第54話 後に継なげ
カツアゲ犯が同好会に参加してから半年が経った。
ジンの懸念は杞憂に終わった。肉弾同好会はトラブルに見舞われることなく存続している。
ユウヤとカツアゲ三人組は、何故か肩を組むまでに仲良くなった。リーダー格の鎌木に至っては、ユウヤを兄貴と呼ぶ始末だ。とても不意打ちを仕掛けて嘲笑された間柄には見えない。
特に驚いたのは、いじめられていた小畑も三人組に馴染んだことだ。この前は鎌木達と同じテーブルを挟んで笑っていた。奇跡だ。価値観が揺らぎかけたほどの衝撃を受けたのを覚えている。
肉弾同好会のメンバーも増えた。寄せ集めの六人だった部員は、三倍以上の二十人近くにまで膨れ上がった。スパーリングの相手に困ることがなくなって、部全体の活動効率が上がった。
全ては順風満帆。
大きな作戦が舞い込んだのはそんな時だった。ユウヤが部員を招集して声を張り上げる。
「お前らも知っての通り、近々大きな作戦がある。奪われた拠点を奪還する大事な仕事だ。他の施設にいる連中との合同訓練も始まるだろーし、同好会に時間をかける余裕はなくなるだろーな」
ユウヤが腕を組んで目を閉じる。
数拍おいて、二つの目がカッと見開かれる。
「というわけでだ! 奪還作戦が終わるまで同好会の活動は休止とする。各々空いた時間を訓練に注げ。でも勘違いすんじゃねーぞ? 戦争の武器は銃だけじゃねえ。場合によっちゃあ、ここで身に付けた体術が活きる時もあるはずだ。今のお前らは、俺と一緒に形作ったもんだ。自信持って励め!」
以上! ユウヤが話を締めて解散となった。ジンは自室への道のりを踏み出す。
「おうジン。ちょっと付き合えよ」
「どこか行くのか?」
「特に決めてねえよ。そこら辺ぶらぶらしよーぜ」
予定はない。ジンは了承して廊下の床に靴裏を付ける。窓から差し込んだオレンジの光が、廊下を茜色に染めていた。
「今日も終わるな」
「何だ、珍しく感傷に浸ってるのか?」
「まあな」
ジンは目をぱちくりさせる。
ジンの知る兄は、景色を楽しむ情緒を持ち合わせていない。からかった際には、俺のことをなんだと思ってんだーと怒るタイプだ。
「何かあったのか?」
「俺はいつも通りだぜ。そういうお前こそ、いっぱしに緊張してんじゃねえの?」
「よく分かったな」
「ったりめーだろ。何回お前とスパーリングしてきたと思ってんだ。集中しきれてねえのがバレバレだっつーの」
同好会での活動中も、ジンの思考は作戦のことでいっぱいだった。
かつて機械軍に奪われた地を奪い返す。作戦が成功すれば、人類の力が機械軍にも通用する証明になる。以降の勢いが増すこと請け合いだ。
逆を言えば、失敗した時の反動も大きい。散々訓練をして通用しなかったとなれば、努力しても機械には叶わないと刷り込まれる。
作戦が成功するか失敗するかは、これからの活動に影響する重要事項だ。
「何がそんなに不安なんだよ。いつものようにやりゃいいだけだろが」
「俺からすれば、落ち着いてるユウヤの方が不思議だけどな。何かコツでもあるのか?」
「んなもんねえよ。あるとしたら、もう自信を持つしかねえんだろ」
「ユウヤは自分を信じてるんだな」
「ったりめえだろ。今の俺を育て上げたのは俺だぜ? もう自信満々よ」
告げて、ユウヤの表情から笑みが引く。
「つってもまあ、最近は少し参ってんだよ。ろくでもねえ悪夢ばかり見るからだろうな」
「悪夢?」
「シンプルなやつさ。銃弾にドタマぶち抜かれんの。戦死なんて珍しくもない職業だけど、夜中に叩き起こされるのは正直参るぜ」
ユウヤが深くため息を突く。
兄が嘆息するのは本当に久しぶりのことだ。よほど精神的にきているに違いない。
「カウンセラーには相談したのか?」
命のやり取りによるストレスは相当なものだ。同僚の中には耐え切れない者が出る。そうでなくとも、戦場に過度な恐怖を覚える者は少なくない。
そういった少年兵を再度戦場へ送り出すために、施設にはカウンセラーが配備されている。脱落者をゼロにはできないものの、少なからず成果は上がっているようだ。
「悪夢程度で相談するかよ。俺を誰だと思ってんだ」
「普段ヘラヘラしてても人間だろ。状況が揃えば病みもするさ」
「言うじゃねえの。お前も成長したもんだ」
中庭の歩行スペースに靴裏を付ける。緑や土の匂いに鼻腔をくすぐられながら、見慣れた景観を眺める。
思えば、ジンはユウヤと肩を並べて散歩したことがない。普段は室内でじゃれつくように言葉を交わすだけだ。鑑賞に浸って景色を眺めたことはない。
照れくさくてできなかったことが、今は苦にならない。この一年で、きっと何かが変わったのだ。
「なぁ、少し真面目な話をしていいか?」
「急になんだよ」
「急ではねえよ。ずっと考えてたことさ。俺達の仕事は、銃を持って機械を破壊することだ。だが戦場ってのは生きてやがる。色んなイレギュラーが絡み合って、いつ何が起こるか分からねえ。お前もヒヤッとしたことはあるんじゃねえか?」
「まあな」
獣と坂道を転がり落ちた。
弾を外したら、仲間が死ぬ状況に立ち会った。
他にも銃弾が目の前を通り過ぎたなど、数え上げればキリがない。何かが違えば、すでにこの世を去っている。
「でも、そんなこと気にしたって仕方ないだろう?」
「達観してんなぁ。俺には無理だ。ある日ポクッと逝っちまった時のことを、どうしても考えちまう」
ユウヤが手すりに腕を乗せる。憂いを帯びた瞳が空を仰いだ。
「未来のことなんか誰にも分かんねえ。けどはっきりしてることもある。戦争は俺達の代じゃ終わらない。だからよ、ジン。技術でも何でもいい、後に継なげ」
「後に継なげって、何かを教えるってことか?」
「ちょっと違う。今は言葉の意味が分からなくてもいいんだ。でもいつか、強い焦燥感に駆られたら思い出せ。何かしらの役に立つはずだからよ」
「本当にどうしたんだよ?」
「さあ。夢の中でも、死を感じちまったからかもな」
おどけた問い掛けに、神妙な声色が返ってきた。
普段と違う反応。兄がどこか遠くに行ってしまうように感じられて、自然と口が開く。
「死なないさ」
ユウヤが振り向く。
言い聞かせたいのは自分か、ユウヤか。
この際どうでもいい。衝動に任せて言葉を紡ぐ。
「ユウヤは死なない。これからも、ずっとバカをやるんだ」
ユウヤが目を丸くする。プッと吹き出して肩を震わせた。
「お前よぉ、もっと気の利いたセリフねえのか?」
「ガラじゃないことを言うからだよ」
「ははっ。そうだな、こんなの俺のガラじゃねえや。案外、俺も緊張してんのかもな」
ユウヤが夕焼けに背を向ける。
「小難しいこと考えてたら腹減っちまった。何か食いに行こーぜ」
踏み出すユウヤの顔に、先程までの陰りはない。
杞憂だったかと安堵して、ジンは腹ぺこの兄と中庭を後にした。
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