第4話 罰則
「暇だなぁ」
俺は呟いて頭上を仰ぐ。
視線の先で広がるのは、葉と枝が重なり合ってできた緑の天井。枝葉の隙間からは木漏れ日が差し込み、光降り注ぐ箇所は妖精が踊りそうな雰囲気で満たされている。
踏み出した先でパキッと音が鳴る。
軽快な音に反応する影は見られない。この場は敵がいないと判断されたエリアだ。獣はともかく、無人兵器が茂みに潜む可能性はゼロに等しい。
だからこそ俺はここにいる。これは懲罰だ。射撃訓練中に昼寝をした間抜けに課された、どうあがいても撃破数を稼げない罰ゲーム。同僚の大半は今頃ほくそ笑んでいることだろう。
「まさか、君が俺のことをチクるとはなぁ」
俺は横目を振る。
肩を並べて歩くのは次席の少女だ。制服とマントで着飾っていた気品ある姿から一転、機能性を重視した装いを身にまとっている。防寒用のパーカーにショートパンツ。すらっとした脚はコンバットレギンスとコンバットブーツで彩られている。いずれも耐久性、防水性に優れた装備の数々だ。
新雪のように白い頬が小さく膨らむ。
「チクるって、人聞きの悪いことを言わないでくれる?」
「でも本当のことじゃないか。現に俺も罰をくらってるし、君が話したんだろう? 俺も中庭にいたって」
「ええ」
次席の表情に逡巡は見られない。悪びれないその態度にげんなりする。
「本当に特権で相殺されるとは思わなかったよ。風邪を案じてマントを掛けてあげたのに、恩を仇で返されるとはな」
「恩? よくそれを私の前で言えたね。寝ている私を放って立ち去ったくせに」
艶やかなくちびるが尖りを帯びる。
俺が立ち去ったのは本当だ。やろうと思えば、寝ている玖城さんを揺り動かして起こすこともできた。それを実行するには、あまりにもタイミングが悪かっただけだ。
太ももパニックを体験したせいで、寝ている次席を眺めると変な気分になった。呼吸に応じて上下するふくらみや桜色のくちびる。それらがもたらすブラックホールじみた引力に視線を吸い寄せられて、無防備な体に触れることはためらわれた。体を冷やさないようにと、ファースト・マントを掛けて立ち去るのが俺の精一杯だった。
次席にはそれが心底不服だったらしい。セカンド・マントの特権で特権を無効化され、俺は訓練を怠けたツケを払わされている。誰に説明されたわけではないが、俺は現状をそんなふうに捉えている。
「ねぇ、何で私を起こしてくれなかったの?」
まさか本当のことを打ち明けるわけにもいかない。俺は適当に言葉を繕う。
「だって、君は気持ちよさそうに寝てたじゃないか。そもそも熟睡するまでが早すぎるんだよ。夜更かしでもしていたのか?」
「まあ、ちょっと。ほんのちょっとね」
優等生の視線が宙を泳ぐ。
絶対嘘だ。そう指摘しかけて、その確信を胸の内にとどめた。
嘘は世の中を回す潤滑油だ。相手に話を合わせることこそ、事を穏便にすませる最善択だと信じる。優等生の夜更かしを知ったこともこの場限りにするべきだろう。
俺は肩を上下させて気分を切り替える。
「もういいよ、終わったことだしな。俺は君の密告を水に流す。君は俺が起こさなかったことを忘れる。それでいいか?」
「別にいいけど、私が話さなくても結果は変わらなかったと思う」
「何で?」
「何でって、解代くんがかけたのはファースト・マントなのよ? あなた以外に誰が掛けるって言うの?」
「……あー」
今さらながら合点がいった。ファースト・マントは首席の証。そんな物を現場に残すなど、俺もその場にいたことを自白するようなものだ。
何という間抜け。自分が自分じゃないみたいだ。
(動揺してたんだなぁ、俺)
感慨深くなって天然の天井を仰ぐ。
仕方ない、だって男の子だもん。魅惑の白い太ももを想起し、自身の不甲斐なさを正当化する。
ファースト・マントの譲渡は規則で禁じられている。特権で訓練をサボったとして、マント絡みの処罰は免れない。単独での探索任務を命じられる可能性は大いにあった。
未開拓地域は広い。独りで遂行するなら最低一回は野宿が確定する。
俺の主食は完全栄養食だ。栄養素が詰まったスティックを三個かじって一日の食事を終える。そういった日々を繰り返してきた。
食事面は問題ない。
変わるのはそれ以外。俺は汗をかいたまま寝ることに不快感を覚えるタイプだ。お湯で汚れを落としたい。石鹸で清潔さを保ちたい。日帰りの方が野宿よりは不快な思いをしなくて済む。
「玖城さん、もしかして」
独りで作業しなくてもいいように計らってくれたのか?
俺は問おうとして口をつぐむ。今の自分が好印象を向けられるとは思えない。嫌われ者が善意を期待するなど滑稽にも程がある。
「何?」
「何でもない」
俺はかぶりを振って、あり得ない想像を頭の中から振り払った。
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