幕間1 英雄

~SIDE ジェリアス~


 私は何故生きているのだろうと、五年経った今でも思うことがある。


 広大な山脈と深い森を前に、私は思考の渦へ入り込んでいた。


 私はあの時、ビクトリア湖での戦乱で、古くからの朋友と運命を共にするはずだったのだ。


 生還など許されない、必然の死。私と彼には、それが待っているはずだった。


 そして私は、彼と共に地獄で新しい道を歩むのだと、そう信じて……。


 しかし、運命は私だけにさらなる試練を与えた。戦友と完全に切り離された新しい世界。ここで人生を続けろと、運命は私にそう命じるのだ。


「私は酷い裏切者ですね。友との約束も、強敵との相打ちすらも裏切って、私はまだ地に足を付けている……」


 たとえこれが世界を繋ぐ悪魔の仕業だとしても、私は自分自身を責めずにはいられなかった。


 あの時、心の臓も脳髄すらも破裂したはずの私が、まさか生き延びてしまうとは。


 たとえこの世界で英雄と讃えられようとも、私の内に残る罪悪感が潰えることはない。


 いつかかの勇者と宿敵への報復を果たし、元の世界で死ぬまでは。


「……ジェリアスさん、そっち行きますよ!!」


 深く思考の波に飲まれていた私の下へ、仲間の声が届く。


 それはかつての親友と同じとは言えずとも、間違いなく友と呼べる人物。

 今度こそ、私はかつての罪を繰り返してはならない。


「わかっていますよ、サイモンさん」


 声をかけられ視線を上げると、そこには巨大な魔物がいた。


 家屋にも及ぼうかというほどの長高を持つ虫の魔物。

 奇しくもそれは、私が地球で戦っていたそれと酷似している。


 怪しく輝く緑の光沢は、タンザニアでの戦いを彷彿とさせた。


「あなた方に恨みはないのですがね。害になるのなら、駆除しなくてはなりませんから」


 声も上げない無口な魔物に、私は最低限の弁解をする。

 どのような生物であっても命を刈り取るのは悪であると、私も理解していた。


 しかし、こと戦闘において躊躇することは何もない。生物は、他の生物を殺さずには生きられないのだ。


 大きく腕を振り上げる昆虫。だがそんな愚直な予備動作は、今の私からすれば児戯にも等しい。


 奴の攻撃が放たれるよりも速く、私は腰から拳銃を抜き放ちトリガーを引いた。


 火薬ではなく魔力によって撃ち出されたその弾丸は、容易く敵の外骨格を貫き臓腑をまき散らす。


 的確に脳天を打ち据えたその一撃によって、刹那のうちに昆虫は息を引き取った。


「まったく、どこの世界でも昆虫は厄介なものですね。すぐに増えるし、驚くほど理想的な身体構造をしています」


「けど、やっぱりジェリアスさんの敵じゃないっすね! その魔法銃と貴方がいれば、この国も安泰だ」


 ほんの数秒で大型の昆虫を倒した私に、仲間のサイモンさんが称賛を送る。

 普通の人間では、私のように簡単にはいかない。


「ええ。ですが気を付けてください。さっきも言いましたが、昆虫はすぐに増えます。基本的に、一匹で襲ってくることはありません。すぐに群れが来ますよ」


 私の言葉に応えるように、霊峰から吹き付ける風を乗りこなし大量の昆虫が現れ出でる。

 優秀な翅を持つ昆虫は、まるで鳥のように宙を滑るのだ。


 数えるのも億劫なほど無数に存在する昆虫は、瞬く間に巨大化しその猛威を振るう。

 異世界の昆虫はこれだから性質タチが悪い。


「私も、銃だけというわけにはいきませんね」


 私の魔法銃は威力こそ高いが、装弾数は少なく多勢を相手するには分が悪い。

 特に機動力の高い敵相手には、懐に潜られやすいため取り回すには危険だ。


 だからこそ、私はもっと継戦能力が高く攻撃範囲の広い武器を取り出す。


 それは真っ黒なロングソード。肉厚で幅広、重量も凄まじい。魔力を用いて身体能力を強化することが前提の武器である。


 何よりこの剣の凄まじいところは……。


「Þetta sverð er sverð guðs sem sker í gegnum eldfjöll. Ég er sá sem mylja óvin mannkynsins!」


 特定の言語によって限定的にこの剣から魔力を引き出すことができる。

 仕組みはまったくわからないが、この力には幾度となく助けられてきた。


 飛躍的に向上した身体能力は、範囲攻撃魔法を持たない私でも大軍を相手できるほどのものだ。


 私は大地を蹴り先頭の昆虫に接近、一刀ののちにこれを切り伏せた。


 剣を振りぬく勢いもそのままに、前進しつつ拳を突き付け後続の敵を穿つ。


 フェイントも何もない。知能のない敵には、駆け引きよりもとにかく速さこそがすべてだ。


 磨くべきは如何に攻撃を当てるかではなく、一刀で敵を殺しうる攻撃力にある。


 続けざまに私は、真正面から突進を仕掛けてくる昆虫に頭突きを放った。


 ひとつの技というよりも、攻撃と攻撃の繋がりを重視した動き。勇者ヒカルほど洗練されてはいないものの、無駄な動きは最小限に抑えている。


 どの昆虫も、私の攻撃を二撃耐えた者はいない。

 皆等しく、剣も拳も蹴りも、一撃ののちに絶命へと至らしめた。


 この間わずか数秒。倒した昆虫はすでに100を超える。


 剣の魔力による身体能力の向上とランクSの肉体は、この身ひとつに絶大な力を与えた。


「秒間40体と言ったところですね。サイモンさん、抜けていく魔物がいたら任せますよ!」


「問題ないです! ってか、抜けてくる魔物なんていないような気もしますけど」


 サイモンさんは少し楽観視が過ぎる。昆虫の爆発力というものを知らないのだ。


 だがまあ、それだけ私の実力を信頼してくれているということだろう。嬉しいものだ。


 彼の期待に応えるためにも、私が頑張らなくてはならないな。


 先ほどよりも拳に気持ちが籠り、踏み込む足は加速する。


 振り下ろされる剛腕も薙ぎ払われる前脚も、全霊を込めた突進も不意を突いた咬合もまた、奴らの攻撃は避けるまでもなく一撃で切り伏せた。


 昆虫の攻撃は鋭く多彩だが、それでも私の方がずっと速い。


 敵は無尽蔵かと疑うほど溢れてくる。それでも、今の私ならば対応できないほどではない。ランクSとはそういうものだ。


 夥しいほどの数的有利も、人間を遥かに上回る体格と重量すらも、ランクとレベルという単純なものに抗えない。


 一時間も経たないうちに、十五万を超える昆虫の群れは潰えた。


「やっぱり、大したことなかったっすね。ま、俺は今回なんもしてないっすけど」


「本当に、今回はこの程度で良かったですよ」


 以前に5000億を超える飛蝗の群れを相手にしたときは、こんなものでは済まなかった。


 恐らく、あの時の大将は今の私ですら勝てなかっただろう。だからこそ、私も死ぬ以外の道がなかった。


「さて、任務も終わったことですし戻りましょうか。今日はこれからヒカルさんと会合がありますから」


「ですね。世界樹の森がどうなったか気になりますし」

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