【二次創作】吾輩は…?

小川

※この作品は「吾輩は猫である(夏目漱石作)」のパロディです。別のテーマでどれだけ本家に似せられるかの実験でもあります。

※死に関する記述があります。苦手な方はご注意ください。また、自殺などを肯定・助長する意図はありません。






吾輩は■■である、名前はまだない。

どうして名前がないのだろう。

そういえば吾輩は誰だ?

そもそも、どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。

薄暗いじめじめした所で泣き声を上げていた事すら記憶していない。

しかし、今までは何という考えもなかったから特に変だとも思わなかった。

ただ、何だかフワフワした感じがあったのみである。


しばらく落ち着いて、違和感を抱いた。

後から思えば、違和感とはの始まりだったのだろう。

この時、妙なものだと思った感じが今でも残っている。

第一、出来事をもって装飾されるべきはずの記憶がシンとしてまるで真空だ。

その後思考を巡らせたこともだいぶあったが、どんな記憶にも一度も出くわした事がない。

のみならず考えれば考えるほど頭の中が騒がしくなってくる。

しまいには何を考えているのかさえ分からなくなってくる。

そんな堂々巡りには、実に弱った。


吾輩はここで始めて重大なことに気づいた、自分にあるのは何だろうかということである。

記憶はない、しかし言葉はある。

そして手足もある。

時間はあり余るほどある。

また、一寸先は闇である。

ならばやることは一つしかあるまい。

千里の道も一歩からとばかりに足を踏み出そうとした。

一歩踏み出したと思う途端、空を切る音がした。


――落っこちた。

しかし、どう落っこちたのか考える間がない。

ただ落っこちたと気がつくか、つかないかのあとには上下がわからなくなってしまった。

我に返ったときは暗闇に落ちている。

手足でもってやたらに掻いたが、掻けるものは空ばかりである。

掻いても掻いても手ごたえがない。

仕方がないから頭を動かし辺りを見渡すが、何も手応えはなかった。

必死に手足をばたばたさせるが、もうどうにもならなかった。

そのうちからだが疲れてくる。

気はあせるが、呼吸は荒く手足は冷たくなってくる。

その時、こう考えた。

止まりたいのは山々であるが止まれないのは分かり切っている。

いくらもがけど手足のかかりようがない。

手足のかかりようがなければ、いくらもがいても、あせっても、天地がひっくり返っても止まりっこない。

止まらないと分かり切っているものを止めようとするのは無理だ。

無理を通そうとするから苦しいのだ。

自分で苦しんで、自ら好んで苦痛を味わうのは馬鹿げている。

なので、手足を自然の力に任せて抵抗しない事にした。

次第に楽になってくる。

今はどこにいるのか、どのくらいたったのか判然としない。

何もかもが、どうでもよくなってくる。

思うに、平穏とは人生の対義語である。

人生のある所に平穏はない、平穏は死なねば得られぬ。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつ南無阿弥陀仏なむあみだぶつ。

ここで思い出した。

「吾輩は死ぬのだ。死ぬために生まれてきたのである。」

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