第41話 発砲


 南木さんが腕時計型デバイスを起動して灯りを確保する。


「通るも何も、目的地はこの先よ?」

「ここ、未完成のまま放置されてるんでしょ? 出口があるのかなって思ったり、思わなかったりーなんて」

「ある。そう報告を受けているもの」


 ああもう、そうじゃないんだって! どうしてみんな平然としていられるの⁉ 絶対人が通るような場所じゃないよここ!


「え、なに? もしかして玖城怖いの?」


 佐上さんがニヤっと笑む。


 心臓をわしづかみにされたような感覚があった。まるで子供がおもちゃを見つけたような顔。下手に弱みを見せたらいじくり回されそうだ。


 私は自分を強く見せるべく、腕を組んで胸を張る。


「こ、怖くありませんけど?」

「じゃあ行こうぜ!」


 佐上さんが私の肩に腕を回す。背中を押されて足が前に出た。


「えっ、ちょっと! ちょっとっ⁉」


 抗議の声もむなしくトンネルもどきに引きずり込まれた。


 暗い、ひんやりする。あっちこっちで鳴る靴音が、床に落としたシンバルのように騒々しい。視界がほとんど闇だから、聴覚が過敏になっているんだろうか。吹き抜けていく風の音もやたらと大きく聞こえる。


 これ現実? 何でこんな場所が世界に存在しているの? 


「なあ知ってるか? 昔、ここで死んだやつがいるんだって」

「やっ、やめてよこんなところで!」


 怪談を始めた佐上さんに抗議する。デバイスの明かりに照らされた顔はやっぱり笑顔だ。他人事だと思って!


「なんだ、やっぱり怖いんじゃん」

「怖くないもん。今は任務中だから、雑談したことを怒ってるの!」

「いやー、さすがにそれは無理があると思うよ?」


 からかいの声を無視して黙々と足を前に出す。近くにみんながいなかったら一歩も動けなかったかもしれない。


「……わっ!」

「きゃあああああああああああああっ⁉」


 悲鳴がほとばしった。


 誰の? 

 私のだ。喉が勝手に震えている。うるさい、でも止められない。喉が自分のものじゃないみたいだ。


「痛い痛い痛いっ⁉ 指に力込めるなっ⁉」

「だって! だってっ!」

「うるさい! 少しは静かにできないの⁉」


 やっぱり南木さんに怒られた。


 それでも佐上さんの腕は離さない。じっと耐えていると視界が漂白された。視界が少しずつ自然の色を取り戻し、靴裏から伝わる感触が土を踏んだことを教えてくれた。


 天然の景観が穢れていた。樹木にはえぐられた痕跡が散らばり、焦げた跡が地面を黒く染めている。動物の喧嘩では起こり得ない、人工的な破壊の痕だ。


「この辺りで間違いないわね。二人一組になったら残骸を探して。見つけたら私を呼びなさい。いいわね佐上さん?」

「はーい」


 口答えはない。念押しされても仕方ないと自覚しているらしい。ちゃんと態度にして見せてくれればトラブルは起きないのに。


「行くぞー玖城」

「え、私?」

「他に誰がいるんだよ?」


 そりゃ玖城は私以外にいないけど、トンネルで散々からかってきた相手だ。素直にペアを組むのは何か悔しい。


 私はノノに視線を振る。

 駄目だ。ノノはカリンとペアになっている。他の隊員も各々相手を見つけている。


 佐上さんかぁ。またからかわれるのかなぁ。


「そう嫌な顔するなよ。玖城が悪いんだぜ? 怯えた顔が可愛くてさ、つい意地悪したくなっちゃったんだ」

「それ褒めてないよね?」

「最高の誉め言葉だって」


 ぜんっぜんうれしくないけど、ごねて南木さんに怒られるのは嫌だ。

 もういいや、さっさと終わるように努力しよ。


 佐上さんと手分けして無人兵器の残骸を探す。


 やはりと言うべきか、この辺りは人の手が入っていない。戦いの痕跡は残っているものの、無事な茂みや樹木は伸び放題だ。視界はあまり良くないし、残骸探しは難航するかもしれない。


「ないねー」


 探すこと三十分。どこかから愚痴の声が上がった。


「機械軍に回収されたんじゃない?」

「ねーもう帰ろうよー」

「駄目よ」


 次々上がる帰還への要望が凛とした声に却下された。


「痕跡から見るに、無人兵器と交戦したのはこの辺りでしょ? もうあらかた探し回ったじゃん」

「残骸があるのはこの付近とは限らない。システムがまだ生きていて、撤退を図る途中で機能を停止したかもしれないでしょう? それに、あなたたちが見落とした可能性もある」

「なに、わたしたちのこと疑ってんの?」

「ええ」


 即答だった。何人かの視線が鋭利さを帯び、場に険悪な空気が流れる。


「ちょっと委員長ひどくない?」

「何が? だってあなたたち、ずっと雑談しながら探しているじゃない。マルチタスクはミスの元よ。それとも、自分は見落とさなかったって断言できる?」


 挙手する同僚はいない。


 私も自信がない。小さな破片が生い茂った草木に紛れ込んでいたらと思うと、さすがに断言するのは無理だ。


「アタシ自信あるよ」


 近くで手が挙がる。

 佐上さんだった。


「いいから作業に戻りなさい」

「これ以上は無駄だって」


 南木さんが女子の一人に横目を振る。


「何、逆らうの? 隊長の私に」


 同僚が悔し気に口を閉じる。


 この分隊をまとめるのは南木さんだ。言うことを聞かない隊員に対して適切な処置を行う権限がある。今南木さんに逆らうのは好ましくない。


「あれ、ちょっと? アタシのことは無視?」

「相手する価値を感じない」


 佐上さんが瞳をすぼめる。もしかして怒ったのだろうか。


 雰囲気の変化に気付いたのだろう。南木さんが振り向く。佐上さんの表情を見て口端を吊り上げた。


「なに、怒ったの? あんたが悪いのよ。普段の行いが――」


 佐上さんが腕を振る。


 私は目を見張る。佐上さんの手にはハンドガンが握られていた。


「佐上さん!」


 止めなきゃ。

 思った時には、すでに引き金が引かれていた。

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