第49話

○一つの終わり


 悪天候が続いている。

アルム宮殿には、庭以外は屋根や雨よけがあるため、雨天でも、矢を作る作業などで動いていた。

降る雨は、樋をつたって落ち水路を流れ貯水されている。


灰色の雲が重く垂れ込める中、とうとうイル将軍率いる中央政府正軍が現れる。

雨はあがるが、地面はぬかるみ、砂は重く、足を取られ動きが鈍い。

中央政府正軍が、アルム宮殿を取り囲む。

イル将軍は、要塞となったアルム宮殿を仰ぎ見る。


門は固く閉ざされ、微動だにしない。

岩を飛ばしても凹むだけで崩れない。よじ登ろうとして、滑り落ち、矢で射られ兵が落ちる。

そんなことを繰り返すが、要塞の壁アルム宮殿を見上げてどうしたものかとイル将軍は考えていた。

アルム宮殿が、ここまでの要塞となっていたことは、予想外だったのだ。

これは持久戦となる、だが、もう打つ手がない。どうするかと思い浮かべる。

イル将軍は元のアルム宮殿を知っていた。直ぐに水源を確認する。

持久戦になった場合の最後の手段として考えていたことがあったのだ。

アルム宮殿に続く水源に、密かに用意していた大量の毒薬を流し入れたのだ。

兵糧攻めでも、水断ちでもなく、大量の毒薬を流すという、イル将軍は卑怯な手を実行する。

そうなると、この要塞の中の者は、毒薬により、次々に倒れていくだろう、それは推して知るべしだ。さらに、取り乱し、混乱して自滅する末路だと、見るまでもないと放置する。

そして、狙いを変える。

「次は、石晶城だ!」

石晶城への攻撃を指示する。


イル将軍の中央政府正軍が、石晶城へと方向を変え、動き始めた時だった。


アルム宮殿を飛び出したユーリが風を切り走る。

風が変わり、吹き流れる。

風が砂を巻き上げる。


砂漠の中から、風に乗り、砂のドラゴンが姿を現す。

軽い砂と重い砂、黒い砂、白い砂、赤い砂、そのすべてが形造る

大きな砂のドラゴンだ。


砂のドラゴンが、激しく吹き荒れる風に乗り、兵たちを襲う。

砂嵐が舞い、兵は逃げ惑い、我を忘れ敵か味方かも分からず斬り合う。

散り散りに逃げる兵の先には、地面がすり鉢のようになり待ち受ける。1人また1人と兵たちが沈んでいく。

まるで、あり地獄だ。

ぐるぐると渦巻き、兵を飲み込んで行った。


やがて砂嵐が収まると、砂に埋もれた兵、矢を受け倒れた兵、切られ死に絶えた兵が散らばる。

政府正軍は、数万いたはずだが、見る影もない状態となっていた。


イル将軍は、逃げようとして、砂のドラゴンに襲われ、馬の足を取られ、激しく落馬する。

馬に怪我はないが、イル将軍は、甲冑の中で、首の骨が折れていた。

イル将軍が浅はかな策略を巡らし、毒薬を流した時点で勝負がついていたのだ。


そんなことが許されるはずがない。

風も、砂も、すべてのものが、それを許さないのだ。

何より、ユーリが許さない!


イル将軍が、毒薬を水源に流したことは、リリィが暴れて知らせた。

それは、ムーン王が、この小鳥ならと、ガスや毒の匂いに敏感に反応するだろうと訓練した成果だ。


毒を流されたことで、一時取り乱す者もいたが、マリクとリンリーが毒の種類を特定し、解毒剤を撒き、直ぐに、アルム宮殿内は沈静化する。


政府正軍は、壊滅状態で、親衛隊が様子見に要塞から出た時には、残った兵はみな逃げた後だった。

イル将軍は無惨に死んでいた。


マリクとリンリーは、その手で仇を打つことは出来なかったが、手を汚さず、仇の死を見届ける。

摂理に逆らう愚かな者の死だ。


そうして、中央政府正軍は、壊滅し、タスクル国の勝利となる。


 三日月氏は、待機はしていたが、応戦も出軍もすることなく終わることができた。

だが、喜びも安心もない。

新たな始まりがあるからだ。


 北のモンコク軍は、高原の道を戻り、軍を立て直し、武器を揃えようとしていたが、中央政府のキル国侵略のため、バザールが閉鎖して流通が止まったことが大きく影響し、足踏み状態になる。

そうなると、やはり中央政府の都を落とさねばならないと決める。

中央政府が、都から各都市に送るための道、絹の道だけではない網の目のような流通の道を狙う。


モンコク帝国本軍は、朝鮮を超えた辺りで留まっていた。

そこに、イル将軍が率いる中央政府正軍が、タスクル国に敗れ、壊滅状態になったという知らせが入る。

いよいよだと、都に向けて動き出す。

北からのモンコク軍も、直ぐに都に向け進軍をする。

モンコク帝国本軍と挟み撃ちをする作戦だ。


中央政府将軍は見誤った。

タスクル国に固執するあまり、大局が見えてなかったのか。

都の守りは堅固ではない。

南軍が、モンコク帝国本軍に対峙しているが、今のままでは直ぐに敗れるだろう。加勢するはずの軍も、すべてモンコク帝国軍に敗れ去っていたのだ。

頼みのイル将軍も砂漠に消えた。


 中央政府の都が落ちるのには、それほど時間はかからなかった。

大陸の北から東、そして南へと侵略を繰り返し、すべてがモンコク帝国の支配下となる。


次は、粗方の予想通り、ペルシャ国を狙い動き出すだろう。

この天山南路にきたなら戦うしかない。

タスクル国は元より、ウルム国も射程内だろう。


モンコク帝国の大軍が押し寄せた時、このアルム宮殿の要塞はどうなるのか?

これまで通りにはいかないだろう。


カシム、マリク、リンリー、メィファン

みなやり切れない思いを抱えていた。

考えるだけで、胸が悪くなる。


ユーリはウルム宮殿に戻る。

ムーン王と次の戦いに臨むためだ。


必ず来るだろう。

その時は戦うしかない。


ユーリ!ユーリ!

風がささやく


ユーリ!ユーリ!

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