第48話

○風が吹く


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる 


ユーリ!ユーリ!

風がささやく


何度も何度でも

ユーリの内なるものを

目覚めさせる


ウルム国を出立し

タクラマカン砂漠に近づく


左耳に入れた白い玉が呼応する

声なき声が聞こえる

砂漠の生きとし生けるものの声だ


ユーリ!ユーリ!

風がささやく


「お父さま、お母さま、ただいま戻りました」

ユーリ一行が石晶城に到着する。


驚く2人に、戦うために戻ってきたと告げる。

その足で、アルム宮殿へ向かう。

文は受け取っていたが、まさかの帰還だった。


タジルは、少し起きられるようにはなっていたが、ユーリから全体を把握したら報告するため、今は無理をしないで休んでいて欲しいと言われる。

有無を言わさぬ強い勢いがあった。


アルム宮殿では、カシムも、ユーリの変貌に、驚き、言葉も出ない。

まさに、女王の風格、薄い銀の甲冑をまとう女戦士となっていたのだ。


リンリーとメイファンに声をかけ、挨拶もそこそこに、女3人で話し込む。

メイファンは懐妊しているため、直ぐに馬車で石晶城へ行き、ミーナ妃とともに、守りに入るようにとユーリに説得され受け入れる。


リンリーは、ユーリが用意した銀の甲冑を身につける。

リンリーは有能な女戦士だ。

ずっとイル将軍を討ち果たすことを考えていた。それが、イリ一族の家族の弔いであり鎮魂となるのだ。


それは、マリクも同じだ。

イル将軍は、仇だ。

王である父を殺され、国を滅ぼされ、すべてを奪われたことは胸に刻まれている。

ここまできたからには、仇であるイル将軍を討ち取ること、それが、キル一族の死者への追悼となるのだ。


女剣士2人で宮殿内を調べる。

武器の確認、弓矢の数、兵の数、そして、火の見櫓をまわり、見張り台に上がる。

天候を予測することも大事だ。

じっと風を読む。

すると、不思議なことが起こる。

ク、ク、ク、ク、と鳥の鳴き声が聞こえてきたのだ。手すりに止まっていたのは、リリィ、それはあのリリィだった。

ウルム宮殿の籠の中にいるはず。

誰かが放したか、逃げたのか。

いずれにしても、ここまで飛んでくるとは驚きだ。

ちょこんと、ユーリの肩にとまる。

リリィをそのままにして、風を読む。

降りて、宮殿の建物の中を回る。

医者であるマリクとリンリーが、治療もすると説明すると、建物内の動線を確認する。


ユーリを囲み、みなが集まり、作戦を考える。

カシムは、マリクとともに、親衛隊、タスクル軍を率いる。

この要塞のようなアルム宮殿は、簡単には落ちないとわかっている。

特殊なことがない限り、この要塞から出て戦うことはしないと決める。

とにかく、むやみに血を流させたくはない。


ユーリは、第一段階は、弓矢中心での攻撃にすると言う。

この要塞の壁の1番高い位置には人1人通ることができる通路があるため、そこに兵を配置し、壁に集まる敵兵に五月雨式に矢を射る。

そのためには、かなりの数の矢が必要だ。

実は、カシムは、以前、メイファンを手伝い、花と薬草を手入れしている時、思いつき、石晶城の裏の林で竹を育て竹林にしていた。目的は、もちろん竹の弓矢を作るためだったが、他にも色々な用途があり有用なため、アルム宮殿内には切り出した竹が積まれている。

矢に関しては、急ぎ親衛隊と矢をつくる作業を始める。


第二段階は、天候を見る。

ユーリは見張り台に立った際、今は晴れているが、雲の動きも早く、天気は下り坂だと知る。

明日あたりからしばらく雨が強く降ると考える。

風を読み、臨機応変に応戦するとユーリが説明する。


今はまず竹で矢を作ることが優先事項だ。そして、持久戦になった場合のため、食料や水も備蓄する。



ユーリは、リンリーとともに、石晶城での戦いを見据えて、現状把握のため、一時石晶城に行くことにする。

兵や武器などの確認後、即折り返し戻る予定だ。


三日月氏には、三日月軍で、玉の採掘場を守り、動かず待つように、そして、万が一侵略されることがあれば応戦するべきと、重ねて文を送る。


メイファンの乗る馬車の後から、ユーリとリンリーが馬で駆ける。


リンリーは風の変化を頬で感じていた。

前を走るユーリのまわりを砂が舞い上がるのが見える。

風に巻かれる砂を従え走るユーリに驚く。

これは一体どういうことなのか。


ユーリ!ユーリ!

風が呼んでいる

ユーリ!ユーリ!

風がささやく


ユーリ、3種の花を探せ

風の声が聞こえる


ユーリは、左耳にあの白い玉を入れている

白い玉を通して、声なき声を聞く

脳内に響くささやきは骨伝導で聴こえる


ユーリ!ユーリ!


ユーリは戻ってきた

この砂漠の

風のドラゴンを

砂のドラゴンを

目覚めさせるために

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る