第二十九話 このおバカ!

「も~、いい加減機嫌直してよジュリーちゃん!」


「うるせぇ! アタシはしばらく、てめぇと口を聞かねぇって言ったはずだ! あとジュリーちゃんって呼ぶな!」


 迷宮の中、第三階層で私がジュリーちゃんに抱き着くと、鬱陶しそうにあしらわれてしまった。

 態度はともかくこの筋肉! 正直シャルルと同じくらい逞しいそれは、もう抱き着かずにはいられないのだ。


「くそっ! 完全に騙されたぜ。まさかこれだけの力を持っていながら、勇者と戦いたくないなんて言い出すとはな!」


 そう、彼女が怒っているのはそこなのだ。


 私は『Queen Bee』によって完全に支配を完了した後、甲碧蜂クービーバチのみんなにすべてを話した。


 私が世界樹の力をほとんど引き出せないこと。勇者と戦いはするが、全面戦争をする気はないということ。できればこの迷宮に閉じ込めたいということ。


 そして、もし勇者と直接対決したい者がいれば止めないが、こちらが組織的に援助することはできないということ。


 甲碧蜂が刹那主義というのは本当で、私の話を聞くと全員わかりやすく落胆した。そして次の瞬間には、私に付き従うことを決めた自分を恨んだ。


 だったらもう少し慎重に考えろと思ったけど、これが彼女たちの生き方なのだ。

 甲碧蜂とはそういう種族で、もはやどうすることもできない。私たち迷宮蜂が巣にこもりたがるのと同じである。


 それに、ランクAとなった私の支配はとても強力だ。生半可な抵抗で突破できるはずもなく、彼女たちの自由は完全に奪われたことになる。


 本当に、バカというかアホというか、単純な連中なのだ。そこが美点でもあるのだが。


「ジュリー、いい加減その口の利き方を直しなさいと言ったでしょう。女王様に失礼ですよ」


 大声で私を罵倒したジュリーちゃんに対して、エイニーちゃんはぶち切れの様子だ。


 彼女は最近メイドRP《ロールプレイ》にハマっていて、口調も少し変えている。そして私に対しても、まるで本当のメイドのように接していた。


 なんでも、昔クオンさんに教わったことがあるそうだ。彼は本当に物知りである。


「あ? うるせぇな三下! アタシは自由に生きるんだ!」


 ……この間熱烈に忠誠を誓っていたとは思えない発言だ。あれほど大々的に、いの一番に私への忠誠を誓ったというのに、もうこの調子である。


 支配を受け入れるという女王シャノールさんの宣言に、彼女たち甲碧蜂は全員賛成していたはずなのだが。


「本当に、自分の言ったことを捻じ曲げるのが大好きですね、甲碧蜂は」


 エイニーちゃんが呆れたようにそう零す。

 さっきまでは如何にして怒鳴りつけてやろうかという雰囲気だったのに、もはや言葉もないと言った様子だ。


「いいでしょう、私も貴女を言葉で打ち負かすのは不可能だと理解しました。……ですので、貴女方の流儀に則り決闘で勝負を付けようじゃありませんか! 私が勝ったら、女王様への態度を改めて、本物の忠誠を誓っていただきます!」


 ファッ!? ちょ、エイニーちゃん!? そういうのは女王の私の前ではやらないで?

 一応、決闘って法律で禁止……法律とか定めてない!


「おお、望むところだ三下ァ! アタシが勝ったら、この巣を抜けていくぜ! もっとも、てめぇじゃアタシに勝てんだろうがなァ!」


 な、なにを言い出すんじゃいこのバカは!? 今君に抜けられたら超困るんですけど!


 っていうか、私の許可なくそんな決闘を始めるな! 支配を解除するのも強めるのも、全部私の権限なんですけど!?


「ちょっとタンマ! ストップストップ! 決闘は禁止です!」


 今にも相手の顔面を叩き割らんと拳を握っていた二人が、私の制止を受けて踏みとどまる。


 あ、あぶねぇ。この二人躊躇なくバトル始めるところだった。

 これは早急になんとかしなければならないな。


 「私のために争わないで!」とかいうセリフを言えたら面白いんだろうけど、悪い。私は眷属が喧嘩するのを嬉々として眺めるような精神構造はしていないんだ。


「まあまあ、お二人ともそこまでにしていただけるかしら。アタクシ、これからレジーナ様と大事なお話がありますの」


 二人が視線だけで戦い始めると、今度は別の厄介な人物が現れた。


 甲碧蜂の元女王シャノールさん。現在は階級が降格し、秘書になっている。


 あの痴女みたいな服装は改めさせ、きっちりとしたスーツを着せた。

 しかしどういうわけか、こんなに堅い恰好なのに色気が増している気がする。魔性の女だ。


「レジーナ様、クオン様からご報告ですわよ」


 彼女はランクBの元女王蜂ということで、私と同じく『感覚共有』を持っていた。

 私との接続を仲介し、クオンさんとのやり取りを任せている。


 正直、私は『感覚共有』で働き蜂に目を向けないといけないし、頭が足りないと思っていたんだよね。ちょうど良かった。


 シャノールさんが色っぽい仕草で手のひらを出し、そこから『感覚共有』を可視化したディスプレイが現れる。


『レジーナ様、お久しぶりでございます。実は、大至急ご報告したいことがございまして』


 久しぶりにクオンさんを見たが、何も変わっていないようで安心した。


 クオンさんの任務は勇者の調査。もしかすれば燕蜂であることがバレ、その場で勇者から攻撃されることも考えられたのだ。


 そのクオンさんが、いつになく真剣な表情と声音で話している。おそらくは……。


「勇者に何か、動きがあった?」


『はい、お察しの通りでございます。三日後、大規模なパーティを組んで世界樹の森に踏み入ると、冒険者組合で宣言しておりました』


 三日後か……。正直、そろそろ時間もないころだと思っていたけど。


 結構早いな。まだ第三階層の準備も完全じゃないし、子どもたちも幼い。

 この巣を放棄するにしても、あの子たちを置いていくわけにはいかないしなぁ。


「それで、勇者の目的は? 蜂系統の調査って言ってたけど、本当に私を倒すことが目的なのかな?」


 私を討伐しに来ているというのは、あくまでも推測でしかない。もしかしたら、この森に私以上に危険な蜂がいて、それを討伐しようとしているかもしれないのだ。


 つまるところ、本当にこの迷宮を襲ってくるかはわからないということ。


『申し訳ありません。そちらは進展がなく、今のところ無差別に蜂を襲っているとしか……』


 クオンさんが頭を下げ申し訳なさそうにしている。

 髪の艶も抜け落ちた彼にこんな姿をさせるのは、とても気が引けた。


『しかしながら、勇者ヒカルは植物魔法の使い手であるとの情報を聞きました。なんでも、西の大陸でユグドラシルを発見し、支配したとか。レジーナ様が目的かは確証がありませんが、世界樹アクシャヤヴァタに立ち寄る可能性はあるでしょう』


 ま、マジか。この世界にユグドラシルが存在することはわかっていたけど、西の大陸にあったんだなぁ。そりゃ、妖精王オベイロンが見つけられないわけだ。


 っていうか、結局勇者とは対峙することになるのね。戦うかは別として。


【異世界の門が開く兆候あり。蜂を操る女王となる……】


 勇者が言い放ったと言われる予言。たぶん私のことだとは思うけど、別に戦いたいとかは言ってないしなぁ。


「で、勇者は話が通じそう? 魔物に対して排他的とか、そういう噂は聞く?」


『実は、勇者はかなり寛大な人物のようです。人里ではとても信頼され、慕われています。知能の高い魔物と会話をする場面も多数目撃されており、まったく話が通じないということはないでしょう』


 おお! これは朗報だ!


 正直勇者に勝てるわけないし、もしここまで攻め入られたら、あとは言葉でどうにかするしかないわけだしね。


 問答無用で切りかかられたらおしまいだけど、少しでも交渉の余地があるなら、私がどうにかして見せる!


「よし、クオンさん報告ありがとう。勇者に関して、戦術レベルのことはシャノールさんにお願い。私はこれから、第三階層の準備に入る!」


『かしこまりました、レジーナ様。くれぐれも、お気を付けを』

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