第0話 「ゆりかごの星」 感想・娘の無邪気さは母の復讐心を超えるか
「ゆりかごの星」とは、水星の魔女のオープニングテーマ「祝福」の原作小説です。本編と同じく、脚本家の大河内一楼さんが書き下ろしており、10/13現在、水星の魔女の公式ホームページで誰でも読むことができます。
「ゆりかごの星」
https://g-witch.net/music/novel/
アニメ本編とは視点が異なり、また本編より少し前の時系列(具体的にいうと、prologueと第一話の間)を描いた物語のため、水星の魔女をより楽しみたいという方は早めに読んでおくことをおすすめします。prologueと「ゆりかごの星」、また「ゆりかごの星」と本編を見比べることで見えてくる登場人物たちの考え方などもあります。
◆エアリアルの強いスレッタ愛
「ゆりかごの星」はスレッタの愛機、ガンダム・エアリアルの目線で書かれています。機体に対する愛着を示すパイロットは歴代ガンダムシリーズでも数あれど、機体のほうからパイロットに愛着をはっきり示している作品は珍しいのではないでしょうか。
エアリアルは見知らぬ環境で泣いてばかりのスレッタをコックピットに受け入れ、アニメ映像を見せたりシューティングゲームをさせたりしています。そうして彼女を慈しみ、情緒を育て、無機質な環境や心ない言葉や目線を投げ掛ける大人たちから守るエアリアルは、スレッタのもう一人の親ともいえるのではないでしょうか。
スレッタは第一話で、エアリアルを「家族」と称していますが、それは単に一緒に育った兄弟的な存在ではなく、自分を常にそばで見守ってくれた親に近い存在であると認識しているのかもしれません。
エアリアルの気持ちに立って「祝福」を聞くと、スレッタに伸び伸びと育って欲しいという強い願いが感じられます。
◆スレッタのMS操縦技術は幼少期から極めて高い
物語では、11歳になったスレッタが水星の採掘現場で発生した事故現場に赴き、人命救助をするさまが描かれます。歴代ガンダムシリーズでも、パイロットは幼い少年である場合が多いですが、11歳はその中でも若いほうです。もっとも、彼女は4歳の時に既にMSを3機撃墜しているので、それぐらいなんてことはないのかもしれませんが。
いずれにせよ、本作の描写からはスレッタのMS操縦技術が極めて高いことを伺わせます。戦闘ではなく、人命救助という地味な場面ではありますが、だからこそ助けた相手を死なせるわけにはいかない、緊迫感があります。空気が持つまでの短時間で基地まで戻らなければならない中、エアリアルとスレッタは最短コースを選び無事、人命救助を成功させます。恐らく映像化したら華がない画にはなってしまいますが、人を助けるという日常業務をスムーズにこなすのは、勝ちさえすれば手段は問われない戦闘よりも操縦難易度は高いのではないのでしょうか。
◆水星の環境は過酷
――エアリアル以外にガンダムはいるのか? ルブリスはどうなったのか?
上記人命救助のシーンから、場面はスレッタが学園に編入することが決まったとエアリアルに報告するシーンへと移ります。ここでまず気になるのは、水星にはエアリアル以外のガンダムが存在するのか、ということです。
エルノア(エリクト=スレッタの母)が密かにGUND-ARMの開発を続けていたのだとすれば、エアリアル以外の機体があってもおかしくありません。単純に操縦技術が一番高いのが娘のスレッタというだけで、他にパイロットがいる可能性もあります。
そもそも、本作がprologueと地続きの物語なのだとすれば、スレッタ母娘はルブリスに乗って水星へと逃れてきたはずです。となると、少なくともルブリスは水星にいるはず。ルブリスを解体し、OSをエアリアルに載せて作り替えたのか、それともルブリスは現存していて、エルノアが時々乗っているのか。とはいえベネリット・グループの視察が水星に入り、ルブリスを目撃されようものなら廃棄処分になる&経緯を問い詰められることは確実なので、前者の可能性の方が高そうですが。そうなると、エアリアルはルブリスの文字通りの後継機ということになりますね。
――エアリアルが学園に行ったら、水星の人命救助は誰がするのか?
エアリアルがスレッタを説得する場面で、「君がいなくなったら、水星のみんなだって困る」と言っています。つまり、前述したようなスマートな人命救助ができるのがスレッタしかいないのでしょう。代わりに救助に駆り出すMSやパイロットがいる可能性は低いことが、この発言から推察されます。
一般的な企業では、重要に思われる人物がいなくなっても皆でそのあとを埋め、なんとかやっていくものです。それと同じで、スレッタがいなくなった後の水星も、彼女がいないなりにどうにか工夫して生きていくしかないのでしょう。しかし、スレッタが学校に行くことに対して水星の人たちの間に反発する声はありそうです。水星の住民たちとスレッタ母娘は元々そこまで仲がいいわけではないので、復讐のために押し切ったのでしょうか。彼らがスレッタの学園行きをどう思っているのかは気になります。
◆水星の人たちはスレッタ親子のことをどれだけ知っているのか?
―エルノアはどうやって水星で成り上がったのか
水星の人たちは、最初スレッタ母娘を受け入れるのをためらったと書かれていますが、そもそも彼らは二人の事情をどれだけ知っているのでしょうか。エアリアルという新たなGUND-ARMをつくるには資金も協力者も必要だったはずなので、多少なりとも水星の人々の中に事情を詳しく知り、かつ協力してくれる人がいたものと思われます。そもそもルブリスで逃げた際に水星に直行したのであれば、元々水星には伝手があった可能性が高いです。水星もベネリット・グループの持ち物である以上、協力者0人の状態で逃げ込めば即・通報されるリスクもあるわけですから。
ゆえに水星の中でそれなりの地位にある人とコネクションがあり、それを頼って逃げ込み、水星の偉い人が母娘をかくまうという判断を下し他の水星人に理解を求めたというのが自然な流れでしょう。その際、偉い人がどこまで説明したのかはわかりませんが、誰もデリングに密告せずに母娘を一応は受け入れいるわけですから、偉い人の発言力なり信頼性は高かったものと思われます。
そんな中、エルノアは地球圏と水星を行き来する、忙しい生活を送っている描写があります。そして彼女は出世して高い地位についたのだと推定される記述もありました。エルノアは逃げてきて、匿われひっそりと暮らしていくのが筋な気もするのですが、どうやって水星の中で成り上がったのでしょうか。
一番自然に思えるのは、やはり水星の偉い人とエルノアが懇意にしていて、偉い人がエルノアの能力を高く評価しているという可能性です。エルノアとスレッタを匿うのみならず、公では開発中止を宣言されているGUNDフォーマットの研究をベネリット・グループの傘下で続けさせていたわけですから、なかなか勇気ある人物です。「ゆりかごの星」のなかでこの偉い人の存在は描かれていませんが、もしかしたら本編で登場するのかもしれません。
◆復讐に燃える母、利用される娘
物語の終盤で、エルノアはスレッタとエアリアルを学園へ送り出し、「私たちの娘が、仇を取ってくれる!」とエアリアルの前で宣言しています。文字通りに取るなら、彼女にとっての復讐とはデリングの娘と自分の娘(スレッタ)を結婚させること。しかし私にはどうも、なぜそれが仇を取ることに繋がるのかピンと来ていません。
この場合、エルノアにとっての仇とはデリングであることは明白です。しかし、娘同士が結婚することが敵討ちになるというのがよくわからないのです。互いが滅ぼした・滅ぼされた因縁の関係であると知れば、娘たちが不幸になるだけでデリングには何のダメージも与えられないのではないでしょうか。
これが敵討ちになるパターンは、デリングが自分の娘(ミオリネ)を溺愛していて、かつミオリネがスレッタに一方的にほれ込んでしまった場合でしょう。それで結婚話を進め、最後の最後で真実を明かされたとき、デリングは婚約破棄させるべきだという理性と、愛娘の思いを遂げさせてやりたいという感性の間で悩むこととなるでしょう。そのシチュエーションをつくることができれば、エルノアからすれば「ざまあみろ」と思えるかもしれません。
しかし、デリングがミオリネに何の愛情も抱いていない場合や、逆にスレッタがミオリネに入れ込んでしまった場合、こう上手くはいかないでしょう。デリングがミオリネを切り捨てて終わり、スレッタも真実を知って傷ついてしまうのがおちです。デリングの冷徹な性格、スレッタの困っている人を放っておけない性格を考えると、こうなる可能性の方が高い気がします。これでは復讐にはならないでしょう。そう考えると、エルノアの思惑通りに事が運ぶとはどうしても思えないのです。
「ゆりかごの星」を基に作られた楽曲「祝福」では、誰のものでもない君だけの人生を、自分の意志で歩んでいってほしいという強いメッセージ性を感じます。果たしてスレッタは、歌詞の通りに母の復讐心を乗り越えて、自分自身の足で、自分自身の意志で学園生活を送ることができるのでしょうか。その辺りのテーマが、『水星の魔女』本編の本筋に深く関わって来そうな予感がします。今後の展開に注目します。
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