5 パルプビル
次の日は憂鬱な天気で始まった。
肌寒い風が吹き、間もなく雨でも降ってきそうだった。
「私も行く。」
というアイリスは俺の愛機一人乗りのジェットウイングの中で
狭そうに座っていた。
足手まといになりそうで俺は嫌だった。だが、
「これも料金のうちに入っているのよ。」
と言われては仕方がない。
「外は寒そうね。」
ビルの屋上に止めたウイングのコックピットはヒーターがきいて暖かかった。
「そうだな。」
俺は双眼鏡を覗きながら答えた。
マーズギャング、パルプビルはここから少し離れたところにある。
この辺りは都市の再開発計画に入っているためか古びたビルが多い。
パルプのビルも塗装が禿げ落ちている。
そのせいか人気がなく、
目的のビルの近くでウイングに乗って張り込んでいては目立ってしまう。
そのため離れたビルの屋上にいるのだ。
「全然人が見えないわね。本当にいるのかしら。」
「それを確かめるために張り込んでいるんだ。」
「根気がいるのね。」
「あまり様子が分からないなら、少しつつく事も考えるがね。
でもなるべく安全に捕まえるのにこした事はないだろ?」
「そうね。」
ビルの中には何人かの熱感知があった。
人がいるのは間違いないが誰だかは分からない。
「アイリス。」
風が吹き出したのか、外を音もなくごみが飛んでいった。
「あんたどうしてドルリアンに会いたいんだい?」
このウィングは宇宙空間も飛べるもので、密閉性が高い。
外のざわめきは何一つ聞こえず、かすかなヒーターの音だけが続いている。
「……私、その人に伝えたいことがあるの。」
小さな横顔は真剣だった。
「ねえ、あなたも火星産まれだって言っていたわね。」
彼女は話題を変えるように笑いながら俺を見た。
狭いコックピットだ。
間近に彼女の顔を見ると俺は少しどきりとしてしまった。
「あ、ああ。火星のレッド・サンドだ。」
「そう、あそこはとても暖かい所よね。」
「もう南国だよ。土が痩せて赤くて、何も作れないんだ。」
「羨ましいわ。私は寒いところだったから。暖かいのは大好きよ。」
俺の親父は開拓農民だ。
政府から委託され火星の大地に綿花を植えていた。
だが、ろくなものが出来ず、政府からの援助金は雀の涙だ。
貧乏な生活が続き16才の時に家を出た。それから家には帰っていない。
「ろくな所じゃねえよ。」
その時、ビルの屋上に一機の大型ウイングが接近して来るのが見えた。
俺はすぐ双眼鏡の解像度を上げた。
5人の男がビルの上に現れ、
その中の一人はこの業界の奴なら一目で分かる
でっぷりと太った派手な背広を着た男、マーズギャングのパルプだった。
「キューサク、ライブで送るぞ、見えるか。」
『見えるわよ。』
ジェイ・ブルーで待機しているキューサクはその映像を録画しているはずだ。
『一人はパルプね。どこでも目立つわね。
あと3人はガタイが良いから部下か用心棒かしら。
で後の一人が、ベルツ、当たりよ。』
俺も双眼鏡の解像度を最大にして見ていた。
あまり映像は良くないがドルリアンだ。
『ずいぶんと手荒に扱っているわね。』
ドルリアンは3人の男に小突かれていた。
少し離れた所でパルプは見ている。
様子としてはやばい状況かもしれない。
「キューサク、取りあえず行く。録画頼むぜ。」
『OK!』
俺はエンジンをつけ上昇した。
「あっ!」
いきなりの上昇でアイリスが補助座席から滑り落ちそうになった。
「そこの補助ベルトを付けろ。何があってもここから出るなよ。」
「どうしたの?」
「ドルリアンだ。近づくから確認しろ。」
大型ウイングがゆっくりと下降するそばを
俺の小型ウイングは素早く通り抜けた。
コックピットの中が見えるぐらいの近くを飛ぶと、
慌てた顔のパイロットが見えた。
大型ウイングは屋上に着陸するのを止め、上昇し始めた。
「ビルの上にいる、アイリス見ろ!」
俺はそのままビルの屋上に近づけた。
5人の男は走って物陰に隠れようとしている。
「間違いないわ。」
このままビルに着陸して捕まえられるなら良いが、
上空に大型ウイングが構えていてはとてもかなわない。
一瞬迷った時、なんとドルリアンが走り出しビルから飛び降りた。
「ベルツ!落ちるわ!」
彼女が叫んだ時、俺はもう既にウイングを下に向けていた。
「なぜ助けた……。」
どうにか男をひっかけ、俺は街はずれまで飛んだ。
人気のない廃墟だった。
「あんたには死なれちゃ困るんでね。
ダウザーに引き渡させてもらう。」
ドルリアンは座り込んでいた。きっと体のあちこちを痛めているに違いない。
途中でウイングの翼で受け止めたが、
あんな高いビルから飛び降りて無事な訳がない。
それだけで済んでラッキーだ。
「探し屋か。報酬はいくらだ?」
「結構な額だ。飛び降りてくれたおかげで手間が省けたよ。
でもその前に会って欲しい人がいる。」
俺はウイングの方を振り向いた瞬間、
後ろからドルリアンがいきなり殴りつけてきた。
弱っていると油断した俺が悪い。
ガンと目の前に火花が散り一瞬ぐらりとなったが、
手を突きながら後ろにいる奴の足を横から蹴った。
奴はしりもちを突き倒れた。
俺は立ち上がり奴の上にまたがって胸ぐらをつかむ。
だが相手のこぶしが俺の脇腹に食い込んだ。
「うっ。」
かなりボリュームのあるパンチだ。
「止めて!」
アイリスがウイングから降りて来て叫んだ。
「戻ってろ!」
俺はドルリアンの顔を二発ばかり殴りながら叫んだ。
「ベルツ、止めて!お父さん、私、アイリスよ!」
何だって!?お父さん?
だが、その一瞬の隙をつかれ、
俺はどんと腹に奴の一撃を喰らってしまった。
「ううっ。」
ハッキングするような奴だ。
コンピュータ相手のホワイトカラーだと思っていたが、どうも違うらしい。
俺はそのまま後ろに倒れ、
のしかかって来た奴にもう一発殴られてしまった。
ふらふらとドルリアンは立ち上がり、俺に走りよるアイリスを見た。
「まさか、モーヴェイン?」
驚いた声のドルリアンが彼女に聞いた。
「お父さん、お母さんが……。」
俺は痛みを堪えて立ち上がった。
頭がふらふらしていたが、ともかく奴を捕まえなくてはいけない。
「止めて!お父さん!」
またがーんと殴られてしまった。
なんて格好悪いんだ。
遠のく意識の中でドルリアンが走って行くのが見えた。
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