第46話 キャンプで食べる指の味


 ちょっとしたスペースに大きなキノコが伸びていた。


 カーキ色の菌糸に見えたそれはテントだ。大きいとは言えないけど、わたしと少年が入れるくらいの広さはある。


 周囲を視線で薙ぐ。


 何でもいいからやることが欲しい。役割がある内は見捨てられないはずだ。


 茶色の束が目に留まり。枝が積み重なって山を作っている。


 閃めいた。


「わたし枝を集めてきます!」

「それはありがたいな。ちょうど焚火の準備をしていたんだ。たくさん集めてきてくれると助かるよ」

「はい! 任せてください!」


 駆け足。見捨てられてなるものかと、一生懸命木っ端を拾い集める。


 腕いっぱいに枝を集めてテントに戻る。


 わたしの腕が短いことは気にしない。体が小さい分、少年からは多く集まったように見えるはずだ。


 予想通り少年は褒めてくれた。枯れ枝を一か所に集めてライターで火を付ける。紅蓮の穂が立ち上って、灰色のもくもくが視界を汚す。


 焚火と言えば火。


 あちあちなスープ、ホイル焼き、カップラーメン。種類は分からないけど体が温まること請け合いだ。


 思わず唾を飲む。きゅ~~っとお腹から珍妙な音が鳴った。頬の温度が秒単位で上がっていくのを肌で感じる。


「お腹すいたのか?」

「は、はいぃ……」


 声が静かな空気に溶け消える。


 恥ずかしい。よりにもよって、年の近そうな男の人に聞かれた。お腹の音みたいに消えてしまいたい。


「これ上げるよ」


 長方形の物体が差し出された。腕を伸ばして息を呑む。


 毒々しい袋が握られていた。少なくとも温かいスープには見えない。


「え、えと、これは……」


 せめて美味しいものであれ。一抹の望みをかけて黒い瞳を見つめる。


「指だよ」


 わたしは目を瞬かせる。

 言葉の意味を理解するのに数瞬を要した。


「ゆ、び?」

「そ。指」


 握った袋を凝視する。


 言われてみると握った感触は細長い。自身の手から生えた物と似通っている。


 袋の中に『それ』が収まっていることを想像して、胸の奥からぞわっとした物が噴き上がる。


「きゃあああっ⁉」


 反射的に袋を放る。

 少年が難なくキャッチした。


「みんな似たような反応をするけど、そんなに嫌かなぁ」

「だ、だって、指って!」

「大げさだな、ただのパワーバーだよ。売店で見たことあるだろう?」

「あったような、なかったような」


 うまく思い出せずに首を傾げる。傾けたおもちゃ箱のごとく記憶が転がり出ると思ったけど、そんなことはなかった。


 本当にこんな毒々しい物が売ってたの? 売店に? 

 

 狂気だ。仕入れの人は一体何を考えて取り寄せたんだろう。


「食べ物はこれしかないけど、どうする?」


 わたしも食料の持ち合わせはある。ビスケットや乾パンといった簡素な物だけど、指なんて名付けられた奇怪な食品よりは信頼できる。


 でも状況が状況だ。眼前の男の子は命の恩人。差し出された物を突き返すと機嫌を損ねるかもしれない。


「い、いただきます!」


 追放される最悪の未来図が脳裏をよぎった。危機感に駆られて腕を伸ばし、パワーバーなる物を受け取って袋を開ける。


 長方形の物体が顔を覗かせた。暗がりのせいか、つなぎ目の部分が指の関節に見える。


 思わず固唾を呑む。


「い、いただきますっ!」

「二回言ったな」


 聞こえなかったフリをしてパワーバーを口に入れる。


 サクッとした触感に遅れて、妙な甘ったるさがぶわっと口内に広がった。


「ふぇぇぇぇっ」


 舌を出す。味の源を少しでも口内から遠ざける。


 珍妙。奇妙。面妖にして奇怪。


 まさしく食品の形をした薬だった。


「そんなにまずいかなぁ」


 少年が複雑な表情で新しい袋を開ける。同じ形状の食品を、何のためらいもなくかじった。


「逆に聞きたいんですけど、それ美味しいですか?」

「いいや?」


 意図せず目を見張る。


 美味しいとは思っていない物を進められた。その事実を認識してむっとする。


「美味しくないなら、どうしてそんな物を持ってきたんですか?」

「便利だろ。片付けも楽だし」

「便利って、ええ……」


 言葉に詰まるのを通り越して呆れた。


 便利だからまずくても許容するなんて、わたしには持ち合わせのない考え方だ。食事というのはもっとこう、救いがあるべきなのに。


「あなたは、えっと……」


 そういえば名前を聞いてなかった。今さら聞くと感じ悪そうで嫌だなぁ。


「解代ジンだ。君は?」


 少年の方から名乗ってくれた。安堵してわたしも口を開く。


「柿村リュミです」

「柿村さんだね。君はどうしてここに?」

「この辺りの安全確認に志願したからですよ」

「こんな任務に志願したのか? ずいぶん変わってるんだな」

「は、ははは……」


 反応に困って苦々しく笑う。


 この任務には旨味がない。まともな訓練生は志願しない。


 でもわたしは落ちこぼれだ。競争相手がいたら点数を稼げない。人気のない任務ほど都合がいい。


 逃げ腰なのは理解してる。でも落ちこぼれだと知られて小ばかにされるのは嫌だ。


 ふと一つの考えが脳裏に浮かぶ。


「もしかして、解代さんも落ちこぼれて点数稼ぎに来たんですか?」


 解代さんが食事の手を止めて振り向く。二つの目が丸みを帯びた。


「柿村さんって、見た目に違わず毒舌なんだな」

「え?」


 目をぱちくりさせる。


 発言の意図に思い至った。慌てて体の前で腕を往復させる。


「違っ⁉ 今のはですね! その、言葉の綾というか!」


 心証を損ねて放り出されるのは嫌だ! 前言を撤回すべく体全体で弁解する。


「俺がここに来たのは懲罰だよ。でなきゃ好き好んでこんな所に来るもんか」


 声色は先程までと変わらない。怒ってはいないことにほっと胸を撫で下ろす。


 安堵もつかの間。緊張が走って息を呑む。


 懲罰は素行の悪い訓練生に課せられる。


 解代ジンなる少年は、不良である可能性が浮上した。


「……何?」

「い、いえっ」


 誤魔化すべくパワーバーをかじる。早々に腹に収めてとこに就いた。

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