10  レッド・サンドの農園




宇宙は広大だ。

底無しの闇の様だ。そして俺達の財布は底抜けだ。


俺はブリッジの操縦席に座り、たばこを吸いながら外を見ていた。

目の前には赤い火星があった。


あれから一週間経っていた。


あの後、俺達はパルプに連絡をした。

後々の事を考えてダウザーから金をもらうより恩を売る方を選んだのだ。

金はアイリスから入る予定だったからだ。


だが、あのサバナにすっ飛んで来たパルプは

なんと意気揚々と警察と財団の奴らを連れて来た。


パルプがその場でドルリアンを引き渡した後、

財閥の奴らにあっという間にアイリスは連れて行かれてしまった。


アイリスの必死の説得と俺達の無抵抗で

どうにか誘拐犯人にはされなかったが、

一歩間違えればドルリアンと一緒に警察に連れていかれる所だった。


その後ぽつりと残った俺とキューサクは、

この大騒ぎで集まった野次馬に囲まれほうほうの体で逃げ出した。


全く骨折り損のくたびれ儲けだ。

だが、金は出なかったがダウザー側には

俺達も協力した事だけは分かってもらえたようで、

また仕事を回してくれると言う。


「それだけでも良かったわよ。

自営業みたいなものだから信用がなくなっちゃうとね。」


とキューサクは言う。

だが今回結構金を使ったようで頭を痛めているらしい。

まあ、頭脳労働はキューサクにやってもらおう。


実はさっきから火星を前に俺は迷っていた。


大した話ではないが、

情けない事だがサバナの綿花畑の事で少々里心がついたらしい。


一度故郷へ帰ろうか、それとも止めるか……。


(十二年も帰っていないから、

もう死んじまっているかもしれんな……。)


俺はもう一度火星を見た。

あの赤い土は未来永劫変わらないのだろうか。


「キューサク、火星に降りてくれよ。」


俺はたばこを消すと、奥で掃除をしているキューサクに声を掛けた。


「あら、どうしたの。用事でもあるの。」

「ちょっとな。都合悪けりゃいいけど。」

「別にいいわよ。あたしもちょっと用事があるしね。」

「何の用事だ?」

「金策。」


今の俺達を黙らせるには金の話が一番だ。

キューサクは入港の手続きのためキーボードを打ち出した。

すぐに許可が出たようで、キューサクは船を下降させ始めた。


火星の地平線がどんどんと広がっていく。


やがてキューサクはいつもの格安料金のドックに船を停めた。

かなり古く、設備も良くないが仕方がない。


昼近くの日差しはかなりきつく、結構暑かった。

短めの影がデッキに落ち、船体からゆらゆらと陽炎が立ってきそうだった。


ここは俺の故郷からあまり遠くなかった。

ウイングで行けばほんの1時間位だ。 


「何日か出かけるの?」


ウイングに乗り込む俺にキューサクは聞いた。


「分かんねえよ。

すぐかもしれないし、しばらく帰らないかもしれない。」

「通信機、フリーにしときなさいよー。留守録はちゃんと聞くのよ。」

「全く、子供じゃあるまいしそこまで言うか?」

「ここの料金は3日分しか払ってないから、遅くなるんなら連絡してね。

それと、もし借金出来そうな人が知り合いにいたら、借りてきてよ!」


そして俺は自分のウイングでレッド・サンドに向かった。


上空から見る大地は相変わらず赤い。

僅かな潅木が所々に生え、緩やかな丘が続いている景色だけだ。

だが、俺の親父の農場が近づくとそこには緑の農園が広がっていた。


驚いた俺はスピードを緩め低空を飛んだ。

間違いなく緑の植物だった。

その景色は記憶の中の農園の景色とは全く違っていた。

そして揺れる植物の間で怒りながら手を振っている男は、

俺の親父だった。


「ベルツ、よく帰ってきたね。」


やや古くはなっていたがほとんど変わっていない家の中から、

少しだけ老けたおふくろが泣きながら出て来た。


「この馬鹿者が!あんなところを飛ぶと風で植物が痛むだろう。」


親父は怒っていたが照れ臭そうだった。

そしてこの俺もどうしても落ち着かない。


「お前は本当に帰ってこんで。母さんが心配しておったぞ。」

「悪かったよ。でも親父、この農場は……。」

「お前が出ていったのは十二年前だろう。

それだけあれば技術も進むぞ。今では収穫もあの頃の十倍だぞ。」


親父はにやりと笑った。

おふくろが家の中へ入る様に呼んだ。

今の仕事を知ったら親は何を言うのかなと思いつつ、

俺は親父に背中を叩かれながら入って行った。






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