第四十四話 ゴキブリを支配する蜂!?
「んで、クオンさん。良い依頼あった?」
無事に冒険者登録を終えた私たちは、先に掲示板を見ていたクオンさんとガイン君の下へ行った。
ここの組合はファンタジー世界よろしく、大きな掲示板に依頼が張り出されている形だ。
非常に馴染みが深くて助かる。
張り紙には依頼内容と適正ランク、依頼料などの情報が記載されていた。
「はい、レジーナ様。実は前々から目を付けていたのですが、この依頼などどうでしょう」
私が声をかけると、最初から決めていたと言わんばかりに一枚の張り紙を渡してきた。
気になって見てみると、なるほど私に適した依頼だ。
「へ~、
私が依頼内容を読んでいると、不意にカミーユさんが後ろから覗き込み、そう零す。
操蜚蜂は読んで字のごとく、ゴキブリを支配し操るかなり面倒なタイプの蜂だ。
私やシャノールさんが持っている『Queen Bee』とは別枠の支配スキルを有する。場合によっては、別種の蜂すらも支配することがあるそうだ。
……だが、私との相性は非常に良い。
「カミーユさん、私って迷宮から出たらめっちゃ弱いんだよ。『サテライトキャノン』は使えないし、トラップ生成も遅い。だけど、蜂を支配することだけは随一なの。蜂系統の統合スキル、『Queen Bee』の無印持ちだからね」
そうだ、私の『Queen Bee』は特定の種類だけでなく、あらゆる蜂に有効である。
現時点で、迷宮蜂、燕蜂、長肢蜂、
それも、元から存在した女王の支配を横取りできるほど強力なものだ。ランクAに進化した私に、支配できない蜂など存在しない。そう確信している。
「でもさ、こいつらの厄介なところって、支配してるゴキブリの数が多すぎることなんだよ。女王の下にたどり着くまで、どうするの?」
ふむ、カミーユさんの疑問はもっともだ。私はあくまで蜂を支配できるだけであって、ゴキブリの支配を上書きできるわけではない。
そいつらに防御を固められたら、私一人では手も足も出ないだろう。しかし……。
「そこは大丈夫だよ。ウチには荒事担当の強い子がたくさんいるからね」
チラと後ろに視線を向けると、静かに闘志を滾らせる面々が見える。
シャルルはガイン君から操蜚蜂の情報を聞き出し、油断を完全に排除する勢いだ。
ジュリーちゃんは勇者から受けた技の数々を脳内で反芻し、己の技量と照らし合わせている。
サガーラちゃんは持ち前のスピードを生かして戦うのだろう。足回りを重点的にストレッチしていた。
今回はクオンさんも戦いに参加できるということで、彼の実力も期待している。
「正直、シャルル一人でも過剰すぎる戦力なんだよね。この操蜚蜂は確認されてる働き蜂がランクDからランクCでしょ? ってことは、女王もランクBかそこら。どれだけ数が多くても、絶対的な突破力を持つシャルルだけで十分だと思う」
ウチには範囲攻撃魔法を使える子がいないけど、そんなもの関係ないとばかりにみんな物理攻撃でぶっ壊すから大丈夫なんだよね。
……拳一発で十体近い魔物を倒せるのは本当に意味がわからない。
「ま、それもそっか。私でもシャルルくんには勝てそうにないし、なんならジュリーちゃんにも負けそうだしね。でも、油断だけはしないでよ?」
「ありがとう。任せて。みんなが暴走しないよう制御するのが、女王としての役割だから!」
カミーユさんは本当に優しい。この間あれ程死闘を繰り広げた相手に、これだけ気を遣える人間が他にいるだろうか。
少なくとも、私は知らない。彼女が仲良くしようという姿勢でこなかったら、私も距離をとっていたと思う。
「んじゃ、そっちも頑張って! 私は私で、今日も迷宮に潜るよ」
「カミーユさんも気を付けてね。私、カミーユさんとはもっと仲良くなりたいから!」
彼女は私の言葉にニコッと笑って答えると、嫌がるガイン君を引きずって迷宮の方へ向かっていった。
あの娘とは、もっと仲良くなれる気がする。それに、もっと仲良くなりたい。
だからきっと、これからも私はこの街に通うだろう。
願わくば、彼女をもう一度私の家に招待したい。ゆっくりと話したいことがたくさんあるのだ。
「さて、私たちも行こっか!」
「「おおっ!」」
初めての冒険。初めての依頼。
この街に来て、わざわざ冒険者にまでなった本来の目的を目指して歩き出す。
~~~~~~~~~~
私たちはリンデンスルルの東側にある小さな林へ向かって歩いていた。
操蜚蜂はゴキブリを操るという性質上、ある程度人里に近い場所でなければ生育できないのだ。
一応森ゴキブリを支配する種もいるそうだが、基本的には家ゴキブリが主流らしい。
……以前飲食店の近くで大繁殖し、多大な被害が出たというのは有名な話だ。
「それでクオンさん、操蜚蜂の性能ってどんなもんなの?」
「はい。調査の結果、操蜚蜂の毒性はさほど高くないことがわかりました。アナフィラキシーショックを起こすこともできないかと」
……う~ん、それは期待外れか。
迷宮蜂は素の毒でもハブ並みの毒性があるし、ウチの娘たちはみんなとてつもない殺傷性を誇る毒属性ばかりだ。
アナフィラキシーショックがどうとか、そんな次元ではない。
体内の免疫系ごと吹っ飛ばせる娘もいる。エイニーちゃんのことだが。
その点、毒性が低いというのは少しマイナスポイントだな。
「ですが、働き蜂やオス蜂に至るまで、すべての蜂が支配系統のスキルを有しているとのことです。支配できるのはゴキブリや弱い蜂に限られますが、それでも集団の力としては侮れません」
「そうだよね。やっぱり支配系のスキルを全員持ってるってのはかなり強い」
支配系のスキルは、世界樹アクシャヤヴァタにあった混乱や幻惑の属性と似ている。
個々の威力は小さくとも、何重にも重ね掛けすれば格上相手すら戦闘不能にするほどの効果を発揮するのだ。
女王でもないのに支配のスキルを持っているというのは、そもそも彼らが生物的に格上であることの証明でもあった。
「それでクオンさん、やっぱり操蜚蜂はウチに迎え入れるべきってこと?」
「ええ。
第四階層か。侵入してきた魔物の亡骸を一か所に集めた、精神攻撃のエリア。
なるほど、腐敗とゴキブリの相性は凄まじく良い。そして、そこに全員が支配スキルを持つ操蜚蜂の群れ。
ただでさえ精神汚染を受けている中、四方八方から支配を受ければ……。
侵入者がこの階層で命を落とすのは自明の理だ。
クオンさん、やはり素晴らしい頭脳をお持ちで。こんな作戦私じゃ思いつかないよ。
っていうか、私の迷宮はかなりクオンさんの入れ知恵でできてるんだけどね。
「……そもそも、組合からの依頼は操蜚蜂の駆除だろう? 俺たちが生かして仲間にするのはセーフなのか?」
私とクオンさんが暗躍を楽しんでいると、最後尾を歩くシャルルから声がかかる。
「はぁ~、シャルルは時々頭堅いよね。ようはこの場所から操蜚蜂を根絶すればいいんだから、私たちが貰っていけば結果的に街の被害はなくなるでしょ? 私たちも即戦力を得られて、街も守られる。Win-Winじゃん」
シャルルは紙に書いてある情報をそのまま受け取りすぎだ。
殺せと言われれば殺し、調査しろと言われれば調査以上のことはしない。
そんな冒険心のない子に育てた覚えはありません!
「まあ、それもそうだな。これで困る人間は一人もいないか」
うんうん、シャルルのそういう素直なところ、私好きだよ。
(わかってる。シャルルは一応確認しただけだ。人間たちとの関係を考慮して、私たちがやりすぎないか見てる。……カミーユさんには私が制御するって言ったけど、本当にストッパーになってるのはシャルルなんだよね)
「じゃ、ジュリーちゃんから見て操蜚蜂の戦闘力はどんなもん?」
私は続いて、情報担当のクオンさんだけでなく荒事担当のジュリーちゃんの意見を聞く。
彼女は視点が独特だから、誰も気づかないようなことを見つけるのだ。
「アタシは昔連中とやりあったことあっけど、持久戦になったらまず詰みだな。操蜚蜂がってよりは、ゴキブリの性能がたけぇ。数、生命力、飢餓への耐性……。支配受けてなくても、あのゴキブリは相当厄介だぜ」
ふ~むなるほど、ゴキブリの戦力か。確かに、ゴキブリは昆虫界最強って良く言うよね。
死なないし、増えるし、機動力も馬鹿にできない。
「ならジュリーちゃん、今回の戦力的に見てどう思う?」
「ハッ! 愚問だな。間違いなくアタシらが勝つ。シャルル一人でも大丈夫って言うアンタの予想は、間違っちゃいねぇよ。何千体ゴキブリが出てきてもアタシらが負ける余地はねぇ」
「そっか、安心した。なら、今日はジュリーちゃんも好きなだけ暴れて良いからね」
「よっしゃ! そうこなくっちゃな!」
私が告げると、ジュリーちゃんは興奮したようにガッツポーズする。
自信に満ち溢れたその表情は、操蜚蜂に対する不安などまったく感じさせない。
「おっけー。ならサガーラちゃんはどう? こういっちゃ悪いけど、今回のメンバーで支配を受けるとしたらサガーラちゃんだよ」
彼女には悪いが、精神攻撃耐性が一番低いのはサガーラちゃんだ。ランクも低いし。
「大丈夫です! 前にも言った通り、レジーナさまの支配はとても強力ですから! ボクに焼き付いたこの力は、絶対に覆せませんよ!」
……そうだった。彼女は一番私への忠誠を口にしてくれている。私が支配者であると気づかせてくれたのも、彼女だ。
「なら安心だね。私の支配の方がずっと強い!」
「はい! レジーナさまは強いです!」
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