第7話 あなたのパパとママですよ
「それで、何でここに来たの?」
玖城さんがぷんぷんしていた。両腕を組んで俺を睨み付けている。
その理由は俺にも想像が付く。大方下着姿を堪能したことが原因だ。
俺は間違っていない。部屋を指定したのは上官だ。メールに記載された日時に、新たな自室を訪れたにすぎない。その律義さと素直さが報われて眼福を得た。まとめればそれだけのことだ。
もちろん心からそんなことは思っていない。せめて誤解は解いておこうと弁解を試みる。
「ここは俺の部屋だぞ? 入室するのは当然だ、と思う」
「何を言ってるの? ここは私の部屋よ」
玖城さんが堂々としている。何故か自信に満ちあふれている。
さすがに呆気に取られた。負い目からため息は自重して口を開く。
「何を言うかと思えば。それはないよ、ここを指定したのは上官だぞ?」
上官からのメールを見てもらわないことには始まらない。俺は左手首の腕時計型デバイスに触れる。デバイスのカメラがARマーカーを捉えて電子パネルを出力し、室内に青緑の長方形を出力する。右手を軽く振って青緑の長方形を半回転させ、玖城さんが見やすいように角度を調整する。
「ほら」
「ん~~?」
玖城さんが瞳をすぼめてメールの内容を視認する。
いぶかしむ表情に困惑が浮かぶ。
「本当、だね」
「な?」
意図せず口角が上がる。次いで飛び跳ねたい衝動に駆られた。他者にこだわらない自分が、どうして玖城さんからの評価を気にしたのか。そんな疑問はささいなことだ。
俺はのぞき魔じゃない。この場においては、その事実こそが最も重要なのだから。
「さあ、もう分かっただろう? ここは俺の部屋だ。荷物を整理したら自分の部屋に戻ってくれ」
「ちょっと待って」
玖城さんが自身のデバイスに触れる。細い指が軽快に動き、新たな電子パネルを現出させる。俺が見せたメールと同じく電子的な文字が連ねられた。
「これ見てよ」
「ん……んんっ?」
俺は見間違えを疑って目を瞬かせる。
玖城さんに見せられたのは、三日前に彼女の上官から送られたメールだ。電子的な文字が、玖城さんに今いる部屋への移動を命じていた。
「何で俺と同じ部屋が指定されてるんだ?」
「こっちが聞きたいわよ」
考えて答えが出るはずもない。俺は上官にコールを掛ける。
すぐに繋がった。スピーカーモードに変更し、玖城さんにも聞こえるように取り計らう。
「解代少尉か。みなまで言うな、用件は見当がついているぞ」
「え?」
驚きが俺の口を突いた。たった今起きた出来事を上官が知るはずはない。
デバイス越しの声が淡々と告げる。
「メールに記された部屋番号は間違っていない。解代ジン、玖城ミカナ。両名には、本日よりその部屋で共同生活をしてもらう」
「……は?」
口から間抜けな声が飛び出した。
状況がまるで分からない。玖城さんも目の前で唖然としている。
「何だ、その腑抜けた返事は? イエスと言え」
「イ……いやいやいや、ちょっと待ってください! どうして俺と玖城さんが同じ部屋を使わないといけないんですか?」
「知らん。この決定は私が下したものではない。上官命令というやつだ」
「では、その上官にお目通りをお願いしたく存じます」
「バカを言え! そんなことをしたらお前、俺の管理能力が疑われちゃうだろうが」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう……」
思うところをこらえきれずに語尾が濁った。ため息を突かなかった自分を褒めてやりたい。
ホログラムの男性がコホンと喉を鳴らす。
「とにかく、これは決定事項だ。程なく三人目が来る。仲良くやるように」
「……ん、今なんと?」
通話が切れた。予想だにしなかった捨て台詞が脳内でリピートされ、思わず玖城さんと顔を見合わせる。
コンコンコンと、ドアの方から軽快な音が鳴った。
「どうぞ」
ドアノブが下がり、廊下を背景に大小の人影が現れる。スーツ姿の女性が会釈し、俺と玖城さんの顔を一瞥する。何故かきょとんとして立ち尽くした。
「あの、何か?」
「いえ、何でもありません。子供保護センターの三上です。解代ジン様、玖城ミカナ様、以上二名のお部屋でよろしかったでしょうか?」
「え、ええ。そうみたいですね」
ミカナが覇気のない返事をした。その視線は発言者たる女性に向けられていない。俺と同じく、スーツ姿の横を凝視している。
天使が立っているかと思った。五歳くらいだろうか。茶髪を左右に結った少女が大きな目をぱちぱちさせる。
ふと脳裏に小屋で見た女の子の姿が想起される。同性にして同じくらいの年齢だが、同じ生き物とはにわかに信じられない。
住む環境が違う。
たったそれだけのことでここまで変わってしまう。つくづく世界は残酷なのだと実感させられた。
女性がしゃがみ、視点の高さを女の子に合わせる。
「ツムギちゃん、あなたは今日からここに住むのよ」
「ここがツムギのお部屋なの?」
「そう。そしてあの二人が、あなたのパパとママですよ」
「…………
…………」
口が俺の意思に関係なく開いていく。その感覚があるのに、眼前で行われた会話は突っ込みどころ満載なのに言葉が出ない。脳が状況の理解を拒むとどうなるのか、身をもって体験した瞬間だった。
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