第四十五話 ゴキブリってめっちゃキモいよね
たどり着いたのは、廃墟となった邸宅だった。
街外れにあり、林と隣接している。
魔物の生活圏と近いこともあって、ほとんど崩れ去っていた。塀以外は小動物が雨宿りする程度の構築物しか残っていない。
「ここに例の、
私は周囲を見渡しつつ、それらしき巣がないか探した。
しかし、少なくともこの崩壊した邸宅にそれらしきものは認められない。
「ああ。操蜚蜂は燕蜂と同じく球形の巣を作るから、ある程度高さのある場所に潜んでいるはずだ。もしかしたら、廃墟の方はゴキブリの巣で、操蜚蜂は林の中かもしれん」
私の疑問に対して、シャルルがすぐさま答えた。
なるほど、巣の形はよくあるタイプか。
……しかし、ゴキブリと共生しているのに、わざわざ木の上や家の屋根に住んでいるなんて。
確かにゴキブリの移動能力は凄まじいから高所にも即座に登れるけど、食べ物を運ばせるなどするには不便じゃないだろうか。
「見ろ女王サマ! 操蜚蜂じゃねぇが、巣を見つける手掛かりにはなるぜ」
私が考え込んでいると、隣にいるジュリーちゃんが興奮した様子で指をさす。
その先には、茶色い身体から薄い翅を伸ばし飛び交う者たちがいた。
そう、ゴキブリだ。それも、ただのゴキブリではない。
あれらは自らの意思で翅を広げ、あまつさえホバリングまでしていた。
ゴキブリというのは確かに翅を持っているが、自分の力でその存在に気付けるものは少ない。
一生飛ぶことなく死ぬ者が大多数だ。
高い場所にいるゴキブリで、気温が高く、身に危険が迫っているなどという限定的条件が揃わなければ、基本的に歩行して移動する。
それほど、ゴキブリの移動能力は優秀なのだ。
しかし、彼らはそんな条件を無視するかのように空中を駆ける。
(……これが支配の力か。本来自分の力では成しえないことを実行させて見せる。それに……)
なお厄介なことに、連中はホバリングできる個体も多数存在する。
普通、ゴキブリはホバリングすることはできない。鳥のように空中を滑るだけで、蜂のように停止することはできないのだ。
ホバリングを行うには、それこそ視認できないほどの回数細かく羽ばたく必要がある。
蜂よりも体重のあるゴキブリでは、身体構造から見てもホバリングは不可能だ。
「どうやら、支配の力だけじゃないみたいだね。身体強化か、限界突破か。とにかく強力なスキルを持ってることは確実っぽい」
生物の枠組みを超える力は、ほとんどスキルによるものである。私もいい加減この世界のことがわかってきた。
本来構造上不可能なことは、スキルが補える。地球との差異や違和感は、大概がスキルの効果だ。なら、ステータスを解析しなくてもスキルを推測することもできるだろう。
「レジーナさま、間違いなくアレは操蜚蜂が使役しているゴキブリですね。この周辺に巣があるのは確実だと思います。捕まえてみますか?」
私の後ろで待機していたサガーラちゃんが、待ちきれないといった様子で進言してきた。
彼女もこの戦いで役に立とうと必死である。
「いや、支配されてると言っても所詮ゴキブリだからね。捕まえたり襲ったりしたところで、巣に逃げるとは考えづらいよ。むしろ逆方向へ行くように指示されてるかもしれない」
サガーラちゃんには悪いけど、その提案は却下だ。ゴキブリの知能は大したことない。
中には私たちみたいに対話できる種もいるけど、そんな精神性の高い種族が簡単に支配を受けるとは思えない。群れごと支配を受けるということは、彼らの知能は地球のゴキブリと大差ないだろう。
(……そういえば、知能に関してはスキルとか関係なく違和感満載だなぁ。蜂の肉体で人間並みの思考を制御できるわけないし……)
いや、今そんなこと考えてても仕方ないか。私は生物研究家ではなく、迷宮蜂の女王なのだから。
「なら、やはりここからは虱潰しに探すしかありませんね」
「そだね。こんなことになるなら、発見者の人を紹介してもらった方が良かったかも」
家にできちゃった蜂の巣を壊すのは簡単だけど、特定の蜂の巣を探し出して回収するのって実は結構めんどくさいな。
でも正直、こういうの冒険者の裏側感があって好き。ちょっと楽しいからおーけー。
「気合入れてるところ悪いが、たぶんアレだぞ」
ふぁ?
私がフンスと鼻息荒く歩き出した途端、最後尾を行くシャルルの視線が一点に固定される。
そこへ目を向けると、とてつもなくおぞましい球体が存在した。
茶色く、燕蜂の巣ほどでないにしろ巨大な球形のソレは、良く見ると無数の物体が蠢いているのがわかる。
そう、ゴキブリだ。巣そのものを大量のゴキブリが覆いつくしているのだ。
それらは絶え間なく動き続け、周囲360度すべてを常に守護している。
時折零れ落ちる絶命した成虫が、彼らの狂気をありありと示していた。
「己の身を盾に主人を守るたァ、やっぱ男気のある奴らだぜ!」
……ジュリーちゃんはめっちゃ喜んでるけど、たぶんそういうことじゃない。
アレはそう、支配の力で強制されているのだ。でなければ、ゴキブリがあんな住みづらい場所に群がるはずがない。
木の上で、宙に吊るされたような場所で、彼らがまともな思考ができているわけないのだ。
(本能や習性も覆す。私の力もそうだけど、やっぱり支配系統のスキルはヤバい。あんな、生物として矛盾した存在を意図も容易く作り出せるなんて)
これが他種族すら支配する操蜚蜂の力。本来関係性のない種族を支配するというのは、自身が絶対的強者であることの現れ。
「さて、そんな子たちが交渉に乗ってくれるのかな」
支配というものに一家言あるだろう彼らが、私の支配を素直に受け入れるとは思えない。
「いや、やはりここはある程度実力を見せるべきだろう。燕蜂や
うん、やっぱりそうだよね。実力行使にならないならそれに超したことはないけど、あくまでも蜂である彼らにそれは厳しいだろう。
「よし、じゃあジュリーちゃんとサガーラちゃん。暴れてきていいよ」
「よっしゃ来た! 女王とオス蜂数匹以外全部やっていいんだよな!」
「ジュリーさま、働き蜂もある程度残しておいてくださいね。彼女たちは即戦力になる予定ですから」
気合十分といった様子で、二人は歩き出す。
まったく警戒することもなく、並んで普通に歩くのだ。
ジュリーちゃんは少ししゃがんで手ごろな石をひとつ拾うと、そのまま無造作に投げつける。
型も何もなく放たれた石は、しかし瞬時に亜音速に到達すると操蜚蜂の巣を吊るしている樹木を貫きなぎ倒した。
無数のゴキブリが守護するかの巣も、これほどド派手な手を取られては意味がない。
他の木々に削られながら、樹木は勢いよく横倒しになる。当然、その勢いで巣との接合部は千切れ地面へと投げ出された。
バラバラに散らばったゴキブリはすぐさま巣に戻って守ろうとする。
しかしそこへ、目にもとまらぬほど素早く振り抜かれた手刀が到来した。
ジュリーちゃんのヤンキー投擲へ的確に合わせたサガーラちゃんが、持ち前の俊敏さで近づき必断の一撃を放ったのだ。
巣はその一撃で真っ二つに分かれると、内部の構造を外気へ晒す。
「う~ん、素晴らしい手刀! スイカ割りだったら100億万点!」
一人のんきに拍手を送る私の乾いた音が、緊張感の走る林に響き渡った。
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