第四十一話 異種間協議!

 それから私たちは、しばらく今後のことについて話し合った。主に、これからどのように人間たちと接していくかについて。


 勇者ヒカル以上に発言力のある人間を、私は知らない。彼が私たちに協力してくれるのなら、少なくとも対人間相手には安全が約束されるのだ。


 もし今後妖精王オベイロンや妖精女王ティターニアに喧嘩を売るとしても、挟み撃ちにされることは避けられるだろう。


 そもそも私たちは、人間たちと敵対するつもりなどないのだ。もちろん向こうから手を出されれば容赦なく返り討ちにする用意はあるが、ウチの子どもたちは全員人間のしつこさを知っている。


 だから、無暗に手を出すことの愚かさもまた理解しているんだ。


 むしろ、人間たちと協力することに対する嫌悪感というものは微塵もない。

 そうでなければ、本来外敵であるはずの別種族と共存したりはしないはずだ。


「つまるところ、何とかして人間たちと友好関係を築きたいんだよね。勇者と敵対するのがどんなにバカげたことか理解しているし、人間の技術力を評価もしているんだよ」


 私は勇者の義手を見つつ、彼へ提案を持ちかけた。


 恐らく、彼の義手は人間たちの作り上げた魔道具の類だろう。生の腕と遜色ないほどの精度を持つその義手こそ、人間たちの技術力が優れていることを示していた。


「……確かに、お前たちからは戦闘に対する意欲は感じても、魔物や魔人の放つ濃厚な殺意は感じなかった。一部を除いてはな。人質にした俺の仲間たちも殺していないようだし、お前の言葉はある程度信用できるだろう」


「そうだね。私たちとしては、人間の侵入者に対してもある程度紳士的な対応をしてるつもりだよ。……エイニーちゃん以外はね」


 彼女に対して、使用禁止毒を解禁した覚えはない。アレはあまりにも危険すぎるからだ。

 だけどあの娘は、私の命令も無視して毒を使った。


 勇者の言う殺意というのは私にはわからないけど、敢えて個人を上げるのならエイニーちゃんのことだろう。


 ……え? 私も侵入者に致死量の毒を使ってたって? 知らん。


「うむ、アイツは少々危険だな。……それで、友好関係とは言っても具体的に何をするつもりだ? 無害であるというだけでは、一応人間側の勢力である俺が手を引くには弱いぞ」


 ……そうだよね。いくら口で無害を証言し勇者がそれを認めたとしても、私たちの力は勇者以外止めることができないほど強大だ。


 そんな勢力に対して、利益という条件なしに他の人間たちを納得させるのは難しいだろう。


「そのことなんだけど、人間の街に潜伏してる仲間からちょっとだけそっちの話を聞いてるんだよ。世界樹の森から魔獣が溢れてきて冒険者が苦労してることとか」


 勇者を説得させる手札として、街周辺のことについてもある程度知識がある。

 中でも一番私たちが有益だと思わせるのは、やはり魔物問題だろう。


「お前の言うとおり、世界樹の森は国の管理に置かれているせいで、一般の冒険者は立ち入ることができない。ゆえに魔物の間引きもできず、定期的に人里へ溢れてきているのが現状だ。お前たちにそれを解決できるというのなら、こちらとしても大きな利益になる」


「うん。勇者は知ってると思うけど、この世界樹には混乱や幻惑の魔法が備わってるから、魔物をここへ引き寄せることもできるんだよね。それを使えば、人里に向かう魔物を抑制できるよ」


 世界樹の森はこのアクシャヤヴァタを中心に形成された広大な森林である。

 全体へ薄く魔力を浸透させるだけでも、人里よりこちらへ目が向くだろう。


「よし、ならばそれを交渉の材料としよう。俺からの働きかけとそれだけの利益があれば、周辺国の首脳陣に不戦を誓わせることはできる。それだけ、世界樹の森に住む魔物は問題になっている」


 やはり勇者の影響力は凄まじい。いくら世界樹の森が危険とはいえ、たったこれだけの手札で周辺国を黙らせるなんて、普通の人間には絶対できない。


 間違いなく、そこらの王族や首相よりも遥かに高い地位を持っているだろう。


「……もっとも、一般に公表できるかは怪しいがな」


 しかし勇者は私の提案へ肯定を示すと同時に、目線を私の瞳へと向ける。


 恐らくは、この目が気になるのだろう。

 『変身』を用いたとしても、ここだけは人外になってしまう。


 金色の瞳に黒の目。外見上人間との唯一の差異ではあるが、やはり人の視線が集まるのはここだろう。


「……やっぱり、魔物は人間に好かれてないみたいだね」


 私たちとの友好関係を世間に公表できないのは、十中八九この目が原因だろう。

 どんなに知能の高い魔物でも、人間からすればすべて忌避の対象なのだ。


「悪いな。俺も個人的に取り組みをしているが、これは人間たちの魂に焼き付いた呪いのようなものだ。そう簡単に覆すことはできない」


 そう、勇者は魔物とも良く交流を持つほど、こちら側に対する抵抗感がないのだ。


 それもすべては、パラレルという怪物に連れてこられた地球人を見つけるためなのだろうが。


「それは構わないよ。現状、ランクA未満の冒険者は危険にもならなそうだし。それよりも、勇者一人が不戦を誓ってくれることの方がずっと大きい。もちろん、国の首脳部にも話を付けてくれるのは約束してもらいたいけど」


 正直、ランクBの冒険者がいくら束になったところで、この迷宮を攻略できるとは思えない。

 きっとランクA冒険者が数人いたとしても、突破は難しいだろう。


 しかし、ランクSはたった一人でもこの迷宮を攻略できる。勇者ほどでなくとも、英雄ジェリアスは相当な実力者だろう。


 当然、そんな大戦力は国の管轄に入っているはずだ。

 勇者が周辺国に働きかけてくれるのなら、英雄ジェリアスも動きづらいだろう。


 私の主目的は冒険者たちというよりも、この二人に対する部分が大きい。


「……カミーユたちでは話にならなかったか」


「あ、いや! そういうわけじゃないんだけど!」


 しまったな。今の言い方だと、彼の仲間たちを侮っているかのように聞こえてしまう。


「構わないさ。俺目線からも、アイツらは全員軽くあしらわれていたからな。カミーユでは、デューンという甲碧蜂クービーバチの戦士にも敵わなかっただろう」


 勇者は先ほどとは打って変わって、少し楽し気に語って見せた。

 どうやら、デューンのことは気に入ったらしい。


 両者とも、高みを目指す戦士であることに変わりはないし。


 デューンは勇者と戦えると聞いて、一番張り切っていた。

 シャルルとともにランクAへ昇格するほどの頑張りを見せ、仲間たちの闘志を煽っていたのだ。


 勇者の言葉には、デューンとともにランクアップへ勤しんでいたシャルルもご満足の様子である。


「デューンは勇者のお眼鏡に叶ったようだね」


「ああ、最近見ない本物の武士もののふだったからな。帰りがけにもう一度手合わせしてやろう」


 デューンのことを語る勇者は、本当に楽しそうだ。

 表情があまり動かない彼だが、今は目元が少し緩んでいる。


「そっか。ならその後にでもシャルルの相手をお願いするよ。今日はずっとお預けを食らってたからね」


「……ペットのように言われるのは心外だが、ぜひ俺からも手合わせを願いたい。勇者の技を受けてみたいんだ」


「カール帝……いや、シャルルか。わかった。君のような大物に技を見せられるのは、俺としても光栄だからな」


 ? 勇者は何を言ってるんだ? シャルルが大物って、どう考えても勇者の方が大物だ。

 言葉の意味がまったく理解できない。


 しかし、疑問符を浮かべる私たちに対して、勇者はどこか満足げだ。

 ここに来た時よりも晴れやかな表情をしている。


「なら、俺からもお願いをしようか。女王レジーナ、世界樹の森はこれから不可侵の地になるだろう。俺も手を出しづらくなる。だから、この森に地球人らしき者がいれば、積極的に保護してやってくれ。もしそいつが人間なら、街まで送ってくれると助かる」


「わかったよ。この森に関して、私は勇者の使命を引き継ぐことにする。こっちの事情は包み隠さず伝えて大丈夫だよね?」


「ああ、それで頼む」


 勇者は軽く頭を下げると、この迷宮に入って来た時と同じ無表情を浮かべる。

 それはどこか、使命に燃える勇ましき者を思わせる表情だと私は気づいた。


「これからよろしくお願いするよ、勇者ヒカル君!」


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 どちらからともなく右手を差し出し、私たちは固い握手を交わす。


 そこにはもう、勇者に対する恐怖や緊張感などない。

 ともに秘密を打ち明け、約束を交わした仲だ。


 伝わる人間の体温に、私は安心感を覚えるのだった。

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