第二十二話 忠誠心が、芽生えました
~SIDE エイニー~
異様。この光景を見た時私が初めて感じたのは、まさにそんな言葉だった。
空を飛ぶ長肢蜂と、それに続く燕蜂。そして最後尾には、我が群れ最強の迷宮蜂が見守ってくれている。
Vの字に隊列を組み、五つの行を作る。飛行に必要なエネルギーを最小限に。
女王レジーナ様の発案だが、その提案がまた、この群れの異様さを引き立たせていた。
まったく異なる三種の蜂が、敵対するでもなく手を取り合いともに飛ぶ。もう慣れたと思っていたが、私は未だにこの光景への違和感をぬぐい切れない。
長肢蜂は、元来巨大な群れを作らない種族だ。燕蜂ほど精巧な巣も作らず、迷宮蜂ほど立派な家も持たない。少数で生きるのが、我々長肢蜂という種族だった。
私たちはあまり群れというものを好まない。そもそも長肢蜂の女王に群れを統率できるような能力もないし、私たち自身も、女王に特別心酔していたわけでもなかった。
もしこれが、迷宮蜂ほど硬い忠誠を持っている種族ならば、きっと巣を壊滅させられたその時、女王の跡を追って自害していただろう。
私たちにはそれができるほどの忠誠もなければ、自ら死を選ぶ勇気もなかった。
それが、この数日で大きく変わってしまった。私たちにも忠誠心というものが芽生えたのだ。
女王レジーナ様に傅きたい。女王レジーナ様のために戦い、そして役に立ちたいと。そのために死ぬのならば、それでもかまわないと思えるほどに。
何が私たちをそうさせるのか、私たち自身でもわからない。
彼女の優しさか、はたまた力強さか。一言で『カリスマ』と表現するのも、どこか的を得ていないような気がする。
後ろを振り返ると、古くからの仲間たちや、隣人であった長肢蜂が目に入る。
彼女たちも、きっと私と同じ気持ちをその胸に抱いているはずだ。でなければ、こんなところには来ていない。
ましてやその後ろに続く燕蜂などは、彼女の絶対なる支配に快楽すら覚えているだろう。
燕蜂は元来、支配されることに安心と誇りを抱く。女王種すらも、より上位の種族に支配されることを望んでいるらしい。
そんな彼女たちが、支配に無欲であった私たち長肢蜂すらも従える女王レジーナ様の支配を受ければ、その快楽がどれほどのものかなど想像もできない。こればかりは、私には一生わからないことだ。
「……エイニー、わかっていると思うが、俺は今回見守るだけだ。本当に危険になったら助けに入るが、基本的にはお前たちだけでやるんだぞ」
私が新しい群れの主へ憧憬を抱いていると、最後尾から最前列まで一息に飛んできた男性が声をかけてきた。
たくましく大きな身体に黒と黄色の警告色をありありと刻む、我が群れ最強の御仁だ。
彼は毒を持たないオスでありながら、気の遠くなるほどの研鑽と経験、そして長い戦いの末に、その圧倒的な力を手に入れた。
「わかっています、シャルル様。これは私たちが進化するための戦いですから。すでにランクBまで昇格しているシャルル様が戦闘に加われば、大主神アストラ様に功績を認めてはもらえません」
そう、今回私たちがこんな大軍団を率いて飛んでいるのは、いつもの探索ではない。
ついに私たちは、ワイバーンに挑むのだ。
長肢蜂は13匹。平均レベルは37。いずれもランクD。ワイバーンを殺すことさえできれば、すぐにでも全員ランクCに昇格できる。
燕蜂は総勢48匹。平均レベルは25。経験値量的に今回で進化することはできないだろうけど、この低レベルでワイバーンに挑めば、進化条件を緩和することはできる。
対するワイバーンは、ランクB。レベルは109で、もうすぐランクAに昇格するという話だ。
もしかの強敵がさらに進化してしまえば、それこそシャルル様でも手が付けられなくなる。となれば、レジーナさまが持つ『サテライトキャノン』以外に有効な手段はない。
しかし、それをしてしまえば私たちが進化するチャンスは遠のく。だからこそ、今のタイミングなのだ。ワイバーンが進化する前に、この61匹で奴を仕留める。
(……でも、不安がないわけじゃない)
いくら数的有利を取っているからと言って、ランクBの相手にランクDだけで挑むというのはほぼ自殺行為だ。
ましてや相手はワイバーン。ドラゴンの近縁種であり、あらゆる生物の中でも最強種と呼ばれる一角。生物としての格が、そもそも違うのだ。安全を優先するのなら、絶対に手を出すべきではない。だが……。
「冒険をしなければ、進化はできない。それがこの世界の常識」
冒険をしない者を、アストラ様は絶対に認めない。殻を自ら破ることのできない軟弱者に、かの大主神は手を差し伸べないのだ。
だからこそ、『アストラの承認』を持つレジーナ様がどれほど素晴らしい存在かなど、もはや言うまでもない。
彼女はそう、生まれながらにして大主神アストラをさえ認めさせる何かを持っているのだ。
「それに、私たちには『女王の加護』もありますから」
シャルル様にレベルを与えて、現在レジーナ様のレベルは148。その一割、つまり約Lv15が私たちに付与されている。
さらに、レジーナ様が持つ通常スキルはある程度使える。私たちは実質、平均レベル42前後の集団というわけだ。
『エイニー、ワイバーンを見つけました』
女王レジーナ様の『感覚共有』を仲介し、私の頭に直接声と映像が届く。
ワイバーンはどうやら、起きてはいるが動かない。そんな状態のようだ。早朝のこの時間、ワイバーンはまだ活動を始めない。
木々が均一に刈り取られた広場で、ワイバーンは日光を浴び気持ちよさそうにしている。
こうして見ると、ただの爬虫類と遜色がない。大きさに目をつむれば。
ランクBのワイバーンは非常に大きい。それこそ、この周辺の大木すらもしのぐほど。格上であるはずのドラゴンすら襲う、高い攻撃性も有している。
「ありがとうございます、エイリーン。今からそちらに向かいます。ワイバーンがそこから移動するようなら……」
『命を賭してでも』
「頼みます」
ワイバーンは飛行能力に優れた種族だ。超短距離ならば蜂に分があるが、長距離を移動されては追いつけない。こちらの体力が先に尽きてしまう。
そもそも身体の構造が違うのだから、当然と言えば当然だ。
だから、もしワイバーンが空中を飛び始めてしまえば、今日中に奴を仕留めることは難しくなる。
もしそのまま妖精王の領地まで行き、そこに住まう強力な魔物を倒したのなら……。
ランクAに昇格してしまえば、ワイバーンはドラゴンと遜色ない。今の群れの規模では、本当に対処できなくなる。
「ワイバーンの居場所を特定しました! 今から全軍を持って、奴に強襲を仕掛けに行きます! 覚悟を決めなさい!」
後続を行く群れに、私は最後の通告をする。
逃げることは許さないが、覚悟を決める時間は必要だ。
そう、この戦いで誰かは死ぬ。それは自分かもしれないし、隣人かもしれない。
全員が生きて帰るなどというのは、進化の前では夢物語でしかないのだ。
「エイニー、わざわざ時間を取る必要はない。全員、覚悟ならとっくにできている」
私が全軍の様子を見渡すと、朗らかな笑みを浮かべシャルル様が答えた。
「そのようですね……。まったく、本当に忠誠心の強い子たちです。それでは……全軍、突撃ーッ!」
目指すはエイリーンが教えてくれた、森の一か所。木が均等に切りそろえられたあの場所に、私たちの獲物は眠っている。
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