第14話 楽しみになった帰路
一機。二機。敵を見つけてはトリガーを引く。貫通力のある弾が装甲の隙間に吸い込まれ、タル型の兵器から煙が噴き上がる。
戦場で何度も行った所作。俺は達成感に浸ることなく、次の標的を求めて樹木に紛れる。
俺は天才だと自負している。トリガーを引くたびに、弾が狙った位置に吸い込まれる感覚がある。何度反復練習しても百発百中はあり得ないが、俺は違う。他の同僚にはないセンスを明確に持ち得ている。
ゆえに首席。だからこそのファースト・マント。今でこそ黒いマントは外しているものの、解代ジンの名前は同僚の間で知れ渡っている。
いい意味でも、そして悪い意味でも。
「また一人でやりやがったな。いい加減俺達にもやらせろよ」
年の近い少年が眉根を寄せる。呆れ半分。諦め半分。他の隊員の顔にも似たような表情が貼り付いている。
呆れと諦め。どちらも向けられていい気分にはならない。単独行動に慣れた俺でも不快なものは不快だ。横目を向けて牽制する。
「俺から奪いたいならもっと速く来い。お前達は遅すぎる」
「へーい」
気のない返事。例の理不尽な少佐が聞けば怒号ものだ。この作戦において俺は班長を務めている。気の抜けた返事に対して苦言を呈する権利がある。
それを踏まえた上でスルーした。事務的に点呼を取り、車両を待たせてあるポイントに足を運ぶ。窓のない車両の中に靴跡を刻み、戦地を後にして車両に揺られる。
作戦で疲労がたまっている。車内で目を閉じる人影は多い。車のエンジン音やガタゴトとした音が響くばかりだ。
任務帰りの車内。俺はこの時間が好きだった。誰も談笑しない。まぶたを閉じる同僚からは認識されない。疎外感を覚えることのないこの時間だけが、かつての俺を救ってくれていた。
体に掛かっていた慣性が停止する。外と内を隔てる扉が開いてまずい外気が雪崩れ込む。
俺はコンクリートの地面に靴裏を付け、月光を浴びながら再度点呼を取る。全員いることを確認して解散を告げ、副班長に些細を任せて建物へと踏み出す。
無人兵器の撃破数は俺がダントツだ。戦場で役に立たなかった分、他の人員にはここで働いてもらう。
理由がそれだけなら、俺も残って後処理をしただろう。面倒事を押し付けて一人帰宅することには多少思うところがある。
同僚相手に罪悪感など不要。俺は自分に言い聞かせて昇降口に踏み入る。
孤独を好む変わり者。それが周りから見た俺の評価だ。多くの時間を独りで過ごすさまを見れば、そういう風に見られても仕方ない。
実際は逆だ。俺は自分から孤立したわけじゃない。理不尽に人の輪から叩き出されただけだ。過去の出来事は今なお俺の中でくすぶっている。二度と誰かに気を許すことはないと、直感めいた確信を持っていた。
その認識は合っていたのか、最近は時々分からなくなる。
訓練をサボって死に場所を探す。今はそんな生活に抵抗を感じる。むしろ自室へ向かう際には足を速めることが多くなった。
それが何に起因するのか見当は付いている。ここ最近で変わったことは一つしかないのだから。
俺は廊下を走りながらポーチに手を突っ込む。鍵を引き抜き、玄関のドアの差し込み口に挿し入れる。
デジタルがはびこる世の中、堅牢な電子ロックもクラッキングで突破される。人工知能の反乱によって、デジタルの普及で廃れたアナログ的手法が再評価された。時代遅れが最先端技術に対するカウンターになったなどと、聞けば何とも皮肉な話だ。
安全性と引き換えに、いちいち開錠するのは手間が生じる。不便ではあるものの、俺には味方がほとんどいない。面倒と引き換えに安全を付加された部屋は都合がいい。とばっちりでミカナとツムギに危害が及ぶリスクも抑えられる。
玄関のドアを施錠してスリッパに足を差し込む。灯りの方へと歩を進め、廊下とリビングを隔てるドアを開ける。
「ただいま」
発して自然と口角が上がる。
ルームメイトの微笑みに出迎えられた。
「おかえり。怪我はなかった?」
「ないよ。ツムギはどうしてる?」
「自室で寝てる。さっきまで解代くんを待っていたんだけど、眠っちゃったからベッドに寝かせたの」
「そうか」
おかえりを聞けなくて寂寥感を覚えたのに、待っていたと聞くとほっこりするから不思議だ。
「解代くん。帰宅したばかりで悪いんだけど、伝えておかなきゃいけないことがあるの」
「何だ?」
「私達が本当の両親じゃないって、ツムギちゃんに伝えた」
息が詰まった。
俺と玖城さんは偽物の親だ。二人で話し合い、意図してその情報をツムギに伏せた。その決定をくつがえしたのなら相応の理由が要る。
何故そんなことを? 反射的に玖城さんを責めそうになって、寸でのところで思いとどまる。
玖城さんとはそれなりの時間をともに過ごした。このルームメイトは、考えなしに重要事項を暴露するような人じゃない。
ならば問うべきは別のことだ。俺は強張りそうになる口を開く。
「ツムギは、何か言ってたか?」
嘘をついたのだ。騙された側は面白くないだろう。
俺達が騙ったのは、ツムギが愛してやまない両親。その重大さを考えればツムギに嫌われてもおかしくない。
ツムギには両親が必要だ。そう判断されたからこそ、俺は二人と共同生活を送れている。
ツムギに拒絶されたら両親を演じる意義はなくなる。この共同生活も終わってしまう。その末路を悟って拳を固く握り締める。胸中がかき混ぜられたような感覚に耐えて、玖城さんからの言葉を待つ。
「特別なことは何も。血が繋がっていなくても、私達を両親として想ってくれるみたい」
「……そうか」
内心ほっと胸を撫で下ろす。体から余計な力が抜け、危うく床に崩れ落ちそうになった。男の矜持でスリッパの裏を床に押し付ける。
「実は、ツムギちゃんがもう一つ言っていたの。解代くんのことなんだけど」
「俺?」
「うん。かなりプライベートな話だから聞こうか迷っていたの。聞くだけ聞いてみていいかな?」
「いいよ。話したくなければ拒否するから」
俺は自室へと歩を進める。短い話なら入浴の支度をしながらでもできる。作戦帰りでお腹もぺこぺこだ。夕食のメニューに想いを馳せる。
「じゃあ聞くね。解代くんのお兄さんが鬼籍に入ってから、流れ弾のきっかけになった人が消えたって本当なの?」
足が止まる。独立した意思をもって硬直したかのようだった。
玖城さんが告げたのは、俺がツムギに話した内容だ。小さな子供には理解できないと高を括って身の上話をしたが、見事に裏目に出たらしい。自分の軽薄さを今さらながらに後悔した。
栗色の瞳に見つめられ、返答を迷った末に首肯する。
「本当だよ。そこまで聞いたなら、それが孤立する理由になったことも知っているんだろう?」
「うん」
俺はルームメイトの視線を真正面から見つめ返す。
玖城さんの表情は真剣そのもの。興味本位で聞きたがっているようには見えない。
俺は小さく息を突く。
「この際だし、君になら話してもいい。ただ聞いて気分が悪くなるかもしれない。それでも聞きたいか?」
端正な顔が縦に揺れる。
「聞きたい。私は解代くんのこと、もっと知りたいから」
恥ずかしげもなく言い切られた。頭がふわっとした次の瞬間に憂鬱が湧き上がる。
ここまで意思表示されてしまったら誤魔化しは利かない。今から全部なかったことにするには、玖城さんの存在はあまりに大きくなり過ぎた。
「……少し長くなる。リビングで話そう」
「じゃあお茶淹れてくるよ」
「頼む」
俺は洗面所で手洗いとうがいを済ませ、先にリビングへとスリッパを進めた。
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