第20話 謝れ


「運に見放されたなぁ! 日頃の行いが悪いからだぞぉッ!」


 気付かれた。レオスが口端を吊り上げて引き金に指を掛ける。 

 一足早く引き返した。ゴム弾が戦闘服をかすめる。


 位置がばれた。靴音を忍ばせても意味はない。ハンドガンの故障に舌打ちして元来たルートを逆走する。


「あははははっ! 鬼ごっこぉ? いいねぇ!」


 対戦相手の嘲笑を無視して脚を動かす。射線を通さないために角を曲がる。


 ここが戦場なら運が悪かったで終わる。機器にこういったトラブルはつきものだ。それも仕方ないと諦められる。


 だがこれは試合だ。対戦相手は他ならぬレオス。玖城さんに負けるなり精神的嫌がらせを仕掛けた卑怯者だ。勘繰るなと言う方が難しい。


 他にも何か細工がされているかもしれない。決闘を長引かせるのは愚策だ。腹をくくって踵を返し、レオスの笑い声が上がる方向へと走る。


「お、来るかぁ? いいよ来いよぉ!」


 靴音で接近を悟ったのか、レオスが声を裏返らせて挑発した。

 その声がレオスの位置を正確に教えてくれた。正面の壁に迫って跳躍し、手を壁の上面に乗せる。疾走の慣性のままに駆け上がる。


「へ?」


 壁の上から見下ろすと、レオスが間抜け面を晒していた。右方向に銃口を置き、曲がり角に照準を合わせている。馬鹿正直に道から出てくると思ったのだろう。意表を突かれて目を丸くしている。


 俺はレオスの顔面目掛けて腕を振りかぶり、銃型の出来損ないを投擲する。ぐるぐる回転するそれが銃身で受け止められ、硬質な音を鳴らして地面の上を滑る。


 その代償に、レオスのハンドガンが明後日の方向を向いた。すかさず壁の上面を蹴り飛ばし、レオスの顔面目掛けて脚を伸ばす。


「ぶごっ⁉」


 靴裏が頭部にクリーンヒットした。恵体がよろめくものの、ハンドガンは握られたままだ。

 すぐに踏み出して掌底を突き出し、今度こそ手から銃器を叩き落した。


「こ、この――ぶへッ⁉」


 腕の引き戻しを兼ねた肘打ちで黙らせる。

 

 先程の蹴りはもちろん、肘鉄での一撃もプロテクターによって妨げられた。大してダメージは入らないが、衝撃までは殺せない。レオスが体勢を崩してよろける。


「ぐっ、くそッ!」


 レオスが腰元に腕を伸ばす。伸ばされた先にあるのはスタンバトン。対人に特化した、対象との接触時に電流を流す棒状武器だ。


 得物はゴム弾のみ。明らかにルールを逸脱している。


 しかし周りは壁だらけだ。審判には見えていない可能性がある。俺とレオスの間に距離はない。下手に手を抜いてやられるよりは絶対の優位を確立すべきだ。


「むごっ⁉」


 拳がレオスの頬に突き立った。引き抜かれたスタンバトンが手を離れ、重力に引かれて人工的な地面に接触する。

 すぐさま靴の側面でバトンを蹴り飛ばし、得物回収の選択肢を封じる。


「く、そがああああアアアアアアアアアッ!」


 レオスが腕を振りかぶる。


 大振り。ユウヤに喧嘩を仕込まれた俺にとって、稚拙な振り抜きの回避は容易だ。手甲でサッと弾いて筋肉質な腕をたぐりよせる。左手でレオスの肩を押さえ、関節を極めて頭を垂れさせる。


 対人格闘を習っておいてよかった。亡き兄に感謝を捧げて左脚を振り上げる。


「ぼがァッ⁉」


 蹴り上げた拍子に関節技が解けた。拘束こそ解けたが鼻は人体の急所。鍛えている人間でもすぐには迎撃態勢に戻れない。


 距離を詰めてインファイトに移行する。

 

 みぞおち、あご、右肋骨、右わき腹。間髪入れず拳で肉を打つ。レオスのよろめきで距離が生まれたのを機に体全体を回転させる。


 遠心力を付けた踵が憎たらしい顔に命中した。対戦相手の体が無様に地面を転がる。距離を詰めて上に乗っかり、俗に言われるマウントポジションを取る。


「一応聞いてやる。降参するか?」

「する、かッ」

「そうか」


 拳を振り下ろす。何度何度も体重を乗せて腕を突き出す。

 レオスが芋虫のようにもがくものの焼け石に水。喧嘩でマウントを取られたらそう簡単には逆転できない。レオスにできることは残されていない。


「も、もう、ゆる、して……」


 拳を打ち付けること数十回。レオスが許しを乞うた。


 プロテクターのおかげで醜悪な顔は無傷に近い。むしろ殴っている俺の手がダメージを受けている。皮はむけて血だらけ。ポタポタと垂れる液体が地面を汚す始末だ。痛みをあまり感じないのは、脳から迸るアドレナリンのせいだろう。意識はいまだ激情で塗りたくられている。


 俺は相手の胸倉をつかみ上げる。


「俺じゃないだろう、お前が謝るべき相手は」

「へぇっ?」


 間抜けな顔に疑問符が浮かんだ。

 俺はまぶたを限界まで開き、観戦者のいる方向に向けて指を差す。


「玖城さんだ! 玖城さんに謝れッ‼」

「は、はイィィィィッ⁉」


 レオスの上からどく。

 敗北者が向き直り、深々と頭を下げる。


「ご……ごヴぇんなさいいいいイイイイイイイイッ!」


 張り上げられた謝罪の声は、ガラス張りの向こう側には聞こえない。

 

 一方で決闘模様はモニターを介して観戦できる。深く下げられた頭を見れば、何を言っているのかくらいは察しが付くだろう。


 ルームメイトはレオスの謝罪を見ただろうか。俺にはそれだけが気掛かりだった。


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