第三十話 甲碧蜂、テンションFULL MAX!!

 世界樹の迷宮第三階層。ここは、一応甲碧蜂クービーバチのエリアということになっている。

 しかし、彼らは飛行能力が低い。こんな高いエリアは不便だろう。というか……。


「シャルルくん。君は確か、甲碧蜂は飛行能力がと言っていたよね? でもこれは……」


「飛行能力が。そう言いたいわけだな?」


 うむ、改めて見てみると、やはり甲碧蜂は蟻によく似ている。


 迷宮蜂と同じく地中や木の中に巣を作るし、ハチミツの類にあまり頼らない。私たちの生態とよく似ているから相性はいいのだが、この迷宮となると少々難しいところがある。


「甲碧蜂が最大の特徴とする、防御力の要だな。彼女たちは翅を失った代わりに、絶対的な防御力を獲得した」


 彼女たちの翅を良く見てみると、蟻のように完全に消滅したのではなく、確かにそこに存在することがわかる。蜂から派生した名残だろう。


 右後方の硬い翅が一番下、左後方の硬い翅が二番目。右前方の硬い翅が三番目、左前方の硬い翅が一番上、というように折り重なっている。


 そしてそれぞれが組み合わさるように、先端を巻き込んて融合しているのだ。樹木の中でねじ曲がった釘のように。


 そもそも彼女たちの外骨格はとてつもなく頑丈なのだが、このように構造設計においても硬いことがわかる。上からの単純な衝撃はまったく通用しない。


(小学校の時によくやったなぁ。教科書を二冊用意して、一ページずつ重ねる奴。あれ、見た目以上に頑丈になるんだよ。甲碧蜂の硬さは、そのめっちゃ強い版ってところか)


 なんでも、彼らの外骨格をもってすれば、大木の先端が降り注いできても無事でいられるらしい。

 さらに言うと、天敵である鳥類に捕食されても外骨格を消化できずそのまま出てきてしまうとか。


 ……恐ろしいのは、鳥類の肛門よりも彼らの方が圧倒的に大きいことだ。

 誤って甲碧蜂を食べてしまった鳥類は、それはもうひどい切れ痔になる。


「まあ防御力が高いのは良いことなんだけどね? 毒との相性もいいし」


 ちなみに、甲碧蜂の毒性はかなり低い。燕蜂にも劣るほどだ。

 これは、メス蜂のファミリースキルに『毒創造』が存在しないことからもわかる。


 だからこそ彼女たちの耐久力と、迷宮蜂を筆頭とした強力な毒性を持つ蜂の相性は凄まじくいいんだ。


 しかし、やはり生活に不便なのは変わりない。本当なら、彼女たちを第一階層に配置するべきなんだろう。


(けど、それだと毒のエリアは第二階層になるし、せっかくの相性が台無しになる……)


 と、言うわけで!


「第三階層は燕蜂と甲碧蜂の混合エリアとします! 甲碧蜂は平均レベルも高いし、比較的レベルの低い燕蜂をここに住まわせて、戦い方を教わりつつ甲碧蜂の補助をするってことで!」


 第三階層の一部に燕蜂を集め、彼女たちに説明をする。


 ここにいるのはみんな、ワイバーン討伐メンバーから外された、比較的低レベルの燕蜂だ。ランクも全員D。進化条件を満たしている子は一人もいない。


 それでも、移動能力は甲碧蜂よりはるかに高い。巣を建設する技術もあり、サポートには適任だ。


「女王サマよぉ、アタシらは強い敵と戦いたいって言ってんだぜ? 今までアンタの『感覚共有』で見てたけどよ、この辺の魔物じゃ第一階層も越えられねぇじゃねぇか! これじゃあ、レベル上げどころじゃねぇよ!」


 甲碧蜂の中でもトップクラスに気性が荒く、戦闘バカのジュリーちゃん。今日も変わらず口が悪い。


 しかしだなぁ。第一階層は今、エイニーちゃんの指導の下開発に成功した、植物毒系のトラップがわんさかあるんだよ。これには『女王の加護』による毒耐性も効果が薄い。


 ま、『女王の加護』って、基本的に蛋白質由来の毒を無効化するだけだし。あとは身体の免疫系をめっちゃ強化する。だから自然と毒に耐性ができるってだけで、別に魔法とかスキルっぽい不思議パワーじゃないんだよね。


 だから、毒を回避して敵を攻撃できるくらい機動力のある種族じゃないと、あのエリアで暮らすのは無理。当然、甲碧蜂は不合格だ。


「ジュリーの言うとおりですぞ。我らを第一階層に配置していただかねば困りますな!」


 ジュリーちゃんに便乗してきた大仰な口調のこの人は、甲碧蜂唯一のオスにして戦士階級のデューン。Lv70のランクBで、シャルルには及ばないが現状の最高戦力である。


 ……そして、この迷宮一番の問題児でもある。


 だってこの人、ホントに頭おかしいもん! ウチに来た初日にレ〇プしようとしてきたし!

 何かを察知して部屋の前で待機してたシャルルがぶっ飛ばしてくれたけど、シャノールさんが止めてくれなかったらコイツぶっ殺すところだったし!


 いや、合意の上でならそういうプレイも良いんだよ? 私も無理やりってのは嫌いじゃない。シャルルはあんまりやらないけど。


 でも、この人『強制受精』持ってるじゃん! そんな人に襲われるとか、マジあり得ないんですが!?


 確かに、野生動物としては正しいのかもしれないけど! 私はもっと気持ちを大事にしてるっていうか、オスだからって誰彼構わず食べるわけじゃないっていうか!


「君の意見は聞きません、デューン君!」


「なっ! 以前のことは謝罪したではありませぬか! お詫びにこの森一番のオオカミを仕留めてきましたぞ!」


「乙女へのお詫びが肉食獣ってどうなんですか! あとあのオオカミ、アンモニア臭すごすぎて食べれなかったし!」


 ったく、コイツは何を考えているのか。それで許してくれるのは単細胞の甲碧蜂くらいのものだ。オオカミの肉、普通にマズかったし。


「シャルルくん、この子がいると話が進みません。つまみ出しなさい。それと、もう少し紳士の流儀というものを教えてあげること!」


「うむ、承知した」


 私が指示を出すと、シャルルは鬼のような形相でデューンに詰め寄る。


「ぬ! シャルル殿、お待ちくだされ! 我も早くこの群れの振る舞いを覚えますゆえ、どうかご勘弁を!」


「問答無用だクソ鬼畜変態野郎!」


 低いトーンの悲鳴が迷宮中に響き、デューンは第三階層の小部屋に連れ去られた。


「……それで、アタシの要望には応えてくれないのかい? ぶっちゃけ、こんな生ぬるい場所じゃとても勇者の足止めできるほど力を付けられねぇが」


 デューンのことは、流石のジュリーちゃんもヤバい奴だと思っているようだ。彼に同情するそぶりも見せない。


 それよりも彼女にとっては、ちゃんと魔物と戦えるかの方が重要なんだろう。


「安心してよ。なんたって、私には『世界樹の支配者』があるからね!」


「ん? 『世界樹の支配者』? って、世界樹から魔力を引き出すだけのスキルじゃないのか?」


 はぁ~、あれだけ説明したのに。ホントに、この娘たちは全然人の話を聞いてくれない。


「あのね、『世界樹の支配者』を使えば、この樹から溢れ出してる混乱の魔力をある程度制御できるの。強めたり弱めたり。そんで、それをちょちょいと弄れば……」


「わかったぜ! 強い魔物を狙って呼び寄せられるってェことだな! よっしゃ殺すぜ! 殺す殺す殺す殺す! おめぇら! 戦いの準備をしろォ!」


 ジュリーちゃんの言葉に、集まっていた甲碧蜂から大歓声が巻き起こる。

 今すぐにでも侵入者を撃滅せんという気迫だ。


 ……いや、合ってるんだけどね? そんなに盛り上がられても困るっていうか、人の話は最後まで聞けって言うか。


「燕蜂が敵わないような強い敵は全部スルーして良いって言ってあるから、ここには最低でもLv40以上の敵しかこないはずだよ。そのレベルになると自力で毒を解除する方法も持ってるかもしれないし、一筋縄じゃ行かないと思うけど……」


「おお! 最高じゃねぇかァ! ずっとLv40以上と戦い続けられるってよ!」


 彼女の喜びに合わせて、再び大歓声が巻き起こる。もう、コイツらのテンションについていけない……。


 けどまあ、燕蜂の次にはランクCばっかりの長肢蜂&炎のエリアがあるし、ここを突破できる奴もそうそういないんだけどね?


 この第三階層まで到達するとなると、それこそワイバーン級の敵になりそう。ランクBとかかな?


 ま、ランクCが30人以上いる甲碧蜂なら大丈夫でしょ。新しいトラップも用意したしね。


「そうと決まれば善は急げだ! 女王、さっさと魔物を呼び寄せろォ!」

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