第55話 懺悔の声


 招集が掛けられて軍事車両に乗り込む。


 拠点奪還作戦が始まった。


 奪い返すべき拠点は木々に紛れている。機械軍の主力は無人兵器。それらにとっての兵站へいたんは、メンテナンスや収納ができる設備や施設だ。


 ジン達の狙いはそこにある。


 収容庫には、非稼働状態の兵器が収められている。丸ごと爆破すれば敵の数をぐっと減らせる。


 そうでなくともメンテナンスを行う施設だ。押さえれば無人兵器の継戦能力を削げる。仮に撤退まで追い込まれても、メンテナンス設備さえ破壊できれば無人兵器は動けない。再度の奇襲で拠点奪還は成ったも同然だ。


 敵の殲滅がメインプラン。メンテナンス施設の破壊がサブプラン。


 人類軍の奇襲に対する反応は早かった。無数の無人兵器が地面にわだちを刻み、銃口を向けて迎撃に出る。


 奇襲は奇襲。包囲陣形を活かした立ち回りは、相手戦力を効率よく削ぎ落とした。


 劣勢を悟ったのだろう。無人兵器の押し返す動きが控えめになった。適当に弾を散らしつつ、浜辺に跡を残す波のごとく引き上げる。


 放っておいても拠点奪還は成る。実質作戦は成功したと言っていい。


 指揮官は前進を命じた。撤退する無人兵器は、いずれどこかの戦場で味方を撃つ。一体でも多くガラクタに変える判断だ。


「深追いはしなくていい! 孤立しないように気を付けろ!」


 樹木の緑に囲まれた空間に、ユウヤの声が響き渡った。


 近くにいるジンには大きな声だが、音は周りの樹木に吸われる。遠くにいる仲間には聞こえていないかもしれない。


 前方で金髪の少年が靴裏を浮かせる。


「グリモ、どこに行く!?」

「あっちに鉄クズが見えた! ガラクタに変えてくる!」

「待て! 一人で行くんじゃねえ!」

「大丈夫! オレ一人で余裕だって!」


 少年が金色の髪を振り乱す。


 立ち止まる気配はない。ユウヤが舌打ちする。


「くそ、聞いちゃいねえ。ジン、悪いけどサポートしてやってくれ」

「分かった」


 ジンが地面を蹴って援護に向かう。二つの背中が緑に紛れて見えなくなった。


 ユウヤを指揮官に据える小隊の中で、ジンは最も射撃が上手い。状況判断能力も高い。いざとなれば、じゃじゃ馬の足を撃ち抜いてでもストップをかけるだろう。


 ジンが付いていれば大丈夫。ユウヤは確信して、周囲の状況の把握に努める。


 敵はほとんど逃げ去っている。発砲音は聞こえるが、方角を絞り込める程度だ。近辺は静けさを取り戻しつつある。


 視界内でマズルフラッシュが散った。警戒心が胸の奥からぶわっと噴き上がる。


 誰かが近くで発砲している。


 既知の人間だ。眼鏡をかけている少年。一年前、ユウヤが助けたいじめの被害者。銃を手に、無人兵器を背にして走っている。


 追われている。


 ユウヤは駆け付けようとして違和感を覚えた。


 追われる者の表情じゃない。怯えつつも、レンズの向こう側にある瞳からは確かな情念がうかがえる。歯を食いしばるさまは必死そのものだが、恐怖とは別の何かが垣間見える。


 狂気をはらんだ視線の先には一人の隊員。


 血の繋がりがないにもかかわらず、ユウヤを兄と慕う少年だった。


「あいつ……ッ!」


 ユウヤが目を見開いて風と化した。地面に靴裏を刻んで腕を伸ばす。


「どけッ‼」


 突き飛ばされた鎌木の体が地面を転がる。


 ほぼ同時に、眼鏡の少年が右に跳んだ。


 破裂音が鳴り響く。


 乾いた音に混じって、しめった音が空気を揺らした。土に赤いまだら模様が付け足され、隊長を担っていた人影が崩れ落ちる。


 脳天への着弾。まごうことなき即死だった。


「あ、兄貴いいいいイイイイイイイイイイイイッ⁉」

「野郎ォォッ‼」


 慟哭の声に続いて鎌木が咆哮した。近くにいた他の少年兵も銃を構える。


 無人兵器のボディに風穴が開く。鉄の塊が瞬く間にガラクタへと変貌して煙を噴いた。


「違う……ユウヤさん、そんな、つもりじゃ……」


 静かり返った空間にて。懺悔ざんげの声が空気に溶けた。


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