第42話 我に秘策あり
乾いた破裂音が響き渡る。
一泊遅れてカァンッ! と金属を叩いたような音が伝播した。
心臓が跳ねた。危険を感じて五感が研ぎ澄まされる。
佐上さんは南木さんに向けて発砲したと思っていた。でも人の頭に着弾したところで金属質な音は鳴らない。この音が鳴り響くのは不自然だ。
何かいる!
私は一目散に近くの樹木へと走る。
「全員、近くの樹木に隠れなさい!」
南木さんが声を張り上げて地面を蹴る。一瞬遅れて、黒い髪が数本宙を舞った。
発砲した佐上さんではなく、声を張り上げた南木さんが狙われた。きっと優先度を変更したんだ。南木さんが指揮官らしく号令を掛けたから、まずは司令塔を潰そうと考えたに違いない。
明らかに知性ある存在の判断。獣ではあり得ない思考回路だ。
佐上さんがもう一度発砲する。
茂みから深緑の物体が飛び出した。円柱の胴体から筒状の銃身が伸びている。機械軍の無人兵器と見て間違いない。
援護しなきゃ。そう思ってホルスターに腕を伸ばす。グリップを握ってハンドガンを引き抜き、トリガーに人差し指を掛ける。
弾が地面の土を巻き上げる。土ぼこりが連続する。
誰の弾も当たらない。今まで動く的を撃ったことはない。訓練の的を射るのとは大違いだ。
一発も当てることができないまま、深緑の機体がトンネルもどきの闇に消える。
「あっ、逃げた!」
二人の同僚が駆け出す。
佐上さんが首根っこをつかんで引き戻す。
「バカ! 死にたいのか⁉」
怒声に遅れて三発の弾が空を切った。
危なかった。引き戻すのがもう少し遅れていたら脳天コースだ。佐上さんに引き戻された二人が息を呑む。
それにしてもまずい。非常にまずい。
逃げ込まれたトンネルの中は暗い。敵がどこにいるか視認できない。トンネルを
何よりトンネルもどきは唯一の帰り道。無人兵器を撃破しないと帰れない。
私たちも被弾はしないけど、鉄の装甲を
「ねえどうすんの⁉」
「このまま日が落ちたら!」
「分かってるから静かにして!」
南木さんの言葉も意味をなさなくなっている。みんな分かっているんだ。日が落ちるまでがタイムリミットだって。
完全に日が落ちれば、この辺り一帯は真っ暗になる。
人間の私たちには疲労の概念がある。食事や睡眠が必要だ。分担すれば手数が落ちる。夜闇にまぎれる機械を抑えるのは不可能に近い。
夜になれば、練度の低い私たちは全滅する。その現実が同僚を攻撃的にしていた。
「……こうなったら、最後の手段よ」
打つ手なしと思われた状況。私たちは南木さんに意識を集中させる。まさに
「何か思いついたの⁉」
「ええ。誰か一人が射線に出て相手の射撃を誘うの。マズルフラッシュで相手の居場所が分かるから、その一瞬に賭けて全員で発砲するのよ」
「なるほど!」
「でも、誰が射線に出るの?」
その言葉で場が静まり返った。
こうしている今も、無人兵器は誰かが射線に出るのを待っているかもしれない。この状況だ、被弾したら治療は難しい。当たり所によっては命を落とす羽目になる。
全員の視線が集まる中、南木さんが体の向きを変える。
正面に据えられたのは――佐上さんだ。
「何だ? アタシに行けってか?」
佐上さんが苦笑いして肩を上下に揺らす。
対照的に南木さんの表情は微動だにしない。
「元はと言えば、あなたがうかつに発砲したせいでこうなったのよ。気付いた段階で情報共有を図っていれば、トンネルに逃げ込まれるのを阻止できたかもしれない。責任を取りたいとは思わないの?」
「思わないなぁー」
佐上さんが頭の後ろで手を組む。のうてんきな在り方に、何人かの顔がしかめられる。
「無責任だよ! 南木さんの言葉は正しい!」
「佐上さんが行くべきだわ!」
「み、みんな落ち着いて!」
仲間割れは最悪だ。そう思って制止の声を上げたけど、一度ついた勢いは止まらない。この状況を脱するためなら誰が犠牲になっても構わない。そんな空気ができ上がっている。仲間が一瞬にして知らない人になったみたいで怖い。
佐上さんが息を突く。
「大体よ、南木の策で本当にいいのか?」
「何が言いたいの?」
「確実性に欠けるってことだよ。無人兵器が撃ち返してくるとは限らない。もう逃げ去ったかもしれないし、いなくなったフリをして中へ誘うかもしれない。そうなったらどうすんだ?」
「その時はあなたに先行させるわ」
佐上さんが深く嘆息した。
「だと思った。悪いけど、そんな確実性に欠ける策に命は懸けられない」
「あなたの意思なんてどうでもいいの。指揮官は私なんだから」
南木さんがあごを上げる。取り巻き三人が佐上さんに歩み寄る。嫌な予感がして南木さんに呼びかける。
「南木さん、何をするつもりなの?」
「命令を
敵意のこもった視線に射抜かれて喉が詰まった。ノノやカリンに助勢を求めてみるけど、視線が合うなり目を逸らされた。
普通じゃない。みんなおかしいよ。それともこの状況で他者を気に掛ける私がおかしいの?
「玖城」
佐上さんに呼び掛けられて振り向く。
コンパクトな顔がにかっと白い歯をのぞかせた。
「そう心配しないでよ。こんなアホどもにやられたりしないから」
「誰がアホだよてめえッ!」
南木さんの取り巻きが土を蹴る。
肉迫した次の瞬間には横にずれて転倒した。
綺麗な後ろ回し蹴りだった。体の回転を乗せて繰り出されたかかとが、取り巻きのあごを左方から打ち据えた。
残る二人が思わずといった様子で立ち止まり、佐上さんが小さく息を突く。
「あのさ、アタシずっと独りだったんだよ? 護身術くらい身に着けてるって考えないわけ? いや、考えるわけないか。あんたら南木のお人形さんだし、頭を使う作業は全部南木任せだもんね」
すまんな! 佐上さんが両手を合わせてウインクする。取り巻き二人の顔に青筋が浮かんだ。
怒りの情は無意味。飛び掛かった二人目も難なく地面に伏した。
「ああああアアアアアアアアアッ!」
最後の一人が突っ走る。雄叫びを上げて突っ込む姿はまさに獣だ。
まともに受ければ転倒はまぬがれないタックルを前に、佐上さんが静かに腰を落とす。左半身を引き、両手を相手の体に添える。
鈍い音が鳴った。佐上さんの左ひざが、取り巻きのあごを打ち据えていた。
「な……っ」
南木さんが
佐上さんが私に靴先を向ける。
「玖城。秘策があるんだけど、手を貸してくれない?」
「いいけど、どうするの?」
「アレをやる」
佐上さんが口端を吊り上げる。思わせぶりにポーチの一つをパンパンと叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます