7  財閥 





「それってまずいんじゃないの?」


俺の話を聞いたキューサクは言った。

アイリスは既に別の部屋で眠りについていた。


「母親が死んだ事を伝えたいだなんて、

父親に対する復讐なんじゃないの?暗いわー、暗いわよ。」

「結構思い詰めているみたいだから、

何かあったらと思って言ったんだからな。あの子に言うなよ。」

「分かってるわよ。喋らないけど、普段はあんなにかわいいのにねぇ。

もっと人生楽しまないともったいないわよ。」


とことん楽天家の親父だ。

だが、キューサクの言う事も一理ある。


「ベルツ、あたしは起きていても平気だから寝ていいわよ。

何かあったら起こすから。」


だがまだ夜も明け切らない頃、

血相を変えたキューサクに俺は起こされた。


「ベルツ、大変よ。あの子の身元が分かったわ。」

「……勘弁してくれよ、お前と違って俺はしっかり寝ないと駄目なんだ。」


さすがの俺も起きぬけは苦手だ。


「何言ってんのよ。あんたも驚くわよ。

なんと火星のエレ財閥のお嬢さんよ。」


エレ財閥と言えば火星どころか地球圏でも超有名な大富豪だ。


「そういえばエレってミドルネームで正式にはエレ・ワーズって言うのよ。

最初にあの子ワーズって言ってたわよね。

気が付かないなんてあたしって馬鹿ねー。

でもあそこはありとあらゆる所に企業展開しているのよ。

そこのご令嬢だなんて確かに凄い金持ちよねー。」

「その令嬢がどうしてここにいるんだよ……。」

「そんな事は知らないわよ。

モーヴェインって人は彼女のお母さんで去年亡くなったエレ財閥の前総裁よ。

でね、アイリス・エレ・ワーズで調べたら、

あの若さでなんと十七の会社の社長よ!

きっとお母さんの跡を継いだのね。」


キューサクは夢見る少女の様に

両手を胸の前に組んでくるくる回りながら言った。


「気持悪ィなあ。」


起き抜けに親父の踊りを見せられた俺は呟いた。


「さっきそこの関係者から連絡があってすぐ迎えに来るってさ。

ともかく極秘にって。すごーく焦ってたわよ。」

「パスポートから足が付いたのかな。」

「多分ね。偽名だったそうだけど写真がそのままだったから、

すぐ分かったそうよ。」


俺はまだぼんやりしていたが、

もしこのまま彼女が帰ったらどうなるのだろうと思った。

様子からするとドルリアンの事は秘密らしい。

今探さないと奴も多分死ぬか警察に捕まってしまうだろう。

そうするとまた会える事はあるのだろうか。


「なぁキューサク、俺、気がすすまねぇよ。」

「ちょっとベルツ、情が移ったんじゃないでしょうね。」

「そ、そんなんじゃないよ。でも聞いただろ、彼女の話。

お前だって暗いって言っていただろう。

あの親父と決着をつけないままだと、アイリスもずっと辛いかもしれないぜ。」


キューサクは短い人差し指を俺の前に突き出して左右に振った。


「あんたいつから慈善家になったのよ。

駄目よ、大きいものに逆らうとろくな事にはならないわよ。

特にエレ財閥なんてでか過ぎて、あんたなんかアリンコ以下よ。」

「そういうものに逆らうのが好きでね。」


呆れ顔のキューサクを横目で見ながら俺は立ち上がった。

算段はなかったがどうにかなるだろう。


「全くあんたって馬鹿!よね!

何か考えでもあるの?それにもう半日もすれば相手が来ちゃうのよ。」

「パルプの所へ行ってみるよ。」

「ばかっ!死ぬわよ!」

「だって他に方法があるか?

情報屋のタレ込みを待っていたんじゃ間に合わない。

直接ぶつかって会う手立てだけでもつけるさ。

その後はどうなるか分からないけどな。」


部屋の外に出ようとした時だ。そこにはアイリスがいた。


「起きてたのか。」

「声が聞こえたから目が覚めて……。」

「どこから聞いていた?」

「あなたが気が進まないと言ったところから……。

ベルツ、あの事をキューサクさんに喋ったのね。」


俺とキューサクは目を合わせた。非常にまずい展開かも知れない。


「すまん。でも悪気があってキューサクに喋った訳じゃない。

この人はこう見えても俺より人生経験を積んでるんだよ。

だから何か良い考えが出るかと……。」


俺はしどろもどろで言い訳をしてしまった。

アイリスは恨みがましい目をして俺を見ている。


「今からあのビルに行くんでしょ?私も行きます。」

「駄目よ!何言ってるの!

ベルツ、あんたが変な事を言うからこうなっちゃったのよ。」

「さっきエレ財閥の話が出ていたけどもしかしてばれちゃったの?」


話を聞かれては仕方がない。


「ああ、あんたはそこのご令嬢らしいな。」


彼女は大きくため息をついた。


「こんなに早く見つかっちゃうなんて、残念だわ。」

「悪い事は言わない。あなたは元の生活に戻ったほうがいいわ。

お父さんの事も色々と心残りがあるだろうけど、

そんな事は忘れて前向きに生きた方が良いと思うわよ。」


キューサクは優しく言った。

しかしアイリスは独り言のように喋り出した。


「でも私は忘れられないの……。

私が物心ついてからの生活は何の不自由もない生活だったわ。

母はあまりいなかったけど優しかった。

でもその母が忘れられない父との生活はどんなものだったのかしら。

父はどうして私や母から離れてしまったの?

私は知らないわ。いくら豊かな生活をしていても足らない何かは必ずあるのよ。

そしてその気持ちはいつまで経っても忘れられない。」


エレ財閥の娘と言ったら、俺からは想像出来ないくらいの生活だろう。

何も考えなければきっと安楽に過ごせたはずだ。

アイリスがそこから飛び出して、今ここにいるのもばかげた事だ。

でもそこまでさせてしまう足りない何かは、きっと今しか手に入らない。


「来いよ、アイリス。」


俺はたばこを取り出し火を付けた。


「ちょっとベルツ!」

「大丈夫だよ。必ず戻る。」







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