第1巻 小説版水星の魔女(1)感想・細かい補足が興味深いノベライズ
月日が経つのは早いもので、もう三月の中旬ですね。あと三週間ちょっとで水星の魔女の第2クールが始まります。合間で放送された『閃光のハサウェイ』『サンダーボルト』『ナラティブ』を見たり見なかったりしながら時間を過ごしていましたが、それよりも二月の下旬に水星の魔女のノベライズ・第一巻が発売されました。
アニメのSF考証を務める高島氏が書き下ろしているということで、内容の信ぴょう性にはお墨付きが与えられているも同然です。ガンダムシリーズのノベライズでは、アニメ版とノベライズ版で内容が違うということもありますが、少なくとも第一巻を読む限りでは原作を忠実に再現しているようです。
細かい用語や心理描写の補足が興味深かったので、以下に感想をまとめます。
※(感想置き場全体がそうですが)本編prologue&1~3話およびノベライズ版オリジナルエピソード「ユーシュラーの遊園地」のネタバレを含みます。未読の方はご注意願います。
◆全体の感想
・各話の扉下にシェイクスピア作品からとった一文が掲載
それぞれの話数が記された扉ページの下部に、シェイクスピアの戯曲からとられた一文が掲載されています。引用元は『リア王』『ハムレット』『ジョン王』『空騒ぎ』『トロイラスとクレシダ』とバラバラで、ここで記載されている一文が登場人物の誰のことを指しているのかを考えるのが楽しいです。因みに私の予想は、下記のとおりです(それぞれ各話の主役なので、あまり芸がない推測ですが……)。
prologue =エルノラ
第1話 =スレッタ
第2話 =ミオリネ
第3話 =グエル
オリジナルep1=ユーシュラー
それにしてもこの引用から、『水星の魔女』が全体的にシェイクスピア作品を強く意識していることがよくわかります。元々【考察2】で書いた通り本作が『テンペスト』をモチーフにしている可能性は極めて高いですし、ミオリネの台詞「ロミジュリったら許さない」からもシェイクスピアとのつながりを感じさせられます。
ノベライズ版にてこうした工夫が施されたあたり、よりシェイクスピア作品との繋がりを意識して欲しいという製作者側の意図を感じます。
・サントラを聞きながら読みたくなる
決して文章だけだと物足りないというわけではないのですが、アニメ映像を思い浮かべながら読んでいるとその時流れていた音楽も脳内で再生されます。今までこの感想置き場では言及してきませんでしたが、水星の魔女はサウンドトラックが素晴らしいと思います。壮大で美しい世界観の演出に一役買っていることは間違いありません。一部の曲(“The Witch From Mercury” と “Asticassia”)はYoutubeのガンダムチャンネルでも聞くことができますが、全体を通したサウンドトラックの発売が待たれるところです。あの壮大な音楽の数々を聞きながら本書を読めば、より水星の魔女の世界に没入することができると感じました。
◆個別感想
・prologue「ガンダムは命を奪う」の意味
ガンダムエースでprologueのノベライズが出た際に、エリクトがルブリスのレイヤー33を突破したことに対しエルノラが戦慄するシーンが一部で話題になっていました。続く文章で「ガンダムは命を奪う(p46)」と書かれていることから、一部の考察勢の方からは「GUND-ARMのデータストームによる悪影響を考えたエルノラが、エリクトにそのリスクを負わせたことに対し戦慄し、言葉をうしなった」という所見が出されていますが、私はそれは考えすぎであり、「ガンダムは(敵の)命を奪う」と文字通り解釈していいと考えます。
つまりガンダムは兵器だから、ということです。いくらルブリスが「特別」な機体だからと言って、(敵の)命を奪う人殺しの道具であることに変わりはない。そんなものを幼い娘が起動してしまったことに対しエルノラは恐怖した、ということです。こう考えれば、その後のハイングラ戦で描かれる「エルノラは、初めて人を殺してしまった――あるいは娘にそうさせてしまった――事実に恐怖していた(p48)」という感情ともつながります。
むしろこの文を「ガンダムは(搭乗者の)命を奪う」と解釈すると、前後の記述と合わなくなります。例えばアニメ本編でも出てきたカルド博士の「ルブリスは、私たちが目指すGUNDの未来。人類の可能性を切り拓く、新たな扉(p27)」という発言。カルド博士以下ヴァナディース機関の面々は、GUND技術を人類が宇宙に適応できる身体にするために用いようとしています。そのため、「私たちが目指すGUNDの未来」とは、人々が宇宙に適応する手段としてルブリスは存在していると捉えることができます。そう考えると、完成した(=レイヤー33を突破した)ルブリスが搭乗者の命を奪うとは考えにくいのです。
また、ルブリス起動後の描写で「エリクトがコンソールに手を伸ばした瞬間――その顔にあざがうかびあがった。しかしそれは赤色ではなく、かすかに青白く光るものだった。そしてエリクト本人はナディムたちのように苦しむことはない(p47)」と記されています。やはりここからも、ルブリスは搭乗者を傷つける機体ではないというのが読み取れます。顔の赤いあざ=データストームの流入だと思われるので、それがない=データストームによる人体損傷リスクはないといえるでしょう。
以上の理由から、「ガンダムは(敵の)命を奪う」という意味だと考えるに至った次第です。
逆に、青いあざが何を意味しているのかは現時点で不明なので、不気味ではありますが。エアリアルがパーメットスコア6に達した際にシェルユニットが青く発光したことと関係性がありそうですが、スレッタ本人は今まで顔にあざが浮かんだ描写が無いのですよね。エランがエアリアルを起動させ、パーメットスコア2に上げた際にも「データストームの流入が無い」と言っていたことから、やはりエアリアルは他のGUND-ARMとは別個の存在といえます。
そうなると、エアリアルの出自がますます謎になります。ルブリスのOSを転用しているから早く作れた(※少なくとも、スレッタが六歳の時にはコックピット周りが完成していた)のだと予想していたのですが、ルブリスのOSをそのまま用いた場合、パイロットの顔に(エリクトのように)青いあざが浮かぶはずです。それがないということは、エアリアルはやはり唯一無二の特殊なOSが使われていると考えた方がよいのかもしれません。ルブリスのOSがエリクトを取り込んだことで、異質なOSに姿を変えたと考えることもできなくはないですが。つくづくミステリアスな機体です。
・やっぱりニカはメインキャラ
――心理描写が増えた
第一巻を読んでまず最初に抱いた感想がこれでした。スレッタやミオリネの感情描写ももちろん追加されているのですが、印象的だったのはスレッタが決闘しているときに、ニカの心理描写がなされていたこと。1~3話の決闘となると2回ともグエル戦になるわけですが、最初の戦闘でニカは、地球産の優れたモビルスーツを作ることを夢見ていることがわかります。エアリアルに対して、「~おそらく水星の技術者たちは血のにじむような努力をしたに違いない。――地球でもきっとできる。ニカはエアリアルに希望を見出していた(p114)」という感想を抱いていましたから。
もちろんニカはメカニック科なので、そうした夢を抱いていることに違和感はありません。しかし物語の後半で彼女がゲリラ組織「フォルドの夜明け」と繋がっていることが判明したため、彼女の真の夢や目的が見えにくくなっていた部分はあります。それが第二話の段階で明示された形となります。これが個人的には意外でもあり、ニカはメインキャラなのだなと感じさせられました。
メインキャラでなければ、例えばフェルシーやペトラであればアニメ内で喋った台詞がそのまま書かれるだけで、その時何を考えていたかまでは追記されていません。しかしニカはこうしてわざわざエアリアルに対して抱いた感想が明記されているわけです。これはスレッタ、ミオリネに次ぐ充実した描写だという印象を受けました。この調子で行けば、彼女は第2クールでもメインキャラクターの一人として活躍してくれるに違いないという期待がもてます。
また2回目の決闘(3話)では、「水星から来たスレッタはスペーシアンではあるものの、グエルのような御三家とは違う。スレッタの――そしてエアリアルの――活躍が何かを変えてくれるかもしれないと、ニカたちは考えているのだった(p187)」という記述からも、ニカたちアーシアンがスレッタを友好的に受け入れた下地が見て取れます。1回目の決闘に対する感想から、ニカはエアリアルのような優れた機体を地球で作るという夢を持っているのに対し、他のアーシアンたちはスレッタによる下剋上に自分たちの境遇を重ねて見ていたものと思われます。まぁ、オジェロがエアリアルの勝利に賭けていたのは単にオッズが高かったからでしょうが(笑)。
アニメ本編でもその片鱗は感じられましたが、スペーシアンとアーシアンの対立構造がこの物語の軸のひとつで、そこにスレッタとエアリアルが何らかのメスを入れていく展開が見られるのだろうというのを強く印象付けるエピソードでした。
スペーシアンとアーシアンの対立でいうと、prologueで描かれたヴァナディース事変は、ヴァナディース機関を買収したオックス・アース社が地球の企業だったから事がややこしくなった感があります。若かりし頃のヴィム(グエル父)が「
もしかするとエルノラ、もといプロスペラはこうした経緯から、自分の仲間を殺したスペーシアンに復讐したいと考えているのかもしれません。あるいはガンダムルブリスウル及びソーンは、地球に駐在していたオックス・アースの残党が、ヴァナディース事変を引きおこしたベネリットグループを崩壊させるために作ったモビルスーツである可能性もあります。公式サイトの記述を見る限り、ガンダムルブリスウル/ソーンはフォルドの夜明けに「供与された」モビルスーツなので、あの二機を作った組織が別に存在するはずですから。色々と想像が膨らみます。
・3話時点でスレッタ→ミオリネは友だち
――これからどう(花婿に)変わっていくか
3話の決闘直前の場面で、スレッタは決闘に負けるなと念を押してくるミオリネに対して「なんだか……友達ってこういうものではない気がする(p181)」と心の中でぼやいています。また決闘後、アニメでも描写されていた通りミオリネのことを「ミオミオ」と呼び、やりたいことリストに書かれた「友達をあだ名で呼ぶ」を実行しようとしていた様子が見て取れます。この二点から、ミオリネはスレッタのことを「(仮の)花婿」として認識しているにもかかわらず、スレッタはミオリネのことを友達だと思っていることがわかります。
しかし、アニメ9話でシャディクにミオリネの決闘を止めるよう勧められたスレッタは、「花婿なら、お嫁さんを信じます」と言っています。遅くともこの辺りではスレッタは花婿という自覚を持っているので、3話から9話にかけてスレッタにどのような心境の変化があったのか、気になるところです。アニメではその変化が少々わかりにくかったので、小説版での補足を期待します。
・その他、細かい補足
スレッタが2話で監禁されていた独房から出た際に用いた部屋(プロスペラと通話し、「ガンダムってなに?」と尋ねていたシーンで映った部屋)がどこなのか地味に気になっていたのですが、小説では「学園フロント内のホテルの一室で寝泊まりすることになった(p163)」と明記されています。つまりスレッタは地球寮への入寮が決まるまではホテル住まいだったことになります。細かいところですが、こういう小さい疑問を解消してくれるのが小説版のいいところだなと思います。
◆「ユーシュラーの遊園地」感想
・スレッタ&ニカチュチュコンビが好きなら刺さる話
あまり詳細を書くと本を読む楽しみが薄れてしまうので詳細は伏せますが、ざっくりいうと「ミオリネとのコミュニケーション不全に悩んでいたスレッタがユーシュラーというミオリネの幼馴染に出会い、ニカとチュチュを巻きこんで彼女のフロントに遊びに行く話」です。スレッタ、ニカ、チュチュそれぞれの得意分野を活かすエピソードがあるので、特にニカとチュチュのコンビが好きな方は楽しめるお話だと思います。
また、ユーシュラーがミオリネの花婿候補になった経緯、花婿候補ではくなった理由が現時点では明らかになっていないので、その辺りも気になります。恐らくデリングの命令があったのでしょうが。また彼女がアニメ本編に登場することもあるのか、完全に外伝、ないしはサイドストーリー的な位置づけになるのかも興味がそそられるところです。
・本編とは別個で続き物になっているため時系列がずれそう
「ユーシュラーの遊園地」はかなりいいところで話が終わっている(あけすけな言い方をすればきりが悪い)ので、続きは第2巻までお預け状態です。となると本編はおそらく4話~7話くらいまで収録されるはずなので、本編との時系列がどんどんずれていってしまいます。
このエピソードでは、ニカがスレッタを呼び捨てしているため本編でいうと5話以降の話だとは思うのですが(つまり、第1巻に収録されている時点で時系列がずれている)、ユーシュラーのシリーズが複数巻にわたって続いていくと本編とのずれがどんどん広がっていきそうで、いつ、どのタイミングで話を締めるのか少し気になっています。オリジナルエピソードということで小説の末尾に付されているため、あまり本編と時系列がずれていると違和感が強くなってしまうので。
しかし、話自体は興味深く、主人公がばりばりに出てくるオリジナルエピソードというのも珍しいと思うので続きが気になっております。
以上、小説を読まれた方を想定して書いた感想にはなりますが、もしまだ小説版を購入していない、読んでいないという方がいらっしゃいましたら購入の参考になりますと幸いです。第2クール開始に向けて序盤のエピソードを振り返りたいという方、prologueの記憶が薄れているという方には特におすすめです。私も今後第2クールを見て気になることがあれば、この本に立ち返り復習するつもりでおります。
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