2章
第45話 落ちこぼれと首席の卵
少年兵は大変だ。
体は小さい。筋肉量も少ない。経験や知識量も足りないから、時々どう動けばいいか分からなくなる。
使う武器だけは一丁前だ。サイズが小さくても銃は銃。頭に当たれば体の大きな大人も肉の塊に成り果てる。
事実、わたしこと柿村リュミの両親はそうして亡くなった。
このご時世、親を失った子供に居場所はない。ずば抜けた才覚があればそっちの道が拓けるものの、それ以外の子供は銃を手に取る他に道がない。
無人兵器の手が迫る現状、国のお金は軍事費に注がれる。ただ飯食らいに施されるお金はない。わたしも生きるために黒い鉄塊を手に取った。
小さな体でやれることはたかが知れる。運動は苦手だし成績も下の下。わたし以下は両手で数えられる。
だから焦った。
焦っても成績は上がらないから、なお焦った。
施設内には不穏なうわさが流れていた。成績の悪い子供から失踪していくらしい。
根も葉もないうわさ。心から信じているわけじゃない。
でもうわさがデマかせなんて保証はない。その可能性があるだけで死活問題だ。
消えたくない。死にたくない。
その一心で頑張った。不得手な運動を全力でこなし、休み時間を費やして教科書とにらめっこした。
それで結果が出るなら苦労はない。
近しい誰かの死を迎えたのは皆同じだ。孤児院から追い出されたら居場所がない。
だからみんな頑張る。笑顔の裏で努力している。才能に欠けるわたしに追い付ける道理はない。
誰かが努力すれば誰かが損をする。
その現象をもたらすのは人間だけじゃないことを、わたしは今頃になって思い知った。
「こ、こないで……来ないでよぉっ!」
声を振り絞ったのに、口から飛び出した声色はふにゃふにゃと震えた。誰にも聞かれなくてよかったのか、悪かったのか。それすら判断できないくらい頭の中はごちゃごちゃだ。
獣が唸り声を上げて歩み寄る。一方的に狩るはずだった相手が、今はわたしの命を刈り取る側に立っている。
先に仕掛けたのはわたしだ。相手には生きる努力をする権利がある。過剰防衛なんて言葉は獣の世界に存在しない。
頭では理解していたけど、喉の震えは止まらない。
「誰か、助けてええええっ!」
獣が地面を蹴った。わたしは目をぎゅっとつぶる。
相手を視界から消すのは悪手だと分かっていたのに、わたしの体は言うことを聞いてくれなかった。
落ち葉を踏みしめる音が連続して迫る。わたしの死因となるのは爪か牙か。そんなこと知りたくもない。
パァン! と乾いた音がこだました。
聞き覚えのある破裂音に遅れて、顔に生温かい何かが掛かった。どさっと落ちた音が鼓膜を震わせる。
静寂が場を包み込んだ。おそるおそるまぶたを開けて、悲鳴がわたしの口を突く。
四足歩行の獣が地面に横たわっていた。目を開けたまま、だらしなく舌をびろんと伸ばしている。頭には穴。命の液体が流れ落ちて、地面を赤黒く侵食する。
「怪我はない?」
おもむろに振り向く。
木陰から少年が現れた。あどけなさの残る顔立ちが年の近さを感じさせるものの、面持ちは妙な威圧感を孕んでいる。
「怪我は……なさそうだな。立てるか?」
気付けば少年は目の前にいた。
脳が情報の処理をあきらめている。頭がふにゃっとして動かない。極度の緊張状態が続いた反動だろうか。
「立て、ます」
取り敢えず立つことだけを考えて脚に力を込める。
ふらつきながらも腰を浮かせることに成功した。流れ作業でぺこっと頭を下げる。
「助けてくれてありがとうございます」
「いいよ。困った時はお互いさまだ」
少年が背を向ける。
思わず右腕を伸ばしかけた。これから先も危ないことがあるかもしれない。こんな場所に独りでいたくない。
少年の袖を握る寸前で、手が宙に縫い留められた。羞恥が本能に勝って腕を引っ込める。
助けてもらったのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。視線が重力に引かれて地面に落ちる。
「あっちで野宿の準備をしてるんだ。一緒に来ないか?」
「え?」
思わず顔を上げる。
少年が足を止めて振り向いていた。
「もちろん、迷惑だったら無理にとは言わないけど」
「い、行きます!」
足が一歩前に出る。先程までの脱力感はどこへやら、張り上げられた声の大きさにわたし自身も驚いた。
現金な自分に対する恥も、生存本能の前では無に等しい。自分の人間性が浮き彫りにされたようで、頬が焚火にあぶられたように熱を帯びる。
「そ、そうか」
少年が戸惑いながらも背を向ける。
わたしは小走りで少年の後ろを追いかける。
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