の前の悪を断罪できなければ、何の意味もない……!」


 その顔で女は繰り返した。

 俺に対してというより、自分の弱さに怒っているように見える。

 あーめんどくせえ。


 そう思って、俺はクーデリカが抱えるようにして持っている剣に目をやった。


 ふむ……。

 だが、どうする。

 俺の目的はクソババアやユリウスやリアーナをブチノメすって事だ。

 強さ的には問題ない。

 1人でも充分ヤれる。そういう自信がある。

 だが、その先はどうする?

 例えばロートリアの王となり、国を導く立場になったとしたら。

 そんな時、こいつが居たら多分役に立つだろう。

 例えば治安維持。

 こいつはそれなりに強いし、何よりも正義に重きを置く性格だから、悦んで悪を断罪してくれるだろう。

 そうなれば、本来断罪する事で俺に向かってくる不満や怒りの矛先を躱す手段にもなる。

 更にはこいつは見た目もいい。

 ドレスでも着せて立たせておけば、エルフの女王だって裸足で逃げ出す美貌がある。

 だったらこの女を将軍にでも取り立てれば、国民からの人気も得られるだろう。

 王様ってのは人気商売だ。

 充分役に立つ。


 ここで仲間にしておいて損はない。

 適当にウソついて、俺のものにしとくか。


「確かに。目の前の悪も断罪できねえなら、才能なんざ意味ねえな」

「……!」


 試しに俺がそう言うと、女がジッと恨めしそうな目で俺を見てきた。


 よしよし、いい反応だ。


 実は、この女みたいなタイプは王宮で見たことがある。

 こいつらは世間の物事や人間を評価する時に、常に『自分の中の理想と比較してかどうか』という事で判断している。

 コイツの場合のそれは正義。

 つまり、正義を志す者ならば善。

 志さない者なら悪。

 そういう風に断じているのだ。

 ならば俺こそ善だと思わせればいい。

 同じ正義を志すものであると伝えれば、俺に好感を持つはずだ。


「だが、お前の正義は無意味じゃねえ。何故なら俺もまたお前と同様に正義を志す者だからだ」


「なに……!? どういう事だ……!」


 俺が正義の話をし始めると、途端に女が食いつく。


「俺は元々はロートリアの王子だった。本当なら王位を継ぎ、国を栄えさせ領民たちを幸せにするはずだった。

 だがそんな俺を疎ましいと考える連中が居たんだ。

 俺に代わって王位を簒奪しようって企むクソ野郎どもさ。

 中には俺の家族もいてな。

 というか、俺の家族こそが中心メンバーだった。

 大臣や領民たちや兵士たち皆がグルになって、俺をハメたんだ。

 結果俺は祖国を追放されたのみならず、もう少しで殺されるところだった」


 ウソも加えたが、大半は本当の事を言っている。

 実際あいつらはクソだった。

 ウソの部分は、俺もクソだってことだ。

 間違っても俺は善い人間じゃない。

 王子の頃には何一つ本音を語れねえ弱くて情けないガキだったし、今は復讐に夢中になってるってだけのガキだ。

 ま、別に悪いとは思っちゃいねえがな。

 俺は俺の気持ちよさのために、俺をイジメた連中をブチノメす。


「俺は今でも悔しい思いをしている。それは無力だった自分自身に対する怒りだ。その怒りから俺は自分を徹底的に鍛え上げた。そうして今の俺がある。

 俺の目的は唯一つ。正義によって俺の故郷を解放する事だ」


 俺が感情たっぷりにそう言うと、


「……そうか……お前にも正義があったのだな……!」


 女が、安堵した表情で言った。

 お前も私の同士なのだな、という顔だ。そこにはある種の憧れすらも感じられる。

 というのも、こいつの中で俺の評価がバカ上がりしているからだ。

 同じ志を持つ者にして、自分の遥か先を行く人間。

 そういう風に俺の事を誤解させたからだ。


「……キサマの名は……?」

「バルクだ」

「バルク……! 如何にも英雄らしい名だ。もし良ければ、私をお前の従者にして欲しい」

「俺の旅は過酷だ。どんな連中が行く手を阻むとも知れねえ。それでもか?」

「もちろんだ! この【剣聖】クーデリカ、遥か空の下、どこまでもお前と共に歩み、共に死する事を誓おう!!」


 クーデリカが最初に出会った時のような、キリッとした顔で言った。


 よっしゃ便利な奴隷ゲット。

 簡単だったぜ。

 ……。

 しかし10億年も修行したおかげか、冷静に考える余裕ができたな。

 クソドラゴンも言ってたが、俺はもともと地頭そんなに悪くなかったんだろう。

 強くなって、イジメられる恐怖がなくなったから途端に頭が回り出したってところか。

 こんな風に人心も掌握できるし、ムカツク奴らをブチノメした後の事も考えられる余裕もある。

 せっかく強くても頭が悪いんじゃどうにもならねえからな。

 更なる最強を目指すぜ!


「ところでこいつの処分だが。殺しても構わないか?」

「ひっ……!?」


 俺がそんな風に1人満足していると、クーデリカがさっきまでの冷淡な口調に戻して言った。

 剣先のように鋭い目で俺の背後に居るリーダー格の兵士を睨みつける。


「待て。そいつに聞きたいことがある。お前、ロートリアの兵士だな?」


 俺は尋ねた。

 ロートリアでは兵士の同士討ちを避けるため、剣の柄や盾に国家の紋章が掘られている。

 さっき俺がこいつらの装備を見た時に既視感を覚えたんだが、それはこいつらの剣や盾にも同じ紋章が掘られていたからだ。

 こいつが持ってるのが盗品でないなら、ロートリアの兵士ってことだ。


「へっへえ! そうでございます!!」


 リーダー格の男が、手を揉みながら俺に言ってきた。


「やっぱな。なんでこんな辺境の村を略奪した? さっき止むにやまれぬ事情がどうこうって言ってたが」

「そ、それなんですが、実は……! ロートリアが滅ぼされたんです……!」


 なに?

 ロートリアが滅ぼされた?

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