第2話 スキル授与

 とうとうスキル授与の日が来た。

 儀式はロートリアの街中にある大神殿にて行われる。

 朝から僕の親族や大臣、兵士や町の有力者まで、総出でこの神殿に詰め寄せていた。

 第二王子である僕のスキル授与という事で、町の中からこの神殿に至るまでちょっとしたお祭り騒ぎだ。出店まで出ている。


 かくいう僕も疲労困憊だったにも関わらず、昨日はあまりよく眠れなかった。

 何しろ僕の人生、一発逆転が掛かっている。


 というか、むしろこのスキル授与があるから僕は生かされていたと言っていい。

 うちの母親が僕を追放しなかったのも、このためだ。

 優れたスキルを手に入れることが出来れば、僕の扱いも一気に変わるかもしれない。

 もしも僕に、例えばユリウスの【剣聖】を越えるようなチートスキルでも備わった日には、一気に環境が変わる。

 元々継承権で1位の僕だ。

 当然次の世代の王様候補とされるだろう。

 母さんも僕の事を見直してくれるに違いない。


 リアーナ義姉さんも、今以上に僕の事を愛してくれるだろう。

 僕も今以上にリアーナを守る。

 もう二度と、城の連中に売春婦の娘などと言わせない。


 それにあの生意気なユリウスも、僕の方が強くなれば素直になるに違いない。

 大臣や兵士や領民たちも僕を見返してくれるだろう。

 そうなれば僕は、ユリウスやリアーナや他の連中を従えて、ロートリア歴代最強の王としてこの地に君臨できる。


 ああ、今まで本当に苦労したなあ……!!

 今日こそ報われる……!!


「バルク、前へ」


 なんて、僕が自分の成功譚に涙を浮かべていると母さんが言った。

 僕は今、神殿の中心にある巨大な聖像の前に跪いている。

 これから聖像の足元にある祭壇へと上がり、そこで神官役を務めている母さんから儀式を受ける。


 祭壇の周囲には椅子がびっしり設けられていて、そこにはユリウスとリアーナを始め、大臣や騎士団長や町の有力者が並び、その外にはこれまた有力者たちが立ち並んで儀式の成り行きを見守っている。


 更にはこの神殿には壁が殆どないから、外に詰めかけた領民たちにまで儀式の様子が丸見えだ。

 僕がどんなスキルを手に入れたかは、ここに居る全ての人が知る事になる。


 僕は祭壇の前に立つと、母さんに向かって首を垂れた。

 キュポン、と母さんが香油の瓶の蓋を開ける音がする。

 そして祈りの文句を唱え始める。

 心臓がバクバクしてきた。

 血流が急によくなってきて、指の先が痺れ始める。

 耳も遠い。

 なんだかツーンとしてくる。


 ……。

 もし……万が一ゴミスキルだったら……!?


 高まる緊張心に不安が過ぎった。

 思わず脇に座るリアーナを見てしまう。

 すると、彼女と目が合った。

 彼女はずっと僕を見守っていてくれてたんだ。

 今も僕に向かって優しく微笑んでくれている……!


 そうだ。

 リアーナの幸せのためにも、僕は最強のスキルを手に入れなくてはならないんだ……!

 見るがいい……!

 ロートリア第二王子である僕の本当の力を……!

 スキル授与のその時を……!

 そして僕は最強の王になるんだ……!!


 僕がそう思った時、祈りの文句が終わり、僕の後頭部に冷たい油が垂らされた。


 その瞬間。


 パシッと、僕の頭の中に火花が走った。

 同時に青色の光が一瞬煌めき、それは赤錆のような暗赤色へと変わって僕の全身を包み込んだ。

 周りの人たちのどよめきが聞こえる。


 ……なんだ……!?


 そして僕は体の異変に気付く。

 体が、重い。

 全身が鋼鉄の鎧を着た時みたいにずっしりしている。

 ただ呼吸する事すら辛かった。

 重力が10倍くらいに感じる。

 なんでだ!?


「せ、聖像だ! 聖像を見ろ……!」


 僕が自分の体の変化に恐れ戦いていた時、不意に誰かが呟くのが聞こえた。

 僕はハッとして聖像を見上げる。


 聖像が血の涙を流していた。

 その顔に浮かんだ文字は、僕が手に入れたスキルを示している。

 そこに書かれていたのは……!


この世で最も弱い奴デバフキング


 デバフ……?

 え……なにこれ……!!??


「なんだあのスキルは……!?」

「いったいどういうスキルなんだ……!!」


 他の皆も疑問に思っているみたい。

 そして、


「……」


 気付けば母さんが黙り込んでいた。

 ほんの少し顔を傾けたまま、ピクリとも動かない。

 かと思うと比較的近場から儀式を見守っていた五歳ぐらいの少女に目を向ける。


「……そこのお前、あの娘をここに連れてきなさい」


 そして、兵士を使ってその少女を呼びつけた。

 そして観衆の視線が集まる中、彼女を僕の前に立たせる。


 な、なんだろう……?


「バルク、この少女と戦いなさい」


 母さんが言った。

 僕はビックリする。


 この子と戦うって……!

 相手はまだ王立学園の小等部に入ったくらいの女の子だ。

 対する僕は15歳。

 ユリウスにこそ全く歯が立たないとはいえ、普通の兵士くらいの力はある。

 勝負になんてなるはずがない。

 女の子も怯えていた。


「で、できないよ母さん……!?」

「いいからやるの。床に倒せばそれでいいわ」


 僕は当然拒否するが、母さんは僕にやれと言い聞かせる。


 床に倒す……?

 それぐらいならケガはさせないで済みそうだけど……。


「……」


 僕がそう考えていると、母さんは兵士を使って女の子にも何か言伝した。

 それを聞いた女の子は驚いた様子で兵士を見返し、それから僕の顔を見た。


「……それ、本当なんですか? だったらあたし、やってみたいです」


 そう言ってニンマリ、ユリウスを彷彿とさせるイヤらしい笑みを浮かべる。


 な、なんだこの子……!?

 まさか僕とやる気なのか……!?


 いいや、とりあえず床に倒しちゃおう。

 他ならぬ母さんの言いつけだし。

 優しく倒せばケガはさせないだろう。


 そう思って僕が少女の肩に手を触れると、


「……!?」


 全然ビクともしない。

 両手を使い、両足で踏ん張って押してみても、ピクリとも動かなかった。

 まるで鉄でできているみたいに重い……!


 な……なんだこの子……っ!?


 思っているうちに、僕の体が宙に浮く。


「うわっ!!」


 一瞬の浮遊感の後に、僕の体は神殿の床に叩きつけられていた。


「ホントだ! お兄ちゃんよわーい!」


 勝負に勝った女の子は、嬉しそうにニヤニヤ笑っている。


「ど、どういうことなんだ……?」

「まさか、弱体化するスキル……!?」


 周囲の人々が言った。

 動揺したのは僕だけじゃないらしい。

 どうやら僕のスキルは弱体化するスキルだったようだ。

 みんな最初は困惑に目を細めて、それから再度僕を見、やがて侮蔑の表情へと変わる。

 それもそうだ。

 どこよりも個の強さを尊ぶ国、ロートリアの第二王子ともあろうものが5歳の女の子に負けてしまったのである。

 その失望は形容しがたいものがあるのだろう。

 かくいう僕も、やっと人生が変わるって思ってたのに……!!

 こんなの辛すぎる……っ!!?


「バルク……」


 そんな風に僕が自分の運命を嘆いていると、母さんがすぐ傍までやってきて言った。

 物心ついた時から今まで、ほぼ毎日欠かさず怒られ続けてきた僕だ。

 その姿勢や空気感から、母さんが今どんな気持ちになっているかが分かる。

 母さんは明らかに激怒していた。

 それも昨日なんかの比じゃない。

 これまで僕が受けてきた中で、一番といっていいほど怒っている。

 ただそこに居るだけで僕の全存在が喰い尽くされてしまいそうな、そんな根源的恐怖すら抱く。

 やがて、その根源的恐怖がゆらり、僕の方を見た。


「バルク……よくも私に恥を掻かせましたね……!」


 ヤバい……!!

 この顔は、殺され……っ!!??


 次の瞬間だった。

 僕の顔面にぶち当たったのは、神聖な香油が入っていた瓶。

 瓶は衝撃で粉々に割れて、僕の目の中に入る。

 痛みが一瞬遅れて到達し……っ!?


「ふんぎゃああああああああああ!?!?!?」


 いっ痛いいいいいいい!?!?

 この痛みっ通常じゃないいいいいっ!?

 そりゃあ目の中にガラス片が入れば確かに痛いんだけれど、そんな比じゃなくってえええ!!?

 これはもう燃え盛る松明を直接目に突き入れられたみたいな、そんな激しすぎる痛みが目を貫き焼き切って猶余るうううう!!!


 僕は溜まらず顔を押さえて蹲った。


 なんで……!?

 どうしてこんなに痛いんだあああああああ!?


「野良犬以下……っ! 王国の恥……っ! お前など私の子じゃない……っ!」


 母さんが僕を叱りつける。

 続けざまに僕の後頭部を襲ったのは、母さんの拳だった。

 凄まじい痛みと衝撃に、僕の体は神殿の床にぺちゃんこに潰されてしまった。


 お……!

 おかしい……っ!?

 ただ打っ叩かれただけにしては余りにも痛すぎるし、物理的にも威力が増してる!!

 なんだよ、これ……!?

 まさか……デバフキングの効果なのか!?


「うっううううう……っ!?」


 やっとの事で目を開けた僕の視界に入ってきたのは、巨大な鋼鉄の笏をハンマーみたいに構えた母親の姿。


 今、あんなもので殴られたら僕……本当に死んじゃう!?


「お……お母さん許して!!! どんなスキルか知らないけれど、僕今まで以上に頑張るから!!! お母さんの恥にならないようにするから!!!!」


 僕は地べたに這いつくばりながらも、首を垂れ哀願の表情で母さんに許しを乞うた。

 だが。


「口答えするな無能!!!」


 母さんの怒りは全然収まらない。

 むしろ笏を強く握り直して、フルスイングで僕の体をかっ飛ばした。

 きっとこれもスキルの効果だろう。

 体重とかお構いなしにぶっ飛ばされた。

 僕の体は宙を舞い、そのまま大臣席に突っ込んで片っ端から爺さん連中を弾き飛ばして漸く止まったんだ。

 殴打された箇所の皮膚が風船みたいに弾けて裂け、真っ赤な血がドクドクと流れ出している。

 まるでマグマの中に放り込まれたような激痛だった。

 僕は全身焼き尽くされるような痛みに悶え、神殿の床をのたうち回る。


 ぐっぎぎゃあああああああ!?!?!?

 いいいっ痛いいいいいいい!!?

 これ骨折れてるんじゃないのぐぎゃあああああ!?!?


「あっははははは!!!」


 そんな風に僕が激痛に悶えていると、ユリウスの笑い声が聞こえてきた。

 気付けば僕のすぐ目の前に、ユリウスの厭味ったらしい笑顔がある。


「いやー義兄さんのことだから期待はしてたけど、まさかこんなウケるとは思わなかったわ!!! まったく、能無しの義兄さんにお似合いのスキルだね!!」


 言って、ユリウスも僕を蹴っ飛ばした。


「ぶげえええっ!?!?」


 再度僕は蹴っ飛ばされ、ゴムまりのように宙を軽やかに飛んで神殿の柱に叩きつけられた。

 裏路地で死んでる野良犬みたいに床で転がる。


 ゆ……ユリウス……!

 お前……!!!


「はあ……! バルク様が優れたスキルを手に入れて下されば、ロートリアも盤石だと思いましたのに……!」

「次期王位継承者がこんな無能では、ますます隣国をつけ上がらせますぞ」

「かくなる上は適切な手段に出るしかありませんのう」


 次に僕の耳に入ってきたのは、大臣たちの僕を憂う声だった。

 みな道端の吐瀉物でも見るような目で僕を見下ろしている。


「役立たず!」

「今すぐ消えろ!!」

「ロートリアの恥さらし!!!」


 更に聞こえてきたのは、神殿に詰めかけた民衆たちの僕を罵る声。

 振り向けば、民衆が神殿のすぐ傍にまで詰め寄せてきていた。

 声に混じって石やレンガまで飛んでくる始末だ。


「殺せ!!! 弱者は殺せ!!!!」


 誰も彼もが拳を振り上げて、死刑囚にでもするような「殺せ」の大合唱を続けている。


 どうしてこんなに彼らが怒っているのか、僕には解らない。

 ただ解る事は、誰も僕の無能を許してはくれないということ……!!

 血を分けた家族ですら、死んで償えと思っているという事だ。

 このままじゃ僕、この場で処刑されかねない……!


「バルク」


 その時だった。

 不意に、清らかな乙女の声が耳元で聞こえた。

 気付けばリアーナが傍に立っていたのだ。


 そうだ……!

 リアーナなら……!

 どんな時も、彼女だけは僕の味方で居てくれたんだ。

 リアーナならきっと僕を助けてくれる……!


「り、リアーナ! お願い……! 助け……っ!?」


 言いかけた、その時だった。


 パアン!!!


 突然近場で火球の魔法でも炸裂したような、凄まじい衝撃が僕の頬を襲った。

 僕は頭から床にぶつかり、転がる。


 え……?

 なん……で……?

 リアーナ……どうして……?


 突然の出来事に、僕は何が起きているのか全く理解できなかった。

 混乱する僕の目に映っているのは、母さんや大臣たちと同様、吐瀉物でも見るような目で僕を見下ろしている最愛の義姉の姿だった。


 どうして……?

 なんでそんな目で僕を見るんだ……!?


「まだ分からないのね……ハア……仕方ない、頭の悪いアナタに教えてあげる。

【デバフキング】はね、記録に残された中でも最悪のデバフスキルなの。

 その効果は酷いもので、身体能力が10分の1になり、魔力はゼロ、新しいスキルの獲得確率もゼロ、自身に対する物理・魔法ダメージは倍増し、状態異常には必ず掛かり、取得経験値10分の1、更には初対面で必ず嫌われる、寿命が半分、転生不可、災厄クラスの不幸に見舞われる、など限りがない。元々一般人レベルだったアンタの能力はもはや5歳児以下ってことなの。ただ生きていくだけでも大変ね」


 リアーナが淡々とした口調で僕に説明してくれた。

 大きなため息を吐く。


 リ、リアーナ……!

 僕は君のために……!

 君のためにスキルを獲得して……!

 それで……!

 一緒に、この国を、よくするって、決めてたのに……!!


 僕が顔じゅう涙でグシャグシャにしてそう思っていると、


「まあでもよかったじゃない。寿命が半分だから早く死ねるでしょ」


 リアーナが言った。


 リ……リアーナああああああ!?!?


「フッ。これで俺の王位継承が決まったかな」


 力なく膝を突いた僕の傍で、ユリウスが勝ち誇り言った。


「やっぱりアナタしかいないわユリウス。お願い……私を導いて」


 するとリアーナは、そんなユリウスの元に歩み寄り腕を取る。


「おいおいリアーナ。前から言ってただろ? こんな使えない奴に期待しても無駄だって」

「でもあんな使えないゴミでも、王位継承の可能性はあるじゃない? 万が一王様になった時に、アナタの立場が悪くなるといけないから……」


 リアーナがそこまで言いかけると、ユリウスはその華奢な顎を掴み、くいと自分の方に向けさせる。


「俺に任せておけばいいんだよ」


 そしてそう言うと、二人は熱いキスを交わした。

 ユリウスとリアーナも母親が違うので、血筋の上では結婚可能だ。


「うん……任せる」


 リアーナは頬を火照らせ、目を輝かせながら言った。

 二人はそのまま手を取り合い行ってしまう。

 僕はユリウスがリアーナの腰に手を回す様をただ見送っていた。


 最初からそうだったんだ……!

 リアーナは僕のことなんて毛ほども大事に思ってなかったんだ……!!


「「「無能は死ね!!!」」」


 悲しみに暮れる僕を追撃するように民衆の怒りの声が重なった。

 屋台で売っていた串焼きの串や木のコップが僕に投げつけられる。


 ……!

 無能は、死ね……!?

 僕だってそう思うよ……!!

 だって……!!

 ああどうして僕はいつもこんなダメなんだろう……!!?

 僕もこんな僕を殺したいよ……!!

 うああああああああ……!!


 僕は神殿の床に這いつくばり、いつまでも泣いていた。

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