第53話 むくつけき男ども


「いいかお前ら! 肉弾とは文字のごとく、肉体を弾のように打ち出すことだ! 恐れるなかれ。ビシッといけいっ!」

「いったーい⁉」


 新入部員が自身の手を押さえて飛び跳ねる。微かに揺れるサンドバッグが、突きの衝撃を視覚的に表す。


 肉弾同好会という名に違わず、活動内容は体術の類に触れることだ。


 ユウヤの指示のもと、あっちこっちでサンドバッグが揺れる。部室内にはカツアゲ犯の姿もある。


 嫌々つれてこられたわりには、きちんと活動に打ち込んでいる。


 真面目だな、とジンが見直すことはない。大方やることがなかったか、サンドバッグに苛立ちをぶつけたかっただけだろう。熱中できる趣味があるなら、そもそも恐喝行為に手を伸ばしはしない。


 奇妙なのは、同じ空間にいじめられっ子の姿もあることだ。いまいち覇気のない声を上げて拳や足を突き出している。どういう風の吹き回しだろう。


「よそ見してていいのか?」


 ビシュッ! スパーリングの相手が、わざわざ効果音を口にした。


 ジャブを繰り出したのは、四人を新たな部員として迎え入れた会長だ。ジンと同じく、ヘッドガードやパンチグローブなどで身を固めている。


 ジンは手の甲でジャブの軌道を逸らす。


「なあ、あの四人どうしたんだよ」

「見つけたから拾ってきた」

「あの眼鏡の被害者も?」

「ああ。ちょこっと鼓舞したらついてきた」


 絶対嘘だ。


 そう思いつつも、ジンは無言で拳をさばく。


 ちょこっとはちょこっとだ。話術や煽りを組み入れても、ユウヤが言うからにはちょこっとなのだ。聞き出そうとしてもユウヤは詳細を語らない。ジンは長年の経験で知っている。


「よく眼鏡の人が応じたな。普通は加害者と一緒の空間で励みたくないだろうに」

「強引につれてきたわけじゃないぜ? ここに来たのはあいつ自身の意思だ」

「本当かよ」


 ユウヤの口がへの字を描く。


「疑りぶけーな。そんなに気になんなら小畑おばたに聞けばいいじゃねーか」

「そこまで気にしてるわけじゃないけどさ」


 小畑っていうんだ。


 などと思いながら反撃に出た。パンチ、キック。腕や脚を突き出しては引くを意識する。


 スピードはそこそこ。

 なのに一発も当たらない。むきになって攻撃を続ける。


「あのよぉ、視線でどこ狙ってるか丸分かりだぜ? 相手はもの考える人間なんだから、もっと駆け引きを楽しめよ」

「んなこと言ったって、さっ!」


 愚痴を込めて腕を伸ばす。


 ジンは格闘技をかじったばかりの素人だ。駆け引きだの何だのは、ある程度修練を積んで余裕がある者のやることだ。


 心得のある者とない者。勝負になるわけがない。視界がぐるっと回って、背中に衝撃が走る。


「やっぱ三十秒もたねえな」


 ユウヤに見下ろされた。ジンはのっそりと上体を起こす。


「目で見てから反応すっから間に合わねえんだ」

「目で見ないならどうやってかわすんだよ」

「心の目で見ろ」

「は?」


 ジンは耳を疑った。


 心の目。人間にはない器官だ。


 兄はニュータイプなのかもしれない。ジンは真実の一端を垣間見た気がした。


「お前、さては疑ってんな?」

「ああ」

「いいよ、じゃあ手本を見せてやるよ」

「どうやって?」

「こんな風にさ」


 ユウヤが体を回転させる。


「ぶへっ⁉」


 ユウヤのかかとが少年の頬に突き刺さった。カツアゲ犯の体が無様に床を転がる。


「て、め……後ろに目でも、ついてんのか……」

「鎌木よぉ、不意打ちしかけんなら足音消すくらいしようぜ? 見えなくても丸分かりだっつーの。やられたばかりでリベンジするその心意気は褒めてやるけどな」


 ユウヤが鎌木なる不良に歩み寄って腕を伸ばす。


 鎌木が見るからに戸惑った。ジンには見えないが、ユウヤはきっと白い歯を覗かせているのだろう。


 鎌木がおずおずとユウヤの手を取る。腕が引かれ、鎌木の尻が床を離れる。


 そう思ったのもつかの間。ユウヤが手をリリースした。鎌木の体が重力に引かれてひっくり返る。


「やーい! 引っかかってやんのー!」


 ぷぷーっ! ユウヤの人差し指が鎌木を指し示した。


「て、てめっ、やりやがったな!」

「お前アホか、大アホか? だーれが殴りかかってきた奴を助けるってんだよ」


 ばぁーか。ユウヤの愉快気な笑い声が部室を駆け巡る。


 鎌木が顔を真っ赤にするものの、立ち上がろうとしてまた尻もちを付いた。後ろ回し蹴りをくらったダメージが残っているに違いない。


 ぎゃはははははっ! と一層愉快気な声が張り上がる。


 本当にこの同好会はやっていけるのだろうか。ジンはそう思わずにはいられなかった。


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