第三十六話 勇者の目的はなんじゃい!?
激痛に喘ぐ仲間たちを一瞥すると、勇者は即座に決断した。
『こいつらを殺さないというのは、本当だろうな。もし致命傷になるような傷ができたら、俺は容赦しないぞ』
凄まじい剣幕で、見えるはずのない私に視線を合わせ告げたのだ。
正直言って、めっちゃ怖い。なんでこっちに目を合わせられるのかわからないし、とても勇者がしていい表情でもない。
アレはそう、悪鬼羅刹の形相だった。しかし……。
「勇者ヒカル、勘違いしないでほしい。人質を取っているのは私たちだよ。脅しのつもりなら、道理が通らない。そちらに手を出さないから、彼らの命を助けてほしい、でしょ?」
私はあくまでも気丈にふるまった。
ここで私が引き下がってしまえば、彼の圧力に押し切られてしまう。それでは、わざわざ人質を捕らえる必要がない。
戦闘面で勝つことができなくとも、精神面で勝っていればまだ大丈夫だ。私が常に、あの勇者を超え続けていればいい。
『はぁ、わかった。ちょうどいい。国から押し付けられて困っていた。命を取らないというのなら、どうしたって構わないさ』
勇者は意外にもあっさりと、こちらの話を受け入れた。
鬼人のような顔はなりを潜め、仏頂面に戻っている。
……だが、絶叫を上げつつもそれを聞いていたパーティーメンバーは、彼の発言に顔を歪めている。
そりゃそうだろう。命を取らない程度なら何をしてもいい、という話なのだ。
すでに生き地獄を味わっているというのに、これ以上何があるというのか。
彼女たちは震えと激痛に恐怖が上書きされていく。
「そんじゃ、エイニーちゃん。その子たち解毒して牢獄に入れといて。勇者君! 言っておくけど、一歩でもそこから動いたら全員殺すよ? 君には『サテライトキャノン』が通用しないみたいだけど、そっちの冒険者は別。私の熱量なら確実に殺せる」
エイニーちゃんが巣から出てくるよりも先に、私は勇者へ釘を刺しておいた。
たぶん大丈夫だとは思うけど、念には念を入れてだ。
すると勇者は、表情を変えないまま両手を挙げる。
エイニーちゃんがメイドの姿に『変身』し彼女たちを拘束するまで、勇者は一ミリたりとも動かなかった。
私が迷宮に穴を空け牢獄への通路を作り、そこへエイニーちゃんが三人を連れて入って行く。
そして彼女を見送ってからやっと、勇者は手をおろした。
『それで、そちらの要求というのは? ここから立ち去れと言うのならそうするが、いつまでも人間をここに置いておくことはできないだろう。一度立て直す機会があれば、人間は再び攻めてくるぞ』
勇者はその場に座り込むと、私に向かって要求を訪ねてくる。
しかしその口調は、どこか友好的なようにも思えた。とても敵対者とは思えない。
(……やっぱり、勇者の目的は私を殺すことじゃないんじゃないかな? 別に予言でも、危険な魔物を殺すとかは言ってないし)
みんな勇者を最大限警戒しているけど、ここに来て私はそもそも勇者が危険なのかすら疑っている。
正直、勇者ほどのステータスがあればこの迷宮程度一瞬で突破できるはずなのだ。
『サテライトキャノン』を片手で止められたとき、私はそれを確信した。
ランクB相当の魔物も数十匹同時に葬れるとシャルルからお墨付きを受けた究極魔法。そんな力が、片手で止められたのだ。防御系の魔法やスキルを発動した様子もなく。
だからきっと、これまでのトラップも無視できたはずなのだ。
最初は、仲間たちに気を使っているのかと思った。彼女たちも高ランクの冒険者だし、人間には意地や見栄というものがある。
しかし、そうではない。先ほどの発言から、勇者は彼らへ特別な感情を持っていないことがわかった。仲間意識などというものは存在しない。
ならばなぜ、勇者はこの迷宮を即座に突破しなかったのか……。
(考えられる要因はひとつ。この迷宮がどの程度脅威か値踏みしていた)
しかし、私を殺すつもりならそんな必要はない。迷宮蜂の迷宮は、女王が潰えれば機能を失う。
子どもが引き継ぐこともできるらしいが、あいにくと私の子どもはまだ幼い。
そして、勇者がそれを知らないとも思えない。
それに、勇者が妖精王オベイロンの頼みでここに来たというのも、何か引っかかる。もし彼ほどの実力者から直接依頼を受けたとするのなら、わざわざ足手まといになる冒険者を連れ歩く意味がない。
しかも、彼は街や国家にも依頼を飛ばしたと言った。それはつまり、妖精王の動向を各国に知らせるということ。
彼の一存で、本当にそんなことをするだろうか。
勇者ヒカルがいくら強いと言っても、妖精王オベイロンも同じランクSだ。同ランクの妖精女王ティターニアもいる。
そんな巨大戦力に、勇者が安易に手を出すとは思えない。
(結論、勇者は私を殺す気がない。もしくは、殺すための条件を見つけられないでいる。なら……)
これは分の悪い賭けだ。私の憶測という、非常に信頼しがたい薄氷の上に成り立っている。しかし、成功させれば勇者だけでなく今後を含めた安全が待っているのだ!
万感の思いを込め、私は言葉を紡ぎだす。
「要求ならもう言ったよ。“様式美を守った美しくも奥ゆかしい古式の迷宮だから、野暮なことはせず真正面から攻略してほしいかな”。最初に言った通り、この迷宮を正々堂々と攻略してほしい。私は変わり者でね、迷宮を攻略してもらえるのが嬉しいんだよ」
これが、これこそが、今私にできる最善の策!
もしこの場で勇者を帰してしまえば、きっと彼はこう報告するだろう。
『ランクA冒険者を一蹴できる凶悪な迷宮だった。今度は各国と協力し、さらなる戦力でもってことにあたるべきだ』
……と。それを防ぐには、こうする外ない。私と対面し、正直にすべてを告げる。
もし私の予想が正しいのなら、勇者は異世界人のはずだ。同郷のよしみで、見逃してくれるかもしれない。
それに、勇者は妖精王オベイロンとも繋がりがあることを仄めかしていた。
将来的にはぶっ潰す気でいるけど、今奴まで出張ってきたらそれこそ一巻の終わり。オベイロンとティターニアのランクS夫婦は凶悪すぎる。
『なるほど、迷宮の攻略か。それは俺としても望むところだ。お前の創る迷宮がどれほどのモノか、興味がある』
私の要求に、勇者は疑うことなく答えてきた。相変わらずの仏頂面だが、その言葉に嘘はないだろう。
彼は私の言葉を受け入れると、数歩進む。
その場所にはちょうど、これから炸裂するはずだった爆破のトラップが仕掛けてある。勇者はそこへ左手を触れると……。
ズドンッ!!
重厚な衝撃音とともに閃光が駆け抜け、彼の全身を覆いつくす。その熱量は大型の魔物すら容易く撃滅し、その貫通力は硬い外骨格を持つ昆虫系の魔物すら地面へと縫い付ける。
しかして、光が収まったそこには相変わらず無傷の勇者が立っていた。
『悪かったな、迷宮蜂の女王レジーナ。今まで手を抜いていた分、ここからは少しだけ力を解放して進む。何、君の配下が付けたこの毒は解除しないでおくさ。これも、何か意味があるんだろう?』
それは驚きの光景だった。私が設置したトラップは、数歩進むごとに作動する密度。壁に手を付けば爆発し、全速力で走れば足が消滅する。そんな絶望的なトラップ。
だが勇者は、その足で、その腕で、トラップの数々を受けながら進んでいく。
先ほど同様、防御系の魔法やスキルを使っている様子はない。
(けど、まさか改造してる左腕だけじゃなく全身が世界樹並みの強度を持ってるなんて。この階層のトラップ、
現状、この迷宮の最高硬度はこの世界樹だ。時点で甲碧蜂のデューン。
しかし彼でも、爆発のトラップを数発喰らえば大けがは免れない。
当然だ。ランクAの私が創り出したトラップなのだから。たとえランクSでも、無傷というわけにはいかない。
……確かに、『サテライトキャノン』のように調整次第で威力を上昇させられるわけではない。トラップ系は基本的に固定ダメージだ。
だがそれも、『クリエイトダンジョン Lv4』と『迷宮強化』で底上げしたパワーで解決できている。もし私が迷宮の主権限でノーダメージじゃなかったら、外骨格を貫通して死んでもおかしくない。
そんなトラップが無数に存在するエリアを、勇者はまるで人のごった返す大通りを行くような足取りで進む。
少し煩わしそうにはしつつも、それを楽しみ、感動を覚え、また人混みに紛れるように歩くのだ。
異常。そうとしか形容できない。いくらレベルが高くとも、人間の限界を突破している。
生物としての枠組みを超え、勇者は人ならざる者になっているのだ。
これではもはや、『進化』とは呼べない。
けど……。
「あぁやっぱり、勇者ってのはこうでなくっちゃ! 理不尽なくらい強くて、バカげてるほど多才で、若干他者を見下してる! 最近の勇者ってのは、そういう奴のことだよ!」
そんな彼の姿が、私もたまらなく嬉しいのだ。
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