第四十六話 蜂の乙女がめっちゃ強い!
真っ二つに両断された蜂の巣に、散り散りになったゴキブリたちが群がっていく。
その姿は当然気持ち悪いのだが、それ以上に彼らにかけられた支配の恐ろしさを強調していた。
先ほどの攻撃を見れば、己が生きて巣を守れる道理などない。そんなことは、知能がなくとも生存本能があれば理解できる。
しかしそれでも、彼らは巣の守護をやめようとはしない。生きることへの欲求という、生物の根源的な機能すらも覆いつくしているのだ。
(……おかしいな。昔の私だったら、あんな数のGさんには嫌悪感しか抱かなかった。でも今は、言葉にできない恐怖を感じてる)
この世界に来る以前まで一般的な女子高生だった私は、当然Gの群れなど見れば卒倒するほど大の虫嫌いだった。
だが今はどうだ。彼らに対する嫌悪感は薄く、それを遥かに上回る寒気と狂気を訴えている。
ともすれば、支配されているゴキブリたちに可哀そうだという気持ちまであった。
前世の記憶を意識的に思い出そうとしていても、やはり身体そのものが作り替わったという事実は変わらない。
ここに来て、私は前世の自分と今の自分がまったくの別物であると理解させられた。
「……ごめんジュリーちゃん、ちょっと気分悪いから、早めに片付けてもらえる」
「? おお、わかったぜ。女王サマは結構かわいいとこあるよな」
そんなチャラ男みたいに言っても、私のこの気持ちは変わらん!
ジュリーちゃんはバカなことを言いつつも、すぐさま決着を付けようと歩き出す。
同時にサガーラちゃんもまた、追撃をしようと構えを取り直した。
……その瞬間、周囲を覆っていた大量のゴキブリが膨張を始める。
焦げ茶色の体表は濡れているかのように陽光をはじき返し、節足に付いた無数の棘が肥大化していった。複眼煌めく額も広がり、自在に宙をかけていた翅は体内に収納されている。
それはまさに、
数えきれないほど大量に存在したゴキブリが、全長1mほどの兵士となって現出した。
「こりゃ厄介だな。これだからこいつらの相手はしたくないんだ」
ジュリーちゃんは以前に彼らと戦ったことがあり、このスキルを知っていたらしい。
しかしそれでも、彼女は私たちに負ける要素がないと言い切った。彼らの切り札とも言える力を知っていてなお、私たちの方が圧倒的に強いと確信しているのだ。
なら、それに応えるのが支配者たるもののするべきことだろう。
「ジュリーちゃん、サガーラちゃん。二人にかけてる制限を一時的に解除する。差し止めしてるスキルも、全部使っていいよ」
「お、マジか! 太っ腹じゃねぇか!」
「それはつまり、使用禁止毒も使っていいということですか!」
二人には、というかウチの娘たちにはみんな、ある程度力をセーブするように命じている。
勇者襲来の時みたいに、みんながやりすぎてしまうのを防ぐためだ。
それは当然使用禁止毒も含まれているし、一部の強すぎるスキルもそうだ。
私の『サテライトキャノン』も、現在は使用に制限をかけている。しかし……。
「好きに暴れて良いって言っちゃったしね。ここなら人的被害も出ないだろうし、生態系にも影響は少ないだろうから。あ、でも。一応使用禁止毒は戦いが終わったら無毒化しておいてね」
使用禁止毒、特にサガーラちゃんの得意とする動物性の毒には、水溶性の高いものが存在した。
もはや私も正体がわからないような新種の毒だが、これが土壌に広がると周囲の生物を巻き込んでしまう恐れがある。
影響は大したことがないが、この数のゴキブリを相手にするのなら、多少の配慮は必要だろう。
私の指示を受け取った二人は元気よく了承を示し、先ほどよりも強気に突き進んでいく。
「ではジュリーさま、敵の注意を引き付けてください!」
「おお任せろ! せっかく制限を解除されたからな。まずは手始めに、『限界突破』ァ!」
ジュリーちゃんが叫ぶと、元々素晴らしいマッスルボディを持つ彼女の肉体が目に見えて増大していくのがわかる。
彼女の『限界突破』はスキルの枠を超えるというよりも、フィジカル面への影響が大きい。
元々攻撃性のあるスキルをあまり持っていないことも影響しているのだろう。
「おらかかってこい! 『挑発』!」
続けて彼女が新しいスキルを発動すると、二人を警戒して硬直していたゴキブリたちが一斉に前進を始めた。
スキル『挑発』は精神攻撃系のひとつで、精神的に劣る敵を自分へ引き寄せるという性質を持つ。
このスキルを受けたゴキブリたちは、巨大化したというのに俊敏な動きでジュリーちゃんに襲い掛かった。
(……あの娘の『挑発』が効くってことは、このゴキブリたちの支配ってあんま強くないのかな?)
もちろんこんな外に出張っている連中は女王から直接支配を受けているわけではないだろうが、精神攻撃が得意ではないジュリーちゃんのスキルが通用するということは、さほど警戒するような相手でないことは明らかだろう。
そんな私の考察もよそに、ジュリーちゃんは巨大なゴキブリたちを次々となぎ倒していく。
上から襲い掛かるGに対してはアッパーカットの一撃で貫き、右横から迫るGには最小限の動きで肘を突き付けた。ここまで右手以外使っていない。
しかし体重の移動は素晴らしく、流れるような動きで左側面のゴキブリを蹴り飛ばす。
一体のGを倒すごとに五体くらいのGが弾け飛び、血潮に似た体液を気にも留めないジュリーちゃんの姿は、私の目から見ても勇ましく見えた。
デューンのように『防御貫通』や『破壊』のスキルを持っていないのにこれだけの動きができるのは、彼女の潜在的実力を示しているのだろうか。
「……あれ? そういえばサガーラちゃんは?」
ジュリーちゃんがイケメンすぎて忘れていた。そういえば彼女はどこに行ったのだろうか。
先ほどジュリーちゃんに何か伝えていたのは見たのだが。
「サガーラならあそこだ」
困惑する私へ、シャルルが冷静に教えてくれた。彼が指をさす先には、蜂の姿に戻ったサガーラちゃんがいる。
やはり彼女は、あの姿の方が得意なのだろう。自慢のスピードを生かせるし、『超回避』などのスキルは体積が小さいほど効果が高まる。
それにサガーラちゃんは、エイニーちゃんみたいに指から毒を出せるわけではない。
っていうか、人間の姿でも問題なく毒を駆使して戦えるエイニーちゃんが異常なのだ。
蜂の姿から人間になれば飛べなくなるのと同じで、身体の器官を失うのだから毒も扱えなくて当然。そんな常識を、エイニーちゃんは文字通り『限界突破』してみせる。
しかしそんな芸当ができるのは、ウチのメンバーで彼女だけだ。私も『限界突破』は持っているが、指から毒を出すとか絶対無理。『クリエイトダンジョン』を応用すればできるけど。
だからサガーラちゃんもそんなことできるわけなく、蜂の姿で戦いに赴いている。
彼女は持ち前の俊敏さでゴキブリの壁を掻い潜ると、ジュリーちゃんを倒そうと躍起になっている群れの後続に次々と毒針を刺していく。
燕蜂の毒は若干威力に欠けるため絶命には至っていないが、それでも動きを完全に停止させることには成功していた。
アレは恐らく、対昆虫用に開発した毒だろう。理論は殺虫剤と変わらない。
脊椎動物には効きづらい毒も、体循環を最高効率で行っている昆虫には刺さる。それだけのことだ。
皆がジュリーちゃんに注目している中、敵の誰にも気づかれることなく戦闘不能に追い込む。
真っ黒な身体で機械的に宙を舞うその姿は、まさしく森の暗殺者だ。
「二人ともかっこいいなぁ。本当に私の出番はなさそう。せっかく切り札も用意して来たのに」
秒読みで減っていくGを見ると、もはや勝負は決まっていることなど明らかだ。
私が出る幕はないだろう。
「そうだな、レジーナは何もしなくていい。……だが、俺とクオンも少々暴れたいところだ」
「ご安心くださいシャルル様。もうすぐ
何やらそわそわしだした二人は、一点をじっと見つめている。
そこには……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます