ドラゴンの谷に追放された第二王子ですが10億年鍛えた最強の体で故郷に帰還します
トホコウ
第1話 ロートリア
夕食の時間。
この国の王子である僕は、当然自分の城で食事をとっているはずだった。
実際、今目の前にあるのは、新鮮な海や山の幸が並んだ豪華な食卓。
平民が1年働いても食べる事のできない、貴重な食材や香辛料や酒が振舞われている。
あれらは当然僕のものでもあるはず。
だけど僕は食卓には着いていない。
部屋の壁際に立たされている。
視線の先、最上座には僕の母親である女王ヴェルダンディが座っており、黙々とステーキ肉を切っては口に運んでいる。
母は歳こそ取っているが、豪奢な宝石や着物で着飾っており、食事にも気を使っていて見た目はかなり若い。
食事のマナーも完璧に守っている。
その隣……本来なら僕が座っているはずの席……で我が物顔にしているのは、僕の義弟であるユリウスだ。嫌味ったらしい冷笑を浮かべつつ、ワイングラスを傾けている。
彼は僕とは腹違いの弟で、王位継承権としては第3位にあたる。
身なりこそシンプルだけどとても高価なアクセサリーを身に付けており、また周りに四人の美しい裸の愛人を侍らせていた。
全員この国でもトップクラスの美人で、それぞれユリウスにすり寄っては、逞しいその腕に抱き着いたり、露わになった奴の股間に顔を埋めたりしている。
はっきり言ってマナーも何もないんだけど、こういうのに僕の母は無関心だ。
うちの母曰く「強者は何をしてもいい」らしい。
何よりも個の強さを尊ぶこのロートリアでは強者の振舞いこそがマナーなのだ。
そして、そのユリウスの対面に座っているのが義姉リアーナ。
同じく腹違いの姉で、継承権は第4位。
金髪碧眼の美しい女性で、所作も一々慎ましい。
彼女だけは質素でシンプルな衣服を身に付けており、申し訳なさそうな顔で食べにくそうにサラダを突いている。
きっと僕の事を気にかけてくれているのだろう。
そして、僕。
今この部屋の隅で犬っころみたいに汚いボロを着させられて立たされている。
殆ど乞食か、残飯処理のために食卓の下で這いまわっている飼い犬どもと同じような格好だ。
僕の名前はバルク・ロートリア。
この国の第二王子。
現ロートリア女王である母さんの直接の息子であり、もう一人いる僕の兄が城を去った今では、僕が第1位の王位継承者であるはずだった。
それにも関わらず、食事にありつけていない。
それどころか、昨日の夜からずっとこの部屋で立ちっぱなし。
一昼夜立たされたせいで足はもうパンパンだし、空腹過ぎて眩暈がしている。
とりわけ喉の渇きが酷い。
今なら犬のおしっこだって美味しく舐められる。
僕は山のように並んだ豪勢な食事と、とりわけ女に囲まれているユリウスを睨む。
豪華な食事も、美しい女も、宝石も……!
この城の全ては当然僕のものでもあるはずなんだ。
だって僕は王子なんだから。
それなのにどうしてこんな目に遭う……!?
……。
もっとも、理由なんかわかっている。
僕が弱いからだ。
僕がこの部屋に立たされたきっかけは、昨日行われた魔力テストの結果が最低ランクだったから。
ただそれだけの理由で、僕は飲まず食わずでずっと壁際に立たされている。
ちなみにユリウスは国内2位。
得意科目が剣術にも関わらずだ。
1位はぶっちぎりでリアーナだった。
近隣諸国の連中と比べても、魔法に関してはトップの実力を示している。
一方僕には何もない。
剣術も魔法も苦手。
マナーも容姿も悪いし、勉強も運動もできない。
だから女性にもモテないし、オマケに運まで悪かった。
優秀なロートリアの家系の中で、僕だけがぶっちぎりに無能なのだ。
……。
でも、僕は僕なりにやったんだ。
僕にはユリウスみたいな剣の才能もないし、リアーナみたいな魔法の才能もない。
それで結果が悪かったんだから、これはもうしょうがないだろう。
なのにどうして食事にありついちゃいけないんだ。
この国に生まれたのがいけなかったのか。
……。
わかってる。
僕が無能なのがいけないんだ……!
ああ……!
自分の不幸さ加減に涙目になる……!
「……っ……!」
疲労の上に心労が重なったせいだろう。
足がガクガクし、僕はついにしゃがんでしまった。
すると、
「誰が休んでよいと言いました?」
途端に母が口を開く。
その銀でできたナイフのような鋭い一声に、僕の心臓がバクンと跳ねる。
ヤバイ。
殺される。
次の瞬間。
僕の顔面に、ナイフが刺さったままのステーキ肉が飛んで来た。
咄嗟に腕で庇うが遅い。
辺りに飛び散る肉汁と僕の血液。
鋭利に尖ったナイフに貫かれ、僕の頬がサックリ裂かれてしまった。
痛い……っ!
痛いいいいいいい!!?!?
余りの痛さに僕はその場に転がる。
すると、残飯処理の犬たちが僕に群がってきた。
僕の傍に転がっていた肉に食いついたり、肉汁のついた僕の体をあちこち噛んでくる。
「やめ……! やめてええええ!!!」
僕は必死に叫んだ。
視界の端っこで母親が忌々しげに顔を顰めている。リアーナも僕から目を逸らした。
「ははははははは!!! いい余興だね
そして、ユリウスの笑い声が響き渡る。
母さんはますますしかめっ面だ。
そして、
「犬と一緒にゴミを食べてなさい」
言いながら僕に残ったブドウの皮やら半分腐ったパンを投げつけてきた。
僕は一生懸命にそれを拾って食べる。
犬たちと一緒に。
酸っぱい……!
けど美味しい……!
24時間ぶりの食事はめちゃくちゃに美味しかった。
「ははは。義兄さんはほんとしょうがないなあ」
僕のそんな様を見て、ユリウスが笑う。
ユリウスは立ち上がって僕の傍までやってくると、ワイン瓶を差し出してくれる。
どうしてそんな事をしてくれるのかと内心怯えながら、それでも一瞬明るい顔になって、ユリウスの禍々しい笑みに微笑み返す。
するとユリウスは、
「飲みなよ。乾杯」
言いながら僕の頭にワインをぶっかけてきた。
なんて酷い奴なんだ!
僕は内心激怒しつつも、口を開けてワインを飲み、更に服に染みこんだワインも舐め取る。
ああ……!
僕はなんて惨めなんだ……!
でも美味しい……!
「ははは!! 義母さん見なよこいつ! 犬だね!!」
「汚らわしい……!」
僕の無様な姿を見て、
「どうしてこんな子が生まれたんでしょう……!!」
呟きながら母さんは席を立つ。
そのままツカツカと歩いて部屋を出ていってしまった。
ユリウスも「あはは!」笑いながら愛人たちを引き連れ、母の後に続く。
僕は犬たちに混じり、床に零れたワインを舐める。
埃塗れでも美味しい。
「バルク、大丈夫?」
すると、間近で清らかな少女の声がした。
聞いただけで心が落ち着くような、そんな声だ。
同時に僕の前に白い麦でできたパンが一つ差し出される。
「ありがとうリアーナ……!!」
僕は無我夢中でパンに齧りついた。
血と涙と涎でぐちゃぐちゃになりながらも、感謝する。
するとそんな僕を見てリアーナが微笑んでくれた。
僕の鼻先にもう一つパンを差し出してくれる。
ああ……!
義姉さんは本当にいい人だ……!
こんな惨めな僕の辛さを解ってくれてる……!
「バルク。もうすぐ【スキル授与】の日よね?」
僕がそう思っていると、姉さんが言った。
『スキル授与』は一生に1度、神様からスキルを授かれるという儀式だ。
星の巡りによりスキル授与の日が示される。
僕はそれが明日だった。
この儀式により、義弟ユリウスは【剣聖】、義姉リアーナは【聖女】のスキルを獲得している。
両方とも世界に何人と居ないチート級のスキルだった。
当然僕のスキルにも期待がかかっている。
「私だけは味方だから。だから、もし私の身に何かあったときはバルクが私を助けてね?」
義姉さんがこう言うのには理由がある。
義姉さんの母親は平民出身だ。
しかも体を売る商売をしていたので、宮廷内でも物凄く立場が悪い。
その娘であるリアーナ義姉さんの事も、悪く思っている奴が沢山いる。
だからだろう。
僕に助けを求めるのはそう言う事だ。
正直言って嬉しい。
義姉さんはこんな僕に価値を感じてくれているんだ。
なんとか義姉さんの役に立ちたい……!
義姉さんは僕のただ一人の理解者であり、味方だから……!
「もちろんだよ義姉さん……!」
僕はそう言って義姉さんの足に頭を擦り付けた。
正直、甘えたかった。
母親から愛されないし、義弟からもバカにされている。
そんな僕を愛してくれるのは、リアーナ義姉さんしかいないと思ったんだ。
すると義姉さんは、
「……ありがとね。バルク」
一瞬だけ顔を強張らせて言った。
その後で、僕の埃とワイン塗れの頭をワシワシと撫でてくれる。
母さんもこれぐらい優しかったらなって思う。
こんな風にして貰えてたら僕、もっと幾らでも頑張るのに……!
「うん……! 何かあっても僕、絶対に義姉さんを助ける……!」
僕の言葉に義姉さんはニコリ、微笑んでくれた。
――――――
ご覧いただき誠にありがとうございます!
5話までは主人公が追い詰められますが、その後で覚醒し、成り上がります!
つええは7話から。
ざまぁは9話からです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます