第二十一話 女王としての自覚が芽生えました!

 私が声を張り上げて宣言すると、サガーラちゃんは驚いた表情で後ずさる。

 ……当然、私の声に驚いたわけではない。


「混乱の魔力を取り払う……。つまり、この迷宮に魔物を侵入させるということですね」


 サガーラちゃんは少し戸惑ったような声音でそう言った。それと、どこか怯えている様子もある。


「……不安?」


 いや、不安じゃないはずがない。第一階層を守護するのは彼女たち燕蜂だ。ということは、一番被害を被るのも彼女たちなのだ。


 だから、サガーラちゃんの不安は理解できる。もしかしたら仲間の誰かがやられてしまうのではないか、ともすれば自分もやられてしまうのではないか。そう思っているんだろう。


「正直、不安です。外に戦いに行くなら全然大丈夫なんですけど! ……家の中に敵を招き入れるなんて」


 ……なるほど、これは迷宮蜂以外の種族には理解できないんだろうな。


 迷宮蜂は元々、迷宮の中に敵を閉じ込め一方的に攻撃するのを得意とする。

 自分の有利な地形を作り上げ、狭い空間で戦うのだ。


 対して一般的な蜂は、必ず巣を守る。巣というのは繁殖が目的で作るものであって、食料の確保や力の誇示という意味ではまったく役に立たないものなのだ。


 この認識の差が、サガーラちゃんの不安になっているんだろう。

 私もシャルルも当然受け入れていたことだけど、他の種族にしてみれば恐怖なのだろうか。


(ここで、ダイジョブだよって声をかけるのは簡単だ。けど、本当にそれで良いんだろうか)


 この娘たちは私に忠誠を誓ってくれている。これからもずっと、この迷宮で暮らしていく私の家族だ。それが、迷宮蜂としての生活に異を呈している。本当に、このままで良いんだろうか。


 私はサガーラちゃんが好きだ。かわいいし、幼いし、守ってあげたくなる。お気に入りともいえるな。

 けど、それを理由に彼女が成長する機会を奪うのは、女王として正しい行いだろうか。


 ……いや、あり得ない。私は良き女王であれと自分に願っている。なら、配下に成長を促すのも私の役目だ。


「サガーラちゃん。いやサガーラ。君が仕えているのは誰?」


 私はいつもよりも少し強い語調でサガーラちゃんに問いかける。三人称も、少し硬くした。


 まっすぐ目を見つめる私に、サガーラちゃんも強い視線で返してくれる。


「迷宮蜂の女王、レジーナ様です!」


 ビシッと、そんな音が聞こえてきそうなほど整った姿勢と態度で、サガーラちゃんは答えてくれた。その瞳には、普段見せないたくましさが見て取れる。


「サガーラ、私はどんな人?」


「レジーナ様は、とてもお優しい方です! 戦いに敗れたボクたちを助けてくださり、こうしてお仕えすることをお許ししてくださいました」


 私の意地悪な質問に、サガーラちゃんはまるで以前から決めていたかのように、スラスラと答える。本心からそう思っているのか、あるいは本当に、前からこういう会話を想定していたのか。


「サガーラ、どうして君は私に忠誠を誓ってくれたの?」


「……! 最初は、年長者についていっただけでした。集団で行動するボクたちにとって、群れから孤立することはなんとしても避けたいですから」


 サガーラちゃんは少し申し訳なさそうに、そう答えた。


「けど、今は違います! ボクは、レジーナ様の人柄を尊敬しています! 配下一人一人に気を配り、どんな種族でも分け隔てなく接してくださる。たった一人の眷属のために一喜一憂できる、そんな貴女に惹かれて、ボクは忠誠を誓っているんです!」


 ……先ほどとはまったく異なる、とても強い語調。強い言葉。

 彼女の口から出てきたそれは、支配する側の私にはわからない、熱烈な言葉だった。


 その気持ちに、私は共感できない。だって、主従関係が嫌いだから。私と彼女たちに、違いを見いだせないから。


 ただ生まれた時に階級が決まっているだけで、私は彼女たちを従える権利なんて持ち合わせていない。そんな器、育んでこなかった。


 それでも、少なくともサガーラちゃんは、私に忠誠を誓ってくれると言った。


 きっと違う意見を持っている人もいると思うし、それでも正しいと私は思う。けど、少しでも本心から私に従ってくれる子がいるなら……!


「私は迷宮蜂だよ。サガーラは燕蜂だ。たぶん、いや絶対、生き方も考え方も全然違う。これから先、対立することもあると思う。それでも、私についてきてくれる?」


「愚問です。ボクは一生、レジーナ様についていくと決めています」


 話が終わるまで絶対に視線を逸らさない。そんな気迫が、彼女から感じ取れた。

 いつもの少し弱々しい彼女とは違う。これだけは譲れないのだと、強い想いがあるのだ。


「女王様には想像がつかないかもしれませんが、ボクたち働き蜂の階級は、支配されることにこそ安心を見出すんです。それが強くたくましい女王ならなおさら」


 サガーラちゃんが今度は、私を諭すように優しい口調で話し始めた。

 先ほどのように力強い視線ではなく、柔らかく私を包み込むような視線。不意に触れた肢が、普段の彼女からは考えられないほど頼もしい。


「……だから、恐れないでください。怖がらないでください。ボクたちに貴女の考えを強制することを。シャルル様は否定されるでしょうけど、支配は心地いいものです。自らのすべてを預ける覚悟が、ボクたちにはあります」


 甘い。彼女の言葉は甘い。私の心を誘惑して仕方がない。


 支配という背徳的な快楽を、彼女は正義と説く。今まで否定し、どこか避け続けてきたそれを、彼女は正しいものだと言ってくれた。


 その言葉は、ある種の甘言。私の心を惑わす。

 けれど、それに身をゆだねることは間違いではないのだろう。外ならぬ、支配される側の人間がそう言っているのだから。


「……君の忠誠心、しかと受け取ったよ。ならばこそ、怯えるな。私は迷宮蜂だ。迷宮に魔物を閉じ込め屠る、それこそが迷宮蜂の本懐。巨大な家を作り多くの種族を従えるのは、副次的なものに過ぎない! だから怯えるな。配下として私の意思に従え、サガーラ」


 いつもよりもずっと高圧的に。およそサガーラちゃんには絶対にとらないような態度で、私は命令を下した。


「はいっ!」


 それに対し、サガーラちゃんは今までに見たことがないほど恍惚とした表情で答える。

 それはもはや、心酔していると言ってもいい。支配という快楽に、彼女自身がおぼれているのだ。


 だが、決してそれは間違いではない。蜂系統の下の階級に生まれたのならば、それは仕方がないことだ。当然のことだ。


 私もようやく、それがわかった。支配するということと、支配されるということ。

 私たちにとっては、どちらも正義なのだ。


「よろしい! じゃあみんなにこのことを伝えてきて! 私はお寝坊さんを起こしてくる。あと、最奥の間にエイニーちゃんを呼んでくれるかな?」


 私は先ほどまで纏っていた支配者の仮面を脱ぎ、朗らかな笑みで指示を出す。

 ずっとあの調子だと、流石に私が疲れるからね。


「承知しました! レジーナさま!」


 サガーラちゃんもいつものボクっ娘に戻って元気に返してくれる。

 近道を通る彼女には、笑顔があふれていた。


「さて、私はシャルルを起こしてこようかな」


 お昼ぐらいまで会わないつもりだったけど、気が変わった。彼には今すぐ出撃してもらおう。


 私は支配者として、配下のみんなを成長させる義務がある。迷宮を作り出すことだけが、私の仕事じゃない。それがわかったんだ。


「メンバーの構成はどうしようかな。シャルルは一応の保険として連れて行くとして、エイニーちゃんを筆頭に長肢蜂と燕蜂の混成チームを……」


 私に忠誠を誓ってくれるみんなのために、私は手を抜かないことに決めた。

 できることは早いうちに。


 みんなに悪いからと一歩下がっていたけど、今の私はただの蜂じゃない。女王蜂なんだ!

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