第四十七話 人間と蜂は違うのです!

 真っ二つに分かれた蜂の巣から、今度は灰色の昆虫が大量に溢れだしてくる。


 ゴキブリではない。今度こそ、正真正銘操蜚蜂ソウヒバチだ。


 燕蜂よりも少し大きく、長肢蜂よりも少し小さい。いわゆる一般的な蜂と言えるフォルムをしたその昆虫は、しかし枯れ木に擬態するような、暗く、茶色と灰色の混在した地味な色をしていた。


「アレが操蜚蜂。思ってたよりも普通だね」


「どんなのを想像してたんだ。ゴキブリを操ると言っても、相手は俺たちの近縁種だぞ」


 そうだよね。うんうん、同じ大陸に住む近縁種なんだから、似てるのは当たり前か。


 てっきり、気色悪いエメラルドグリーンの外骨格で、ゴキブリをゾンビ状態にするタイプのヤバい奴らかと思ってた。

 ホラ、地球にもいるじゃん。エメラルドゴキブリバチ? ああいうのだよ。


 まあでも、これから仲間にしようってんだから、見た目は気持ち悪くない方が良いよね。


「でも、何か親近感が湧いちゃうと気が引けるなぁ。向こうからしてみれば、勝手に家を荒らされた挙句軍門に下れって意味わからん要求されるんだもん」


 考えてみたら、今の私たちは非人道的この上ない行為をしているのでは?

 これではただの侵略者だ。


「……はぁ、レジーナは気にしすぎだ。元人間のお前の感性から言えばそうなんだろうが、ここで断言しておくぞ。蜂の中で、特に支配を本能とする俺たちのような種類の中で、より強者に支配されることを忌避する者はいない。それは、あの操蜚蜂も同じだ」


「シャルル様の言うとおりです。ワタクシたち燕蜂も半ば侵略を受けたような身ではありますが、それについて疑問に思う者はいません。事実、燕蜂は以前からは考えられないほどの力を着けています」


 わかってる。彼らは人間ではなく、人間並みの知能を有した蜂だ。だから、人間と全く異なる感性を持っているのは私も良く知っている。


 だけどそれは、かなり危険ではないだろうか。

 もしも私が悪い支配者だったら、彼らは今のように良い生活を手に入れることはできなかった。


 支配を受けることに疑問がないとしても、支配する側の存在がどのような人物か選ぶ権利を主張したりはしないのだろうか。


 私だったら、力が強いだけの知らん奴に傅くなんてごめんだ。相手がちゃんと理性ある人物か慎重に見極める。


 こればっかりは、身体が蜂になろうとも変わらないらしい。不便なものだ。

 私が支配する側の立場だからなのかな……?


「ま、俺たちから助言できることはないさ。そんな考えになったことがないからな。だから十分に悩め、レジーナ。俺たちと同じ答えにならなくても、お前が納得できる答えを見つけ出すまで悩め。戦うのが俺たちの仕事なら、悩むのが女王の仕事だからな」


「シャルル……。ありがとう。うん、落ち着いて考えてみるよ」


 そうだ。今答えを求めたところで、瞬間的にそれを導き出せるほど私の頭は優秀じゃない。


 じっくり、落ち着いて、様々な要素から答えを絞り出すのが私だ。点と点を繋ぐように直線的になど、私は答えを出せない。


(……シャルルはいつも優しいな)


 彼はいつも、彼の中にひとつの回答を持っている。しかし、悩んでいるうちは私にそれを伝えない。


 簡単に答えを与えるのではなく、答えを出す術を与えるのだ。

 私が本当に、自分の意思でそうしたと言い切れるように。


 シャルルは私が支配者になれるように、そうしてくれている。指示のまま動く働き蜂ではなく、群れを存続させ繫栄させる偉大な女王蜂になれるように。


(そういう過保護なところも好きなんだよなぁ)


 私はシャルルが好きだ。もちろん私の配下に向ける愛も含まれているけど、それらとは異なる愛を向けている。


 蜂になってから薄れつつある、特定の個人を愛する心だ。いわゆる、人間の愛。


 蜂になったことで消滅しかけているこの感情を、シャルルという個人だけが繋ぎとめてくれている。私はそれが、たまらなく嬉しいのだ。


 何より、これを失うことが恐ろしくてたまらない。

 だからきっと、これからもシャルルを想う気持ちは変わらないだろう。


「……レジーナ様はお優しいですね。ワタクシは、操蜚蜂を支配した後のことしか考えておりませんでした」


「ああ。アイツは悩むのが得意だ。それだけあらゆる事柄に疑問を持って悩めるのは、ある種の才能だと俺は思う。それも、アイツの魅力なんだがな」


 男性陣からの評価が高くて嬉しい限りだ。感謝と評価をすぐ口にできるのは、ウチの子たちの長所だな。


「では、そんな敬愛する女王様のためにワタクシたちもひと肌脱がねばなりませんね」


「うむ、ここらでひとつ暴れてやるか。ジュリー、サガーラ! 悪いがメインディッシュはいただくぞ!」


 闘志を漲らせた二人が、とてつもない気迫をまとわせ歩み出す。

 これは本当に、用意した切り札も無駄になるだろうな。


「アタシは構わねぇぜ! 露払いは任せな!」


「ボクも大丈夫です! お二人とも頑張ってください!」


 それに対し、ジュリーちゃんもサガーラちゃんも見せ場を譲ることにしたらしい。


 シャルルは堂々と操蜚蜂の群れへ突き進んでいき、クオンさんは少し離れた後方で何やら構えている。


 対する操蜚蜂は何も反応を示さないが、シャルルを警戒しているのは伝わってきた。

 恐らく、シャルルのステータスを見てしまったのだろう。


 彼は相手を委縮させるため、敢えて自分のステータスを『隠蔽』しないという方法を取る。


 シャルルのスキルは攻撃力や突貫力に優れたものが多く、防御に転用できるスキルも存在する。

 多対一の戦いにおいて、彼はその不利をまったく感じさせないほど一方的な戦術を持っているのだ。


 そしてそれは、ある程度の知識があればステータスを見るだけで理解できる。

 相手がその場に踏みとどまったのなら、もうシャルルの思うツボだ。


「一応勧告してやる。我が女王、レジーナ様の軍門に下れ。絶対的強者である迷宮蜂が治める、他種族の共存共栄を目的とした巣だ。お前たちもその一員に加えてやる」


 侵略して支配するという強引な方法を取るけど、シャルルは最低限の情けとして最後通告をする。


 しかし、それを受け入れる彼らではない。


 操蜚蜂は種族的に上位の存在だ。人間の基準では迷宮蜂の方が上だが、自分たちが支配者であるという自負がある。その程度の脅しに屈するほど、彼らの意思は薄弱ではない。


 操蜚蜂の群れは言葉も返さず、静かに反意を示した。


 それは集団での一方的な攻撃。スキル『加速』を使用して瞬時にシャルルへ取りついた無数の働き蜂が、その針を人型の柔らかい肌に突き刺した。


 しかし……。


「レジーナの『毒完全耐性』と『女王の加護』で、俺に蜂系の毒は一切効かない。悪いな。少なくともこの大陸に存在する蜂は、俺にダメージを与えることなどできないんだ」


 操蜚蜂は毒性が低いと言っても複合蛋白毒を扱う蜂だ。濃度によってはハブ毒にも至るほど危険。


 しかしそんなものが、私の配下に通用するはずがなかった。


 シャルルは己の身体に取りつく煩わしい蜂も気にせず、そのまま両断された巣に近づいていく。


 ほぼ確実に、女王がそこにいるだろうからだ。

 私としては同じ女王種を殺すのは気が引けるが、女王を失った群れは支配しやすい。シャルルもそれを理解している。


(女王だけを殺して他の被害がなくなるなら、その方が人道的だよね。……まあ、殺してる時点で人道的じゃないけど)


 シャルルに接近されると、先ほどよりもさらに多くの蜂が飛び出してきた。

 彼女たちもシャルルの狙いがわかっているのだろう。反撃の手を緩めない。


 だが当然、蜂毒に対する完全耐性を持っているシャルルは、そんな攻撃など意にも介していなかった。


 そして……。


「申し訳ありませんシャルル様。ちょうど好機でしたので、見せ場を奪ってしまいました」


 シャルルに注目していた操蜚蜂の隙を見抜き、暗殺者のごとき隠密で接近したクオンさんが、操蜚蜂の巣から女王蜂を摘まみ上げていた。

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