第5話 初めましての音楽




「おじゃましまーす。」


 水希が入っていった。


 日菜は一瞬ためらったものの、水希のあとに続いていった。


 ここは風斗の家。


 あの後、「ついてこいよ。」と、半分くらい脅されて連いてきた。


「あら、水希くんいらっしゃい。えっと……お名前は?」


「そいつ、夜桜。桜駅に最近出現したピアニスト。」


 いや、ちゃんとしたピアニストではないんですけど、と日菜は言おうとしたが、風斗の母 がキラキラとした目を星に向ける。


「えっ、あの!? キャー! 確かに噂通りのイケメンさんだわ! 私ね、かっこいい人好きなの! ※〇%*#□!! +□#*※%&〇!!」


「あはは……ありがとうございます。」


 最後の方は早口でしっかり聞き取れなかった。


 口の動き的に、「がんばってね!! 応援してるわ!!」みたいなことを言っていた気がする。


 しかも、ぎゅっと強く手を握って応援されたら笑うしかできない。


 そもそも触って欲しくない。けど、まあ、手袋もしてるし、応援してくれている人を拒絶するなんてできない。


 いや、奈坂日菜(いつもの私)だったら、速攻拒絶をするかもしれない。


「こっちこいよー。」


 風斗の声で、引き戻される。


「二世帯住宅?」


「まあ、そんなところ。」


 振り返りもせずに、風斗は返事をする。


 スタスタと、どんどん進んでいく。そしてそれについて行く。


「でも、一階は店っぽかった気もするんだけど。どっちが正しいの?」


「あー、どっちもなんじゃない?」


 今度は風斗ではなく、水希が答えた。


 まだまだ奥がある。


 とてつもなく広い家だと、日菜は思った。


 優美さんの家でも充分くらいの広さだったのに、ここまで大きいとなると、家族の誰かが高収入とか?


 いや、でも、もしそれが本当だとしても、風斗が跡を継げるわけが無い。


 あれだけ勉強嫌いなんだから、多分将来、このまままっすぐいけば音楽系のクリエイターとかになりそうな気がする。全部私の予想だけど。


 でも、この予感は的中しそうな気がする。


「ここ俺の部屋。」


 どーぞ、と風斗は部屋のドアを開ける。


 風斗、水希、最後に日菜が入った。


「自由に座って。」


 部屋の中は意外とシンプルだった。


 ドラムを叩くというだけあって、電子ドラムが一つ、すみっこに置いてある。


「こんなの叩いて、近所迷惑にならないの ?」


「それが意外と静かなのよ、奥さん。ななななんと! 机を叩いているくらいの音しか出ない! 今なら安くしときますよ〜!」


「いや、どこの宣伝なの。」


 日菜がつっこむより先に、水希が反応した。


「それに俺の部屋防音完備だし~。迷惑じゃないんで~。」


 とふざけた様子で、風斗はくねくねと変な踊りをする。


「……変わってる。」


「ん?」


「何が?」


 二人が同時に振り返った。


 そんなところも似ていると思うのは、私だけだろうか。


「二人が。」


 風斗と水希は顔を合わせた。


「変わってるって言われたことあるけど。」


「美人サンに言われるとねぇ。まあ、サンキューな。」


「これのどこが嬉しいの。」


 ……無視された。


 でも今日、私も学校で無視したからお互い様だ。


 全員声を出さなくなった。いや、出せなくなったのだ。


「……で。」


 気まずい沈黙を破ったのは、水希だった。


「奈坂……いや、おばさんに夜桜って言っちゃったから、じゃあ、星って呼ぶね。」


「りょー。」


「わかった。」


「星はなんであそこに?」


「行けって言われたから?」


「なんで疑問形なの?」


 何でって……。


 優美さんに言われたからに決まってる、と日菜は声を出しそうになって、寸前で止める。


 適当にごまかせなければ、と星は思い立った。


「わっかんない。」


 ここは、誤魔化しておいた方がいいよな、うん。これが正解だ。絶対。


 無意識のうちに、日菜は舌を噛んだ。下を噛む癖は小さいときから変わらない。


 ……あれ?


 日菜の心に、一つの疑問が浮かんだ。


 なんで、最近会ったばっかのヤツに、こんなにも心を開いているんだ、私は。


 優美さんと話す時は、間が少しできたり、なんなら返事もしない時だってあるのに。


 二人に何かを感じた? そうだとしても、何を?


 やっぱり、夜桜星という一人の人間として扱ってもらってることが一番かなぁ。


「ふぅん。」


「まー、いーや。」


 水希は風斗のベットにどっかりと腰を下ろした。


「次は星とコラボでしょ? もう見られてるんだし。何の企画やるの?」


「やっぱカバーだろ。なんてったって俺ら、コピーバンドなんだし。」


「じゃあ何の曲をやる? 準備までにも時間はかかるよね。」


「そいえば二人とも、今まで歌はどうしてたの?」


「んー。」


 風斗が椅子に座った。


 それを見て日菜も、床に敷いてあるカーペットの上に座った。


「歌い手さんの歌ってみたを借りてくるんだよ。著作権の範囲内で。」


「じゃあ他の音声はどうしてるの。」


「ボカロpの人が提供してくれている音楽素材とかを借りてきて、それを流すの。」


「へぇ……。」


 なるほど。そういうことだったんだ。


 風斗と水希は首をひねった。どの曲を選んで、どんな場面で日菜を使うか。


 ただ、日菜は違った。一つ、提案してみたいことがあった。


「……ねえ、私が歌うのはダメ・」


「え?」


「ガチ?」


 風斗と水希の目が点になる。


 風斗に至っては、口をあんぐりと開けている。


「ガチで。」


「で、でも。」


 水希がもとの目に戻った。


 風斗に至っては、まだ固まっている。


「歌なんか歌えるわけ? 確かに、星の声なら低音はいけるかもだけど。でも高音はいけない。いけるわけがないじゃん。」


「いや。」


 それなら弾き語りもする僕のほうが……、といいかけた水希を日菜は片手で制した。


「……今日、学校で会ったでしょ。忘れたの。」


 日菜は下をぺっとだし、いたずらっぽく笑った。


「!!」


 そいえばそうだった。


 水希の顔が悔しそうに歪む。見られないように下を向いた。


 風尾のベットシーツをぎゅっと握る。


 下唇を噛む。少しだけ鉄の味がした。


 僕の方が、上なのに。



「え、あの夜桜星を〇件に入れる?」


「だぁから、さっきからそう言ってるだろー。」


 風斗が夜桜星を誘うと急に言い出した。


 夜桜星。


 一ヶ月ほど前、とうとつに現れた若き天才。


 ランダムにピアノのキーをたたいているとしか見えない指さばき。一瞬もくずさないリズム。僕より何倍も音感がいい風斗曰く、一音も外していないその正確さ。


 なんの奇跡が重なってできたかは分からないけど、めったにでない人材かな。


 神もきまぐれすぎる。


 何やってくれてるの。


 なんで恵まれている人間を、さらに恵むんだ。


 僕はギターも、勉強も、友達も、全部努力してたくさんの壁を乗り越えてきた。


 なのに、なのになのに、なんで。


 一瞬だけ、二人の話が耳に入った。


『はっ? まだ初めて二ヶ月くらい!? ありえないだろ、そんな才能!!』


『いや、ほんとに初めてまだ二ヶ月だけど。』


 二ヶ月?


 僕は家でできないぶん、風斗の家でやってた。


 小学三年生の時からずぅっと。


 なのに、なんだよ、なんなんだよ。この差は。


 あまりにもじゃないか。


 僕はもっと、普通になりたかったのに。


 水希の顔は無表情。ただ、彼の心からは、涙が溢れ落ちていった。




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