第4.5話

「で、どうだったのよ芽衣めい。私の女の魅力アピール大作戦は功を奏したわけ?」


 一年三組。

 朝のホームルーム前の騒がしい教室の中、登校したばかりの私に向けて有紗ありさは言った。

 私は昨日の部室での出来事を思い出す。頬がぼうっと熱を持つ。やばい、こんなはずでは。


「…………え、まじ? その反応、相当効いた感じ? まさかっ、その先まで行っちゃったわけ? ど、どこまで、え? ヤッ――」

「そ、そんなわけないでしょっ!!」


 とんでもないことを口走る彼女に向けて思わず叫ぶ。有紗はこういうところがあるから油断出来ない。妄想がどこまでも広がっていってしまうのだ。


「はやくはやく。詳しく聞かせてよ。芽衣がそういう反応するってことは、効果はあった訳でしょ?」

「う……ま、まあ。あったけどさ」

「っしゃキタコレ! 自分の才能が恐ろしいんだけど! それでそれで?」


 鼻息荒く身を乗り出してくる有紗から距離を置くように椅子を引いて私は続ける。


「髪型、すごく似合ってるって言われた」

「おいおいその先輩もやるなぁ!」

「それでね、じっと私を見つめてたかと思うと、『唇、か……?』って」

「お高いリップの効果すごっ! そ、そのままキスある? キスあるこれ!?」

「爪も褒められて……」

「私のネイルケアの効果すごっ! ネイリスト目指す!? それでそれで? まさか、手を握りながら!? 放課後の部室で二人っきりで手を握りながらキス!?」

「いや手は握られてないけど」

「握られてないんだ」

「えとね、キスもしてない」

「キスもしてないんだ。何したんだろこの子」


 急に真顔になる有紗に、私はとっておきのことを話すことにする。


「盛り上がるのはここからだから」

「芽衣。私は信じてた」


 熱く握り締められる私の両手。少しだけ有紗の手は汗ばんでいる気がした。


「先輩、私のことが一番かわいいって」

「…………それって」

「うん。間違い無いよねっ!」

「「――告白!?」」


 私たち二人の声が重なる。

 思わず両手にも力が入る。


「それで、どうなっちゃったわけ!?」


 どうにかなりそうなほどに興奮した有紗が小さく叫ぶ。私もどうにかなりそうな心臓を抑えつつ言う。


「逃げちゃった!」

「………………」


 すん、と真顔になる有紗。

 あ、あれ? おかしなこと言った?


「……え? 私の聞き間違い? 一番かわいいって言われて? それで?」

「椅子を蹴飛ばして、逃げました」


 有紗の圧のある声に思わず敬語になる私。


「例の先輩は、もちろん追ってきたのよね?」

「来てない、けど」

「うん。待って。てことは何? 告白されたのに、芽衣は椅子を蹴飛ばして逃げて?」

「ドキドキしながらおうちに帰って、ごはん食べて、お風呂入って寝ちゃった」

「幼稚園児?」

「っな! なんで!? だって、ど、どうしていいかわかんないじゃん!」

「なんで芽衣は普段はまともなのにあの先輩が関わると幼稚園児みたいになるわけ?」

「なってないから!」

「…………いいわ。もういい。見てられない。これまでは温かく見守ってきたけど、多分このまま放っておいたらあんた達はいつまでも前に進まないから」


 がたりと音をさせて有紗が席を立つ。

 彼女の向こう、教室の入り口から先生が扉を開けて入ってくるのが目に映った。


 ホームルーム前の喧騒の中。


「私がいっちょ、その先輩にかましてやるわよ」


 有紗はそう言って、右の拳を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る