第32話 仲間殺し


 ミカナの呼び掛けを無視すること数十秒。視界に追っ手の姿が映った。


 数は六人。アサルトライフルのグリップを握り締め、つかず離れずの距離で森の地面に靴跡を刻む。寮で見たことのある顔ぶればかりだ。


「はぁ……っ」


 俺は木陰に隠れて深く空気を吸い込み、脳に新鮮な酸素を送る。


 ミカナとツムギの命は、俺にとって同僚数百人の命よりも重い。どちらを生かすかと問われれば、俺は迷いなく前者を選ぶ。


 失敗すれば俺一人の命じゃすまない。殺すか、殺されるか。ここが覚悟の決め時だ。


 そうだ。ミカナとツムギは関係ない。


 俺は、俺のためにこいつらを殺すんだ。


 目を見開いて踏み出す。茂みに隠れて追跡班の死角に回り込み、頭部に照準を合わせて人差し指を引く。


 乾いた破裂音が森の中を駆け巡った。元同僚だったモノが人形のごとく崩れ落ちる。


「何だ⁉ ぐあっ⁉」

「てめぇ! やりやがったなちくしょう!」


 存在がばれた。

 すぐに引っ込んで頭を下げ、茂みに紛れて移動する。


 弾幕が茂みを蜂の巣に変えた。枝葉のバリケードも、鉄を貫く弾の前では紙同然だ。天然の防壁は目くらましにしかならない。


 ならば目くらましに使うのみ。緑に紛れて次のポイントへ移動する。


 俺の得物はハンドガン。相手は突撃銃。いくら少年兵最強を誇る俺でも、真正面からでは劣勢をしいられる。


 幸い、周りは樹木であふれている。銃弾による攻撃は点。しっかり狙わないと当たらない。ここまで近付けば射程の差は気にならないし、アサルトライフルならではの連射力も宝の持ち腐れだ。


「くそ、どこ行きやがった!」 


 俺は物音を殺して四人の背後に回り、ハンドガンのトリガーを引き絞る。

 三人目の頭が爆ぜた。飛び散った体液が地面に水玉模様を付け加える。


 四人目を亡骸に変えたところで、手元のハンドガンが飛び跳ねた。


「ぐっ⁉」


 うめき声が口を突いた。運悪く、闇雲に発射された弾が銃身に当たったのだろう。吹き飛んだ銃が茂みに消えて左手がフリーになった。


 俺は体を起こして疾走する。残った右の銃で牽制しつつ最寄りの樹木まで走る。


 俺のハンドガンは規格化された代物。マガジンに詰め込める弾数は元同僚も知っている。

 残弾数は残り三発。俺が相手の立場なら装填の機を逃さない。


 案の定二人が足を前に出す。


「いいぜ、来いよ」


 木陰に隠れながら腰を落とし、手頃な石を拾ってズボンのポケットに突っ込む。残りの三発を撃ち切り、体を晒さないように木を登る。


「もらった!」


 二人が勢いよく飛び出した。俺が元いた場所に向けて発砲する。

 勝ち誇った笑みが驚愕に変わった。


「いない⁉ どこだ⁉」


 俺は石を握り締め、太い枝から飛び降りて腕を振り上げる。


「がっ⁉」


 鈍い感触があった。一人が地に伏し、割れた頭から血がほとばしる。

 それが目に入った。反射的にまぶたが閉じる。


 それは一瞬。


 されど一瞬、確かな隙。思わず動きを止めた俺に、アサルトライフルの銃口が向けられる。


 死ぬ――。

 思った時には、手が石を放っていた。


「ぐ、ああああああああっ⁉」


 元同僚が顔を押さえて仰向けに倒れ、土の上で悶絶もんぜつする。ぶれた銃口から飛び出た弾が俺のこめかみ近くを通過した。熱さに遅れて滴が頬を伝う。


「はぁ、はぁ……っ」


 俺は息を整えて新たな武器を探す。別の石を拾い上げ、のたうち回る元同僚に歩み寄る。


 最後の一人に狙いを定め、おもむろに腕を掲げる。


「俺達の、邪魔をッ……するなアアアアアアアアアアッ!」


 獣のような咆哮ほうこうが喉を震わせた。それは人殺しとなったことへの慟哭どうこくか。追い掛けてきた敵に対する憎悪か。もはや俺自身にも分からない。


 ただ一つ明言できるのは、六人目が息絶えたという事実だけだった。


「はぁっ、はぁっ」


 頭がクラクラする。視界が星空のごとくまたたく。肺が収縮を繰り返して、ひたすら酸素を求めている。


 反対に、喉は込み上げる何かの嘔吐を望んでいる。もはや均整が取れていない。心も体もボロボロだ。


「――銃声がしたぞ! あっちだ!」


 体が跳ねた。思考が再び戦闘モードに切り替わる。


 武器は問題ない。無力化した相手から奪えば事足りる。代物はアサルトライフルだ。さっきよりも楽に立ち回れる。


 一方で体力がもたない。これまでの長距離移動に加えての孤軍奮闘。体には相当な疲労がたまっている。最後まで立っていられるかどうか怪しい。


 まだ戦えるのか?

 それができないなら、動けないミカナを連れて逃げられるのか? 


 無理。不可能。むりムリMURI無利務RI武利R胃無理――。


 我に返った。頭を振り回して絶望的な未来図を振り落とす。


「戻ら、ないと」


 つまずきそうになりながら元来た道を戻る。

 相変わらず、ミカナとツムギは地面にへたり込んでいた。


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