第6話 小屋の少女
「パパ? ママ?」
小さな女の子だ。ボロボロの衣服をまとってベッドの上に鎮座している。顔立ちこそ悪くないものの、痩せこけているから見た目が悪い。ろくに食事も取っていないのが見て取れる。
すぐ違和感を覚えた。
女の子の視線が俺達の左側に向けられている。呼び掛けたのだから女児の意識は俺達に向けられるはずだが、よくよく見ると目の焦点が合っていない。ただならぬ事態を感じさせる様相だ。
「この子、目を患っているのかな?」
「玖城さんの声に反応を示さない辺り、たぶん耳もだな。一応聞くけど、玖城さんに子供は……」
女の子はママと言った。俺と玖城さんの年はそれほど離れていないはずだが、いないとは断定できない。
「張り倒すよ?」
凍てつくような視線に刺し貫かれた。俺は素直に頭を下げる。
「ママって言うから確認しました。ごめんなさい」
「それを言ったら解代くんだってパパじゃない」
「俺は独り身だ」
「私だってそうよ」
言い争ってもキリがない。俺はハンドサインで外に出る旨を伝える。二人で元いた部屋に引き返し、腕時計型デバイスを介して上司と連絡を取る。
「こちらマント1、コマンダーへ。捜索エリアにて小屋を発見。中を改めたところ少女を一人発見した。盲目と難聴を患っていると思われる」
「親は確認できるか?」
「辺りには見当たらない。少女は痩せこけており、数日の間放置されていると推測される。両親は少女を捨てて逃げたか、どこかで力尽きたと思われる」
「了解した。エリアマップの情報を更新する。指定したポイントに車を向かわせるから、その少女を連れて帰還しろ。ただし機械軍の工作が疑われる。念のため少女の体をスキャンし、布か何かで目を覆ってから来るように」
「了解。デバイスでスキャンしたのち、ハンカチで目を覆ってから向かいます」
俺は通信を終えて子供部屋に戻る。命じられた手順をこなして小屋を後にした。
◇
俺達は指定されたポイントに足を運び、窓のない軍事車両に乗って拠点まで戻った。
少女の身柄が別の施設へ移送となってから三週間が経過した。月が替わり、ファースト・マントの特権行使回数が三回に回復した。
あれから少女に会っていない。発見した当時は見るからに栄養失調だった。目が見えない。耳も聞こえていたかどうかは怪しい。医療機関で適切な処置を受けるべきだが、正直期待はできない。
このご時世だ、孤児は掃いて捨てるほどいる。一人に高額の治療費が捻出されるとは思えない。少年兵の俺達にできるのは、あの日見た物を忘れるように努めることだけだ。
そんな毎日に変化があった。上官から部屋の変更を言い渡されたのだ。
元いた部屋に愛着はない。俺はすぐに応じて新しい部屋を目指す。移動先の部屋は元いた部屋の三倍以上は広いという。快適な生活が約束されているも同然だ。
「ここか」
足を止めて部屋の番号を視認する。指定された部屋だと確信して、室内に続くドアノブをひねる。
「え?」
今時アナログなドアだなぁ。そんな感想が一瞬の内に消し飛んだ。
室内に栗色の髪が垂れていた。白磁のような肌、清涼感のある水色の下着。清楚な色合いとは対照的に、艶めかしくも扇情的な美しさが俺の視線をつかんで離さない。
「ひっ」
やわらかそうな頬に茜色が差す。その表情を前に、不覚にもそそるものを覚えた。玖城さんが女性であることを否応なしに意識させられる。
「ご、ごめん!」
慌てて室内と廊下を一枚のドアで隔てる。
「ここ俺の部屋だよな⁉」
自分以外の何かに責任を求めて、三日ほど前に受信したメールの文章を視線でなぞる。次いで部屋のプレートに記された数字も再確認する。
「……あってるじゃん」
やはり正しい。俺は何も間違わない。眼前にある部屋こそが、自分に用意された新たな自室なのだ。数秒前の不可解な光景はきっと夢だ。
女性の着替えをのぞいた不届き者はいない。俺は気持ちを新たにしてドアノブをひねる。
「せめてノックくらいしなさいよ!」
ピンク色の枕が飛来する。顔面で受けて転倒する羽目になった。
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