ともだち

IORI

夕暮れ


「振られちゃった。」

 茜色、二人きりの教室。そう彼女は呟いた。一つの机と向かいあわせの椅子。彼女の目元は、酷く腫れている。私の大好きだったはずの彼女の笑顔はそこには存在していなかった。

 どうして、どうして無理やり笑うの。本当は辛いはずなのに。包み隠した本音、どうして見せてくれないのか。私はそんなに頼りないか。爆発しそうな感情論をぐっと堪える。こんなことぶつけても、それはただの自己満足だろう。

「·····強がんないでよ、馬鹿。」

 やっと絞り出た言葉に、彼女の瞳孔が開く。一瞬消えた笑みは、本音を物語っていた。

「何でもお見通しかぁ。」

「当たり前でしょ、何年一緒に居ると思ってんの。」

 ふふっと互いに笑みが零れる。良かった、私の好きな笑顔だ。彼女の黒髪が揺れる。差し込む夕日とのコントラストが綺麗で、目を細める。

 彼は優秀な人だ。彼女とは同じ部活の先輩であり、憧れの存在であった。二人が並ぶ姿を見ると、まさに美男美女。お似合いだった。

 今日おはようって言えた

 連絡先交換出来た

 キラキラとこれ以上になく笑う彼女は、幸せそうで、私もつられて笑ってしまう。その反面、胸の奥が痛い。ジクジクと膿んでいるような、タチの悪い鈍痛。

 彼と彼女が近づく度に、彼女の中で彼の存在大きくなる度に、私が薄れて、消えてしまうのではないかと。手の届かない場所に彼女は行ってしまう。そんな事が心の奥を支配してしまうと、酷く乱れて、汚らしい欲で塗れる。

 彼女の手足を縛って、私だけを見てほしい。私だけに夢中になって欲しい、それはただ彼女を欲しているだけ。これは愛ではない、私達は友情以上の関係にはなれない、そんなことはずっと前から分かっている。超えてはいけない線。止められない自分が嫌いで、吐きそうになる。

 彼女の幸せを願い、そして分かち合う。それが私の立場なんだ。そう何度も何度も言い聞かせては、相反する衝動を、水面下で抑えてきた。


 彼に愛する人が居れば、彼女は―·····。嗚呼、なんて最低なんだろう。応援もできないのか。もういっそ彼女の口から、私を突き放してくれないだろうか。思い煩い拗らせた、醜いこの私を。

 それがどうだろう、願ってもいなかったこの状況。彼に傷つけられた彼女が、今目の前にいる。頭の中でプツンと切れた。それは理性と言うべきか、

「えっ·····?」 

 私は身を乗り出し彼女を抱き締めていた。優しく包み込むようではなく、あまりに正直に、強く、強く、彼女の体温を噛み締めるように抱き締めていた。髪に、肌に、私が染み込めばいい。彼女の香りに心酔する。善人の皮かぶりな私は、そっと囁く。

「今は、素直になっていいんだよ?」

 彼女は堰を切ったように泣き出した。私の胸に埋める泣き顔。初めて見る縋るような表情に、妙な興奮が湧いてくる。なんて愛しいのだろう。彼はきっと知らない表情。感謝しなくちゃ、貴方のおかげで彼女の心に付け込める。

 

 きっと彼女の無垢な瞳には、ただの ともだち にしか映ってない。知らなかった。こんなにも押し潰し続けた感情は、嗤えるほどに歪み狂っていた。

「·····ごめんね、私っ·····。」

「大丈夫だよ。」

 震えている頭をそっと撫でる。誰にも褒められない最高の演技。

 

 ねぇ、私に堕ちて?


 赤い、赫い、夕暮れ時、私の表情は彼女には見えない。

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ともだち IORI @IORI1203

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