第三十五話 無慈悲なる守護者、エイニーちゃん!

『お待ちしておりました、勇者様方』


 第一階層毒の間を突破した勇者たちを出迎えるのは、第二階層炎の間守護者エイニーちゃんだ。


 迷宮内での優位を無視し、勇者たちをもてなすためメイドの姿で立ちはだかる彼女は、その双眸に絶対なる自信を滾らせていた。


 彼女は長肢蜂の中でもトップクラスの実力を持ち、私でも驚愕するほどの才能をその身に宿している。


 それは、毒物を生成する能力。誰よりも強力な毒を、誰よりも短い時間で、誰よりも効果的に生み出してみせる。

 それは今も同じ。人間特攻とも呼べる強力な毒を、彼女は生み出してみせた。


 ……しかし、それだけで勇者に勝てるとはとても思えない。


 いくら『超加速』と『毒創造』を持っていようとも、エイニーちゃんはランクCの魔物。対する勇者は、ランクSの冒険者だ。


 種族的な有利があると言っても、ランクSからは次元が違う。勇者に対抗できるほど、エイニーちゃんは速くない。


「悪いけど、私も加勢するよ。ここからは『サテライトキャノン』を解放する。第二階層まで入ったら、流石に逃げられないからね」


 第一階層では毒との相性が悪いから控えていたけど、炎が支配するこの第二階層では、『サテライトキャノン』の火力が大活躍する。


『よろしくお願いします、レジーナ様。私たちだけでは、この勇者パーティーに対抗できませんので』


 うんうん、エイニーちゃんもわかっているみたいだ。闘志を漲らせてたから一人でやるつもりかと思ったけど、冷静さは欠いていなかった。


 彼女はもう一度勇者たちに一礼すると、瞬時に蜂の姿へ『変身』する。やはり人間の姿では、勇者の相手をしかねるのだ。


 しかし逆を言えば、エイニーちゃんは勇者相手でも蜂の姿なら対応できると確信している。


 それは間違いだ、と結論づけることは簡単だ。確かに、勇者ならエイニーちゃんのスピードだって通用しないだろう。


 だが、配下の自信を打ち砕くことが主人のするべきことか?

 否だ。断じて否だ。私が彼女の自信を本物にして見せる。


 打ち出したるは、私の魔法中最強の攻撃力を誇る炎と爆裂の奥義。『サテライトキャノン』。蜂へと変身したエイニーちゃんに気を取られている一行へ、無慈悲に閃光が迫る。


 迷宮内で使う都合上効果範囲は抑えているが、その分内部の熱量は上昇している。一点特化型の閃光魔法。


(流石の勇者も、世界樹から引き出した魔力で生み出したこの魔法ならノーダメージとはいかないはず!)


 天井から一直線に迫るその閃光は、音を置き去りに、衝撃を置き去りに、ただその熱量で焼き尽くさんと疾駆する。


 そして、限界まで『処理能力拡張』の力を引き出した私の視界に映るのは、『不壊属性』を持つ世界樹の幹以外の全てを焼き尽くした光景。


 ……ではなく、左手の一つで我が奥義を受け止め、溢れ出す熱量すらも魔法で封印した勇者であった……。


(なっ!?)


 ありえない! 世界樹のレベルは2856。レベル1000強の勇者では、これを受け止めきれないはず。


 まさか、私はまだ世界樹の力を引き出しきれていない!?

 この魔法に関してだけは、世界樹の力を解放できていると思っていたのに!


『構いません、想定の範囲内です!』


 呆然とする私に対し、直接勇者と対峙しているエイニーちゃんの行動は早かった。

 冷静に『サテライトキャノン』の収束を見送りつつも、漏れ出た閃光と同時に勇者へ向かって飛び込んだのだ!


 そして彼女の特攻を見るや否や、それまで巣に隠れ機を伺っていた他の長肢蜂も飛び立つ。彼女たちは最初から、私の『サテライトキャノン』を目くらましに使うつもりだったのだ。


 すでに『超加速』を発動している彼女たちは、人間の目に捉えられないほどのスピードで空中を駆け抜ける。お尻には当然、必殺の毒針を構えていた。


 彼女たちの動きは単調だ。ただ一直線に進むだけ。こうして知覚できていれば、対応することは容易い。しかしそれすらも許さないのが、彼女たちの絶対的なスピードなのだ。


 飛び出してきた12匹の長肢蜂は容易く冒険者に張り付き、その毒針を突き刺す。

 『筋力強化』も伴い、小さな針は簡単に冒険者の皮膚を貫いた。


 ……それは、勇者ヒカルも例外ではない。


 そう、あの勇者ヒカルすらも、エイニーちゃん含めた6匹の毒針を一身に引き受けた。


 彼のレベル、彼の反射神経ならば避けることも可能だったろうに、何もせず受け入れたのだ。


 ……何か裏がある。そう考えずにはいられない。

 だが、僥倖であるのも事実だ。私はこのチャンスを絶対に逃したくない。


 毒を打ち込み退避しようとした長肢蜂の一匹に、『超加速』を発動した蜂にすら届きうる速度の拳が降りぬかれる。こんなことができるのはたった一人。


「やらせない! 『サテライトキャノン』ッ!」


 そこへ、私の魔法が炸裂する。閃光は勇者の拳よりも早くその場に到達し、ほんのわずかではあるが軌道を捻じ曲げることに成功した。


 蜂にとっては、その数ミリ単位の隙間で十分。あわや拳で叩き潰される寸前だった長肢蜂は、その瞬間に再加速し離脱して見せた。


(まさか、あえて毒を受けることで油断させ拳を叩き込むのが目的だった……? いや、あの勇者がその程度のことをするか?)


 勇者ヒカルが何を狙っているのかわからない。あまりにも不気味だ。こうも易々と毒針を受け入れてくれるなんて。


「とにかくエイニーちゃんたちは退避ッ! 毒は与えられたんだから、一旦巣に帰還すること。あとは私と、第三階層にいるあの娘たちに任せて!」


 私は長肢蜂の安全を確保するため、戦闘の継続をやめさせ巣へと戻す。

 彼女たちの目的はあくまでも毒の注入であって、第二階層の本命は炎と爆発のトラップだ。


『承知しました、レジーナ様。勇者には現状扱えるすべての毒を叩き込みましたので、ひとつくらいは効果が出るはずです!』


 指示を出した私に対し、エイニーちゃんから折り返しの念話が入る。

 その声は彼女らしくなく、いつにも増して上機嫌だった。


 にしても、さっすがエイニーちゃん。あの一瞬でとんでもない種類の毒をぶち込んでくれたみたいだ。


 なら私も、あの娘たちの頑張りに応えないとねー!


「さあ勇者君たち。長肢蜂の毒はどうだったかな~?」


 エイニーちゃんから視界を切り、今度は勇者様御一行に目を向ける。するとそこには……。


 ……死屍累々、阿鼻叫喚。まさにそんな言葉が当てはまるような、『サテライトキャノン』とは別ベクトルの地獄が広がっていた。


 第一階層で受けた毒よりもさらに激しい絶叫。首ごと吹き飛んでしまいそうなほどの叫び。


 痛くて苦しくて、本当は声など上げない方が良いとわかっているのに、身体を駆け抜ける激痛に耐え切れず発露してしまう。


 感情が振り切れるのも構わず、ただ本能と反射のみに従って。


(も、もしかしてエイニーちゃんたち、新開発した痛覚系の神経毒入れちゃった……?)


 エイニーちゃんと私が共同で開発した新しい毒。それは感覚器官を異常なほど過敏にし、かつ長肢蜂が共通して持つ、痛覚を著しく刺激する作用を内包したもの。


 侵入してきた魔物で実験した時は、そのまま失神して、あまりの衝撃に自ら心臓を止めてしまったんだよね。


 そこでサディスト魂を刺激されてしまったエイニーちゃんが魔改造を施したのが、拷問用神経毒。通称S毒。


 筋肉を痙攣させる作用のある毒とか、電気信号を乱す毒とかを複雑に調節して、意識を絶対に失わせないまま、死なないまま激痛を味あわせる。


(人間にはまだ使っちゃダメって言ったのに!)


 アレは強力すぎて、私の迷宮内でも非常時以外使用禁止令を出していたはず。

 知らず知らずのうちに、私の支配が緩んでしまっていたみたいだ。


「けどまあ、これはこれで良かったのかも。どうせ死なないんだし。第二階層と第三階層は、今まで受けた毒を全部抱えた状態で突破できるほど甘くないもんね」


 私は蜂になってからだいぶ変わった。主に精神面で。


 当然だ。感情なんてものは、所詮大脳が操る電気信号と内分泌系の働きでしかない。外部からでさえ、いくらでも操作できる。


 それが、身体ごと作り替わって内側からも変化したのなら、感情程度著しく変わって当然だ。


 だけど、だからこそ、私は人間だったころの記憶を大事にしている。あの頃の感情を思い出すようにしている。


「だから情けをかけるよ。勇者ヒカル、その子たちはもうリタイアするべきだ。何、殺しはしない。ついでに第一階層のガイン君も、まだ殺してないよ。人質にするつもりだもん」


 これが、今の私にできる最大限の温情だ。逆に言えば、この程度のことしかできないほど、私の感情は変わってしまっている。


 ウチの子どもたちにならいくらでも情けをかけるが、人間にはこれが限界だ。


「さあ勇者ヒカル。第二階層炎の間を、一人で突破して見せることだね!」

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