第6小節
天音は焦っていた。
灯里の見つけた音を、自分が見つけられていないような気がしていた。
音楽室で二人で奏でた時に聴いた灯里の音は、これまでにないくらいに澄んでいた。
天音は焦りをピアノにぶつけた。
天音の音は濁り、不純物の混ざり合った音にしかならない。
自分でもその音に気がついている。
気がついているのに、どうにも出来ない自分により、苛立った。
この日も、スタジオのピアノに向き合い何度も音を探す。
「違う、違う。こんな音を求めているわけじゃない。もっと、もっと……」
言いようのない不満が溜まっていく。
天音の中には、軽やかに音色を奏る灯里の姿が浮かんでいた。
灯里の音は、天音の理想だった。
指先の柔らかなタッチも、音色の芳醇さも、何もかもが理想だった。
無力さに打ちひしがれながら、天音はピアノに向き合う。
天音はピアノのレッスンを受けた事がほとんどない。
クラシックの世界に深く入った事もない。
小さな頃から音楽に触れる機会が少なかった為、絶対音感すらも持ち合わせていない。
天音がピアノを始めたのは、小学生に上がる頃からだった。
父親の友人の自宅に呼ばれた時に、リビングにあったグランドピアノを弾かせてもらった事がきっかけだった。
鍵盤を押すと音が鳴る。
その事にただ感動したのだった。
けれど、ピアノを始めるには、少し遅い年齢だった。
加えて決して裕福とは言えない家庭環境で、ピアノのレッスンを受けられるほどの余裕もない家庭だった。
中学生に上がった後からは、音楽室を借りる事が出来るようになったため、お金の逼迫度は幾らかマシにはなったが、それでも十分な練習を出来る状況でも無かった。
そのため、自分のお小遣いを投資して、格安で弾かせてもらえるスタジオに通うようになった。そこまでしても、天音はピアノを弾きたかった。
ピアノは魂や心、精神を支える基盤とも言えた。
「やっぱり、練習が足りないのだろうか……」
ぽつりと独り言を呟く。
防音の部屋に、独り。
誰も聞いていない部屋で、誰にも言えない弱音が出た。
「もうちょっと、試してみようか」
天音は、ピアノを弾き始めた。
誰にも伝わらない、孤独の奮闘に戻っていった。
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