第7話 一日後

 気が付けば、俺はどことも知れぬ場所に居た。

 何かクマみてえな生き物が頭に噛みつている。

 俺がギロリと睨みつけると、そいつはビックリして森の奥へと逃げ去ってしまった。


 あー……?

 なんだここは……?

 頭がぼんやりする……。

 森と……神殿……?

 なんで俺、こんな所に寝てんだ……?


 ズキズキと痛む頭を押さえてその場に立つ。


 ……。

 ってか体、軽ッ!?

 雷の音がしねえぞ!?

 水や土砂や火砕流に浸かってねえのって何年ぶりだ!!?

 空気もすっげえ清らかに感じる……!!!

 それにさっきのはクマか。

 俺以外の生き物と久しぶりに会ったな。


 待てよ……!

 思い出せ。

 昨日は何をしていた?

 昨日は週に一度の完全休養日だった。

 だから竜巻のシャワーを浴びて、それから溶岩流のベッドで眠ったんだ。

 夜には隕石が火山灰みたいに降ってきやがったっけ。

 ゴツンゴツンと頭を撫でつけるから中々寝付けなかったんだ。

 その後物凄い重圧と爆発、閃光が起こって。

 それで今朝起きたら世界が真っ暗になっていて、それで『ついに世界でも滅びやがったのか?』って思ったんだ。

 そしたら急に世界が光に満ちてきて。

 それで。

 …………。

 そうか……!!

 やっっっっっっっっと10億年が経過しやがったんだな!?

 俺はようやく外に出られたというわけだ!!

 ならば、俺は……!!


「くくく……くかかかかかかっ!!!」


 腹の底から笑い声が込み上げてくる。


「クソババア! ユリウス! リアーナ!!

 俺は信じられないくらい強くなったぞ!!

 ざまあみやがれ!!

 今すぐ行ってブチノメしてやっからなぁ!!!」


 俺はその場で高らかに叫んだ。

 そして辺りを見回す。


 まずはあのクソドラゴンだ!!!

 あいつどこにいきやがった!?

 俺がどれだけ強くなったかあいつに見せつけてやりてえ!!!


 そう思った俺が、さっそくクソドラゴンを探して森を徘徊しようとすると、


「きゃあああ……!!」


 背後から微かに女の叫び声が聞こえてきた。

 振り返れば木立の先、森を5キロほど抜けた先に人家が見える。


 ほう。

 こんな秘境の地にも村があるのか。

 その村がどうやら襲われているらしい。

 ちょうど俺の視線の先で、一人の少女が男たちによって井戸の前に立たされ、犯されている。

 他にも杖を突かなければ歩けない老人や、病人らしきやせ細った男が切り殺されたりしていた。

 村を襲っているのは、一見兵士風な男たちだ。

 どいつも筋骨隆々で、明らかに野蛮な風貌。

 修行でバリバリに鍛え上げられた俺の目には、奴らの血走った目や伸びきった鼻の下がよく見える。


 ふむ。

 どっかの軍隊が食うに困って略奪でもしてるんだろう。

 ちょうどいい。

 クソドラゴンとやる前に、俺の実力がどの程度か試しておこう。


 そう思い俺は男たちの所へと向かって走った。







 村までやってくると、さっそく兵士と鉢合わせした。

 片手に持った剣にはべっとり返り血がついている。


「おい、こっちにまだ生き残りがいるぜ!!」


 そいつが下品な薄ら笑いを浮かべながら叫んだ。

 すぐに兵士どもが集まってくる。

 兵士たちは全部で10人。

 どいつも支給品らしい鋼の剣に円形のラウンドシールド、それに鎖帷子とヘルメットにブーツといったいで立ちだった。


 ん?

 こいつらの装備どっかで見たような。


「男はこいつだけか?」


 リーダー格らしき精悍な男が言った。

 こいつだけはヘルメットに赤い鳥の羽をつけている。


「はい! 後は全員始末しました!」

「よし。ではこいつも殺せ!!」


 リーダーが命令すると、


「ぐがあああああっ!!!」


 屈強な兵士が1人俺の前に歩み出た。

 まるで【一つ目巨人サイクロプス】並みの巨体を持つ化け物みてえな奴だ。

 そいつが両腕に持った巨大なメイスを俺へと叩きつける。


 俺は躱すでもなく、メイスの動きをジッと観察していた。


 はあ。

 えらくスローモーションだな。

 これが10億年経つ直前の雷なら、こいつが振り下ろすまでに1万回は落ちてる。

 それを俺は回避したり、時にはわざと直撃したりしていたんだ。

 体を鍛えるために。

 だが物は試しなので一発喰らってやろう。

 雷とこいつのメイスどっちが威力高いか。


 やがてメイスが俺の脳天に直撃した。

 派手な破砕音と共に、砕けたのはやはりメイスの方だった。

 トゲトゲしていた頭部は粉々になり、残ったのは柄だけとなる。


「「「はうわぁ~~~っ!?」」」

「そそそんなバカなあああああ!?!? あいつのメイスはダイヤモンドよりも硬いんだぞおおおお!?!?」


 兵士やサイクロプス達が目をまん丸に見開いて驚いている。


 どうやらメイス自体、名のある名品だったらしい。

 どう考えても雷の方が痛かったけどな。


 よし、次は一発殴ってみるか。

 俺のパンチは既に隕石をも砕くレベルになっちまってるから、赤ん坊が寝静まってる部屋のドアをノックするぐらいの気持ちでな。


「むぎょわあああああっ!?!?!」


 そんな力加減で俺が、そっとサイクロプスの膝あたりを軽く叩くと、サイクロプスはくるくると上下に回転しながら、車輪みてえな動きで村の外に向かってぶっ飛んでいった。

 村を取り囲むように広がっていた森の大木を何本もブチ倒してようやく止まる。


「「「げええええっ!?!?!?」」」」


 どうやらサイクロプスは兵士たちの中でも強い方だったようだ。

 そんな奴が一瞬で倒されたというその光景に、兵士達全員の目が驚きに見開かれる。


 ふむ。

 どうやらドアノックは強すぎたみたいだな。

 次からはデコピンにするか。


 俺がそんな事を思っていると、


「成敗っ!」


 突然1人の兵士が倒れた。

 単に倒れただけじゃない。

 兵士の首が、真一文字にスッパリ斬られて永遠に体からおさらばになっている。

 それをやったのは、今俺の目の前に立っている一人の女だった。

 艶のある長い黒髪と、月光を思わせるような鋭くて冷ややかな瞳。

 陽昇らずとも自ら輝きそうな皓歯こうしに、紫蘭の唇弁しべんの如き口唇。

 それらのパーツが左右対称、完璧に近い黄金比によって形作られた顔に嵌め込まれ、まるで宝石細工のように輝いている。

 身に付けているのは紫と黒を基調としたロングドレス。

 簡素な作りだが、糸の一本に至るまで肌理細やかで、何よりもこの女の厳格さを際立たせる仕立てだった。髪やドレスの生地は王者の百合リリーオブザヴァレイの香りで花やいでいる。

 恐らく人ならざる者によって織られた魔法の装具だろう。

 そんな女がおよそ雷の10分の1くらいのスピードで俺の前に躍り出たのだった。

 そして、その手に持った剣で兵士たちの腕や首を両断する。


 なんだこいつは。

 ちょっとは強そうじゃねえか。


 一方で、女の視線は近場に転がっている村人らしき少女の強姦死体に向かっていた。

 元々キツい印象のあるその目がいっそうキツく捩じり上がる。


「強者におもねり弱者をいたぶる俗物どもめ。今楽にしてやる」


 俺の目の前に居るその女が、剣先を右に振って言った。

 それだけで女の傍に立っていた兵士の首が飛ぶ。


「はあああっ!!!」


 更に女は剣を片手に右に左にステップを踏んで、あっという間に……雷の10分の1くらいのスピードで……次々と兵士たちの首を撥ね飛ばしていった。


「あ……あああああああああ!?!?」


 その場に一人残されたリーダー格の男が腰を抜かす。


「この凄まじい強さ……! それに黒髪の女……! ままままっ、まさかお前は【剣聖】クーデリカ!?」


 どうやらこの女はクーデリカというらしい。

 クーデリカは無言のまま、道端のゲロでも見るような目でリーダー格の男を睨みつけている。


 ってか【剣聖】ってあのユリウスと一緒じゃねえか。

 腕試ししてえ。


 俺は女を見た。


「悪人と見るや問答無用で斬り殺す無差別殺人の超極悪人!! なんでそんな奴がこんな所に……!?」


 リーダー格の男が続けて叫び散らした。


「黙れ。悪に悪を語る資格はない」


 女……クーデリカが白銀の刃を陽に翳してギラリ、光を反射させて言った。


 たしかに目がイッてるなこいつ。

 人助けというよりは、悪人を成敗する自分に酔ってるって感じに見える。

 それか悪人に対して相当な恨みでもあるって所だ。

 まあどうでもいいが。


「たたた頼むっ!!! 助けてくれえええ!!!! 確かに俺ら悪いことした!! それは申し訳なく思ってます!! だ、だけど止むにやまれぬ事情があってええええ!!!」

「事情? 悪が悪を成すのに事情などない! キサマのような奴らが居るからいつまで経ってもこの世に救われぬ人が現れてしまうのだ! 世のため人のために死ね、外道!」

「そっ、そんなああああ!? せめて話を……っ!!!!」

「煩い!!!」


 女が雷の10分の1のスピードで剣を振った。


「おいねーちゃん、まて」


 俺はその剣先をちょいと摘まんで止めた。

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