第35話 レポート


「雨、あがったなぁ」

「ぼーっとするな。真面目に仕事しろ」

「へーい」


 人類軍の拠点は森から離れた位置にある。監視用の高台で談笑する二人は、不穏因子を見つけた際に報告する見張り番だ。


 森は視界が悪い。動く物体があっても見落とす可能性がある。


 ヒューマンエラーを減らす意図で、森にはサーモカメラが設置されている。対象の温度に応じて色彩をつける代物だ。


 生物や無人兵器問わず、動く際には熱が発生する。


 森に紛れても見つけるのは容易い。異物を確認次第、拠点の入り口に控える同僚が迎撃する。敵が接近してもすぐに対応できる構えだ。


「ん?」


 ピピっと電子音が鳴り響いた。宙に長方形が浮かぶ。


「どうした?」

「センサーに反応があった。何か来る」


 空気が緊迫する中、カメラからの映像がウィンドウに出力される。人の形をした赤色が木々に紛れてうごめく。


「何だこりゃ、アンドロイドか?」

「いや……体温のパターンからして、人だぞこれ」

「は? 何で人がこんなところを通るんだ?」

「知るか」


 男性が柵に身を乗り出して腕を振る。下で待機する同僚に接近者の存在を伝え、肩に掛けた得物の安全装置を外して目を凝らす。


 森から人型が出てきた。異様にゆっくりとした動作で雑草を踏み締める。

 

 少年だ。小さな人影を背負っている。身なりは赤や茶色にけがれ、無傷な箇所を探す方が難しい有り様だ。


 男性が目をく。


「子供じゃないか! 助けないと!」


 下へ向かおうとした矢先、同僚の腕が男性の手首をがっしりとつかんだ。


「バカか⁉ 機械軍の少年兵だったらどうする! 下手に近付いたら撃たれるぞ!」

「あんな状態で銃なんか持てるわけないだろう! 俺は行くぞ!」

「見張りはどうするんだ⁉」

「お前一人で十分だろ!」


 男性が腕を振り切って階段を駆け下りる。医療班と連絡を取り、人員をよこせと要求する。


 男性が駆け付けた頃には、武装した人員が少年に接触していた。警戒のためか、少年の頭部に銃口を向けている。


 少年は地に伏して動かない。傷のほとんどは銃創じゅうそう。相当な修羅場を越えてきたことがうかがえた。


「こいつ、何たってこんなとこに」

「さぁな。いずれにしても、この戦闘服は機械軍所属の少年兵が着てるやつだ。ここでやっちまうか?」


 頭上で物騒な会話が繰り広げられているにもかかわらず、少年も少女も微動だにしない。


 微かに呼吸音が聞こえる辺り、辛うじて生きてはいるのだろう。反応もできないほど疲弊ひへいしているようだ。


「やめろ! 相手は子供だぞ!」


 男性が腕を伸ばして銃口を横に逸らす。

 舌を打つ音が空気を震わせた。


「子供でも兵士だぞ。仲間が何人やられたと思ってやがる」

「この少年がやった確証はあるのか? 見ろ、小さな女の子を背負ってる。きっとプランテーションから脱柵してきたんだ。俺達を攻撃するわけがない」

「その保証もねぇぞ」

「どっちにしても詳しく話を聞く必要がある。機械軍の情報を引き出せるかもしれない」

「ちっ」


 少年に向けられた銃口が一斉に逸らされる。

 男性が腰を落とす。


「少年、俺の声は聞こえるか? さっき医療班を呼んだ。駆け付けるまでこらえろ」


 微かに少年の頭部が持ち上がった。虚ろな瞳が男性を捉える。


「ミ……ナ。やった、よ」


 風に溶けそうな声を耳にして、男性は口を閉ざす。思わず呼び掛けをためらうほど、少年の表情は優し気に緩んでいた。


 ◇


 新潟県基地付近にて、一人の少年と一人の少女が保護された。少年が身に付けていた衣服より、プランテーションから脱柵した少年兵と推定。体には幾多もの銃創じゅうそうおよび切創せっそうが見られ、医療班は一刻を争う状況と判断。身柄は病院に緊急搬送された。後日医療用ナノマシンで一命をとりとめたことが判明。意識が戻り次第、事情聴取する予定である。


 少女の方は保護した二日後に意識が戻った。少女の証言により二名の名前が判明した。以後少女をツムギ、少年を解代ジンと記載きさいする。ツムギは自身が解代カイの娘だと主張した。DNA鑑定の結果、両者の間に血縁関係は確認されなかった。精神鑑定の結果は異状なし。記憶にも欠落は見られない。プランテーションにて構築された関係と思われる。


 ツムギは電子技術に強い興味を示した。IQテストを実施したところ、非常に高い知能指数が確認された。ギフテッドの可能性あり。検査が終了次第、残喜院ざんきいんに入所させる予定である。


 以上、報告終了。

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